本年もありがとうございました

ソーラーパネル

一面に並べられたソーラーパネル。

これが将来、エネルギー不足という事態を迎えた折、ソーラーパネルありがとうとなるのか、やっぱり無用の長物だったとなるのか。

現時点でわからないこと。それはソーラーパネルというものを応援すればいいのか、否定すればいいのかということ。

見た目にはやっぱり良くない。

本来は、荒地で草でボーボーなはずのところ、きっちり長方形に切られた、精密な、正確無比なパネルがきれいに並べられている。

これがなんとも気持ち悪いと感じるのは、人間感覚ならではなのだろうか。

人間以外の動物たちはこれを見てなんと感じているのだろうか。

どのような目的を持ってこのような区画を作り上げたのだと思っているのか。

まさかこれが「遊び」のためだったなんて言えるか。

スマホでゲームをする。好きなテレビを見る。好きな音楽を聴く。娯楽施設へ出掛ける。

現代人の遊びに電気は不可欠だ。

遊びそのものに電気を使うことはもちろん、ガソリンスタンドの利用など、間接的に電気のお世話になっている場合もある。

しかもその対象は広く。大人から子供まで。これは運転免許を持ってあちこち自由に行けるわれわれ大人だけに限ったことではない。

幼稚園児、保育園児、小学校の低学年だって、今や電気が無いなどという条件下では刺激的なエキサイティングな遊びができなくなっている。

子供一人遊ばせるのにスマホが無くてはならない。

親が子の小さな手にスマホを乗せてやる。

図らずもスマホゲームの英才教育。

小さいうちから、遊び=機器を使ってやるもの。で、叩き込む。

そのうち大人から子どもまでみ~んなスマホゲームのお世話になる。

そんな社会が形成されつつある。

ぜいたくは敵だ。

そんな戦時中のスローガンよろしく、人間生活最低限のためのエネルギー利用に切り替えられるならば苦労はない。

やはりそれはムリだろう。

自身だってすでに知ってしまっている。電気を使った遊びを。だから手放せない。そして、どうやらこのことは今後の人生においてもずっとつづくのだということが確定的となっている。

それでもまだ理性的なコメント。ネット上にはそんなコメントが多い。

「発電所を作るなー!」

電気をつかって書き込まれたコメント。

きわめて理性的な行為であると思う。

環境問題どうしたいのか。という問いに対して。

自身は、もう理性的に立ち向かうことをやめることにした。

飽きっぽい性格の持ち主には合わないやり方だと思ったからだ。

それよりも、人々がもともと持っている快楽や欲望というものに訴えかけることにした。

そのほうが人は動いてくれるかもしれない。

今回もまた、堤体前に行って歌ったというエピソードを投稿する。

歌える堤体さがしの旅。

2025年最後の投稿である。

ソーラーパネルには霜が降りていた。

昭和生まれ

12月28日、午前8時25分、山梨県北杜市白州町白須。

スタートはコンビニの駐車場。

気温はマイナス3度。

ピリッ!とした寒さに耐えながら、冷たくなったデジタルカメラを握る。

南の美しき山は雪をかぶっている。甲斐駒ヶ岳だ。

北の美しき山も雪をかぶっている。八ヶ岳だ。

駐車場となりのソーラーパネル地帯は雪をかぶせてはいないが霜が降りている。

すでに朝日はのぼっていて、その霜の降りたソーラーパネル地帯を太陽がジリジリと照らしている。

こんなふうにパネルを霜が覆っているようでは発電効率が悪いはず。管理人を呼んであげて、水を撒くなりワイパーで削るなり霜を除去するような何らかの処置をしてあげたほうがいいように思える。

几帳面だと言われる日本人の性格とソーラーパネルの管理とが合ってない。洗車大好き日本人を以てして、ここはノータッチということなのだろうか。

それもそのはず、ここには管理人がいない。無人なのだ。

こんな無人施設を発電所というのだから時代は変わったものだ。

仕事がら山に向かう機会に恵まれているが、建設現場だって、キャンプ場だって、ごみ処理場だって、土産物屋さんだって「人」というのは必ずと言っていいほどいるもの。

みんなどこの施設も営業していないのかな?なんて横を通ると、事務所の蛍光灯がポッと点いていて人の気配に安心するものなのである。

やっぱり人だ。人。

AIというものが人並みに仕事をしてくれる時代が来るという。

果たしてそれらが非常事態発生時にきちんと作動してくれるのかどうか。

人だったら、まさに人道的感覚をもって物事に対処してくれるような気がする。だから人のほうが安心だと思っている。

昭和生まれの悲しい性か?

南の美しき山。甲斐駒ヶ岳。
快晴の日の旅になりそうだ。
コンビニを出発するころには霜も解け・・・、

武川米

午前8時45分、コンビニを出発。

午前8時50分、道の駅はくしゅうに立ち寄る。

店内、広いスペースには地元産の野菜がならぶ。産地は釜無川右岸地域である白州、武川。ほか、釜無川左岸地域である小淵沢、長坂、大泉、高根、須玉、明野。

山梨県産の農産物といえばもも、ぶどうの2大果物をイメージするが、旧北巨摩郡武川村を擁する北杜市は稲作のさかんな地域だ。

当地のブランド米「武川米」は日本国内でも最高級の米とされ、もともと高値で取引されてきたもの。

今年も昨年にひきつづき米の価格が高騰した。日本人の主食をになう製品が、まさかこれまでの値段の倍以上になろうとは、だれもが予想しなかったことであろう。

今や新米5キロ¥4000円と聞いて、高いのか安いのかがよくわからない。新米であるから珍重されなければならないのは確か。しかしながら、それで¥4000円ですと言われて、値段をつり上げられているのか、適価なのかがよくわからない。

米の値段だけは本当に相場がわからなくなってしまった。

こんな時は、いっそ一番のものを口にしてみるのもアリかもしれない。感覚が麻痺したような今だからこそ、最高級品に手を出すのもこわくない。

最高級品は迷わない。なんてったって「コシヒカリ」じゃなくて「農林48号」とかいうなんともなんとも意味ありげな、サイケデリックな名前が付いているからだ。

今日はこれくらいで勘弁しておいてやる!

「新米」のシールが貼られていたいなり寿司にした。

2キロ¥3000円オーバーという超高級価格にチビッたわけでは無い。すぐに食いたい。どこで口にするかがウマい、ウマくないの別れ道となるからだ。

堤体前でのお楽しみに購入。どこで食うのがウマいかって、それはやっぱり堤体前ということになる。

道の駅はくしゅう
道の駅内に設置された湧き水スポット
湧き水で手を温める。
こちらの方が気温よりも遙かに温かい。
午前9時の開店とともに店内へ。
農産物、加工品ともに北杜市全域から集まる。
真冬なのに!トマト。
最高級の米。武川米。

尾白の湯へ

午前10時10分、道の駅はくしゅうを出発。

太陽がだいぶ高くなってきた。しかし、まだまだ寒い。

寒さの解決方法は?

温泉!

尾白の湯をめざす。

「白州農協前」の信号交差点から西進。「シャルマンワイン」「しろきや」といった看板を見ながらすすむ。ハッピードリンクを過ぎて、道なりにそのまますすむと北杜市立白州中学校のグラウンドわきへ。

白州中学校グラウンドわきを過ぎたところで右折すると昨年も来た「べるが通り」に。

眼前に見える山に向かって長い長い直線道路をツッ切ると尾白川渓谷方面。直線道路の途中、ひだりに曲がると大武川方面。

いずれの川に入るにしても、まず体を温めたいなら「尾白の湯」へ。尾白の湯はべるが通りの南側に位置するので左折する。

ちなみに尾白の湯は「名水公園べるが」というアウトドアアクティビティの付属施設である。確実に到着するため、名水公園べるが行きの看板にしたがう。

午前10時25分、名水公園べるがに到着。

到着直後のぐるぐる・・・。名水公園べるがはただの公園ではない。

キャンプ場、BBQ場、グランピング、遊具つき公園も備える広大な敷地は20万平方メートルもあるのだという。

それゆえ「尾白の湯」の玄関前に到着するまえに公園内をぐるぐるさせられる。それもなんと車で。

公園内は木々に覆われていてたいへんに心地よい。低いところに生える艶入りの葉はシャクナゲ。シャクナゲがたくさん植えられているあたり、ここは春のシーズンも楽しみなスポットだ。

生えている木々の下を通り、レンガの道を踏み、森の中のハウスを見、場内をぐるぐるしながら行くとようやく「尾白の湯」の建物を見ることが出来た。

午前11時、尾白の湯に到着。さっそく館内に入る。

館内、公園のぐるぐるに反してこちらは直線的。エントランスのある棟から温泉設備のある棟に向かう途中、渡り廊下がある程度で建物はかなりシンプルな作り。

しかしながら、シンプルさのなかにある窓の多さ、エントランス棟の天井の突き抜けるような高さ。これらのおかげで館内は非常に明るい。

南向きの玄関から入って、最奥部の浴場にいたるまでずっと明るいという印象。浴場は北向きながら、やはり高い天井にともなう採光がとれていて、まったく暗いという感じがしない。

露天風呂へは内湯側からドアを開けて行く。ドアを開けた瞬間、猛烈な寒さに襲われたが、それに耐えて眼前に絶景の山を見た。山は八ヶ岳。

無色透明の「白湯」と黄銅色の「赤湯」。露天風呂は2種類の湯が楽しめた。

湯の温度は・・・、アレ?温度計が無い。

どうやら、道の駅はくしゅうで湧き水の温度を測った際、どこかへ置いてきてしまったようだ。

シマッタ・・・。

温度計は拾った人に大事に使ってもらうことにしよう。

年の瀬に思ってもみなかった奉納をすることとなった。

厄年くる年。

数えの四十二。

ただでは終わらせてくれないラストのようである。

べるが通り
尾白の湯へは、この看板を左折。
名水公園べるが内をぐるぐる・・・、
公園事務所
尾白の湯に到着。
北向きの窓辺もこんなに明るい。
露天風呂からは美しき八ヶ岳。

堤体に向かう

午後0時10分、尾白の湯を出発。堤体に向かう。

本日入渓するのは北杜市内、大武川の支流となる「桑木沢」。大武川といえば今年の3月1日に入っていて、そのときのことは「釣り場のじじい」というタイトルで当ブログに投稿している。

めざす車の駐車スペースは当時と一緒。異なるのはスタート地点というだけ。

名水公園べるがを出発。東側サブゲートから出て南進する。

丁字路を右折。尾白橋をわたるとみちなりに進んだ。

「おっぽに亭こっこ」「北杜市白州運動広場」があるあたりが北杜市白州町横手。横手を過ぎると北杜市白州町大坊。

大坊の丁字路からは、3月1日とまったく同じ道。

篠沢大滝キャンプ場の看板前ではY字分岐をひだりななめ前方へ。大武川の左岸道路を走り、大武川砂防堰堤直前では道がおおきく右にむかってカーブする。カーブにしたがって行き、そのまま林道内へ。林道内、1.3キロほど進んだところで橋。橋の名は「篠沢橋」。

篠沢橋をわたりきり、50メートルほどで林道ゲート。この林道ゲート前は車両の転回場のようになっている。

午後0時55分、林道ゲート前。車は転回場の端に駐車した。

東側サブゲートから出て、堤体に向かう。
大坊の丁字路
篠沢大滝キャンプ場方面へ
Y字分岐はひだりへ
大武川砂防堰堤(画像中央)
大武川砂防堰堤直前の林道入口
林道を奥へ
篠沢橋

桑の木沢探勝路

だれもいない駐車スペース。

スラックスを脱ぎ、その下に履いていたアンダータイツを脱ぐ。

駐車スペースから堤体までは歩いて15~20分ほど。近すぎず、遠すぎずの距離。ウエーダーを履いて水中を歩いたりするが、それでもアンダータイツ有りでは暑すぎる。

汗をかいてしまっては逆に冷えてしまう。寒い思いをしたくないからあえて脱ぐ。脱いだアンダータイツは車内に置いていくことにした。

上半身もやはり長袖シャツを脱ぐ。ただし、こちらは一時的なもの。脱いだシャツを腰に巻いて、いつでも着込めるよう準備する。

午後1時20分、歩きをスタート。

先ほど車でわたってきた篠沢橋を戻るようにわたり、直後を左折。看板によれば「桑の木沢探勝路」という林道らしい。もう一枚立ててある看板には「篠沢大滝まで徒歩100~130分」と書かれている。

篠沢大滝に向かう人用に開かれた林道ということだ。その名がキャンプ場の屋号になるほどのものなので、よっぽど見事な滝なのだろう。100~130分歩いた者だけ・・・、というところがまた期待感を掻き立てる。

看板を過ぎた直後には、もう1本の橋が出現。こちらは「しるたる沢橋」。しるたる沢橋もわたりきる。

橋をわたりきったら100メートルほどすすむ。すると動物避けに立てられたネット製フェンスがあらわれる。

フェンスには開口部分があり、こちらを開けることによってフェンスの中に進めるようになっている。

篠沢大滝に向かうならフェンスの内部へ。桑木沢に入渓するならフェンスの直前を左に折れる。

折れたところが入渓点。

午後1時半、桑木沢に入渓。上流にある堤体をめざす。

入渓直後、岸沿いに残雪を確認。これを踏んだ瞬間ツルッといくことは稀だが、靴底に付着したりするので注意したい。どんなに高級な靴底だったとしても、雪が付着してしまえば途端に摩擦力を失ってしまう。

雪の上はなるべく歩かないように。それでもルート上、行きたくなったら雪を踏んですすむ。

雪を踏んでしまったあとにはデコボコの岩の上を歩いたり、砂の上を歩くようにした。靴の摩擦力に頼れなくなった分は地面の摩擦力で補う。

陸上、水中、陸上、水中と交互にすすむ。

午後1時40分、「篠沢砂防えん堤」に到着。

桑の木沢探勝路の看板
篠沢大滝よりも篠沢砂防えん堤のほうが断然近い。
しるたる沢橋
入渓点から
深みのあるところでは陸上を歩く。
ふたたび水中にもどる。
堤体前着。

水の分散

水はきれいに落ちている。放水路天端を横長にひろく使っているところがいい。

冬期の減水期に入ってしまっているなかでの水の分散。

水量は限られ。しかし左右に満遍なく振り分けられていることによって、印象はやわらかい。

ドサッと一点に集中するような落ち方は重苦しく、音も低周波で心地悪い。

今ここに恐怖心を与えるような、気持ち悪さを与えるような水の重さは必要ない。

堤体の水裏側(堤体の下流部側)に設けられた超速の勾配を白泡ともないながらゆっくり落ちてくれている、やさしい感じの落水は親しみやすい。

しかしながら二段構成になった堤体より下流の区間は、ふたたび荒渓としての厳しさを取り戻す。

落ち込み、強く叩き、大石にぶつかりながら下流へとつづく水のすがたを見せてくれる。

高めに保った視線の先には、親しみやすい堤体。しかしながら、その下流を見れば、また音を聞けば、決してやさしいだけの渓では無いということがわかる。

水の分散
水は水褥池へ
護岸がきっちりしていない感じも好きだ。
水は副堤からも落ちて渓にもどる。
デカ石がゴロゴロ。洗掘作用によるもの。
こちらは堤体前一番の巨石。

鳴ったり鳴らなかったり

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

音は鳴ったり鳴らなかったりという展開。

堤体の縦横の大きさ、左右両岸高く続く斜面。大場所と言って間違いない堤体前は谷の左右両岸が開き気味で、音が逃げていく印象に強い。

もっと空間が閉じていて、音が残ってくれるような形状であれば響きが得られやすいはずだ。

真上の空に向かって、左右斜め上の空に向かって。空隙にむかって声を入れていってもやはりなにも帰ってくるものがない。

時折、音が響いてくれるのは風の影響か。

悪いもので、響き=風みたいなイメージができあがってしまっている。

空気が動いたタイミングで響きが得られたという経験は多い。しかしながら、この篠沢砂防えん堤堤体前は両岸が開きすぎている。

見た目から受ける印象がかなり難しい堤体前。しかしながら、うまく鳴ってしまう瞬間があるので逆に戸惑う。

結果として音は響いてくれている。けれども、その理由が不明なため、なんとも釈然としない感じだ。

左岸側
右岸側
銘板
およそ南西向きの堤体。
風は吹いたり止んだりという展開。
空間を広々と利用する
石の上の立ち位置。

無事に完結

結局、この日は午後3時50分まで堤体前で遊んだ。

堤体前にたどり着けたこと。

堤体前に立って歌えたこと。

歌い終えて、帰ってこれたこと。

一連の行動が無事に完結でき、良かった。

ことしも一年、堤体前という空間に通って歌うということをくりかえした。

大きな堤体から小さな堤体まで。砂防ダム等堤体類というものがバリエーション豊富にあるなか、いろいろなところに出掛けることができた。

また、その旅のほんの一端ではあるが、こうしてディスプレイ越しにいろいろな場所を紹介することが出来た。

不思議なもので、こんなところがあるよ。と、さまざま書いていくなか、自分自身にも気づきというか学びのようなものが生またりして、いろいろと勉強することが出来た。このことがまた、幸せなことであった。

山のことは山の人たちがうまくやってくれているだろう。

川のことは漁協の人たちがうまくやってくれているだろう。

生態系のことは研究者たちがうまくやってくれているだろう。

すでに報道にあるとおり、希望的観測ふくめた街の人たちの思いは、残念ながら実体に即してはいない。

高齢化とか公金の不足とか規制の甘さとかいろいろなことが言われているが、しかし、一番ヤバいなと思うのはやっぱり、

人がいないこと。

人がいないから何も語られなくなっている。良くない出来事が起きているのに、それを知る人がいない。知らないから、伝えられない。逆に、良いことが起きているのに、それが知らされない。拡散されない。

人がいて、見ていなければ絶対に対策には繋がらない。

山に川に人が来られるような仕組み作りは、早急に解決されるべき課題である。

自身においては引き続き、砂防ダム等堤体類を使った遊びとして音楽というものを薦めていくこととします。

堤体前の広い空間で歌う気持ちよさ。

その快楽、その欲望に火を付けるような文章がもっと書けるようになれば、フィールドはもっと良くなるかもしれません。

本年もありがとうございました。

来年もまたよろしくお願いします。

立ち位置は、いろんなところを試してみる。
この平坦地は旧河床なのか?
今度はそこから声を入れてみる。
腹が減ったので、いなり寿司を取り出す。
堤体前で食うメシはやっぱりうまい。
堤体前。自由気ままに過ごした。
本年もありがとうございました。

駅から徒歩で行ける堤体

吉久保ガード

駅から徒歩で行ける堤体はじつはとても理想的といえる。

砂防ダム等堤体類をまえに歌うということのメリットのひとつに環境負荷が少ないということが上げられるからだ。

今すでにある堤体を利用し、そこで音楽をおこなう。

電気もガスも水道も使わない音楽をする。

川も森林も太陽もすべてが自然エネルギー。自然エネルギーを利用し、長期持続可能なかたちで音楽をする。

堤体前に立って歌っているそのときだけを考えれば、環境負荷においてほぼこれにかなうものは無いといえるのではないか。

砂防ダムの音楽は環境にやさしい。

であるからこそ、唯一の欠点。このことで頭が痛い。

唯一の欠点は、堤体までの移動において環境負荷が生ずること。

山に向かわなければならない。坂を登らなければいけない。長距離を移動しなければならない。

やはり車というものが手放せなくなってくる。

秋の紅葉シーズン。

この時期は日本各地で交通渋滞が起きるのだと聞く。

木の葉っぱが紅に黄色にいろ付く季節。

じつに日本人の「粋」な趣味であろうとおもう一方、その行動によって多くの温室効果ガスが空気中にばら撒かれている。

静寂の植物観賞のうらで、せかせかと排気ガスを吹き上げるエンジンのことを考えるとやはり気分は晴れない。

美しいことをやっているように見えて、じつは犠牲をだすような行為をしているのが憎い。

音楽の美しさとか、音楽のすばらしさを説くなら、そういった見えにくい部分についてもしっかり矛盾無くクリアされてなければならない。

移動において。

移動においてはこの上なく、配慮されたかたちで行われることが理想的だ。

なにが一番理想的なのか。

電車だったら環境負荷を抑えることができる。

一度に人を大量輸送できるから。

各個人で自家用車を出すより効率がいいから。

電車に乗って最寄り駅まで。

そして、

電車から降りて歩いて堤体へ。

駅から徒歩で行ける堤体。

この移動こそがもっとも理想的なのだ。

JR笹子駅前

問題アリ

問題アリである。

申し訳ない。

???

冒頭いろいろ偉そうに書いてしまったのに、

車で来てしまった・・・。

という暴露から話しははじまる。

11月16日、午前11時15分。大月市笹子町黒野田。JR中央本線笹子駅。

駅前駐車場に車を停めた。

駅前駐車場は、

タイムズのB笹子駅駐車場。

タイムズのB駐車場といえば自身が静岡県時代から大変お世話になっている駐車場だ。

運営はタイムズ24という会社。

あの駐車場のタイムズである。

以下はタイムズのBのつかいかた。

スマートフォンで「タイムズのB」のサイトにアクセスすると、トップ画面に検索窓があらわれる。

この検索窓に都道府県、市町村などを入力すると、地図があらわれて駐車場の位置を示してくれる。

駐車場は駐車料金の書かれた吹き出しで示してくれるのでまずはそちらを確認。駐車料金は一日あたりの駐車料金である。さらに吹き出しのところをタップすると、駐車場の名称や代表画像を見ることができる。

代表画像のタップで駐車場の予約画面へ。予約画面では駐車可能な車のサイズや利用時間、予約可能な日にち等、より具体的な利用条件を確認することができる。

利用条件を確認してオッケーならば、あとはクレジットカードの登録、利用する車の車種の登録、ナンバーの登録などを済ませたのちの決定ボタンで予約完了となる。

自身が使ってみての感想としては、コインパーキングも無いような田舎において駐車場が確保できること。このことが大きい。

砂防ダム等堤体類を追いかけていれば田舎に行くのは当たり前。そんな中で、きちんと駐車場を確保することができる。

さらにスマートフォンひとつで予約~決済までできる手軽さが良い。

駐車場に空きさえあれば、当日予約も可能。

気象条件の急激な変化、堤体前環境の予想はずれなどにより、出掛ける先が急きょ変更になった場合でも駐車場を確保することができる。

ちなみに、まさしく今回は予想はずれが起こった。急きょ大月市笹子に入ることが決まったのであるが、前日の11月15日に予約をすることとなった。

まさかの前日予約。

祈るような想いでサイトを開いてみたところ、なんと運よく空きがあって予約を入れることができた。

秋の紅葉シーズン真っ只中という状況下、しかも日曜日の予約である。

本当に運が良かった。

予約は早い者勝ち。長いところでは13日前から予約を入れることができる。今回予約することができた笹子駅は4日前から予約を入れることが出来たようだ。

車を停められて一安心。

これで本日のスタート地点が出来た。

タイムズのBは予約制の駐車場だ。

北条氏綱

腹が減っては戦ができぬという言葉は北条氏綱という人が言った言葉らしい。

では、北条氏綱のことばを借りて、

「腹が減っては戦ができぬ!」

笹子駅ちかくの笹一酒造へ歩いて向かう。

午前11時25分、笹一酒造の付属施設であるSASAICHI KRAND CAFEに到着。

店に入り席に着く。するとさっそくお冷やが運ばれてきた。だが、なにやらコレが普通ではない。

「笹一酒造の仕込水」と書かれた中瓶が、水を注ぎ入れるためのコップとともに渡された。

さて、どんなものかと・・・。

口に入れてみるとじつに雑味のない水。

うまい、まずいとかじゃなくて、とにかく味がしない。

良い水なのだなということがわかる。

水に感心していると注文していた品「笹一酒粕ほうとう」が運ばれてきた。

こちらは本当にうま味の濃いスープで作られたほうとう。やはり酒粕がその濃さにつながっているようでクセになる。

このクセにはまってしまい、スープは全部を飲み干してしまった。

そしてなんとなくからだに良さそうなところがまた大変にここちよい。

このほか、当日は口にすることがなかったが、同じく酒粕をつかった「かき氷」がこの店の名物とのこと。

こちらはもっと暑い時期にチャレンジしてみたい。自身は下戸なのだけれども、ほうとうは完食。おいしくいただくことができた。かき氷のほうも期待大だ。

再訪を誓い、店を後にした。

SASAICHI KRAND CAFEへ。
笹一酒造の仕込水
笹一酒粕ほうとう
甘味、コーヒー、お茶、アルコールなども楽しめる。
窓からの景色もよかった。

笹子駅で準備

午後0時10分、笹一酒造を出発。

午後0時15分、ふたたびタイムズのB笹子駅駐車場に到着。

「駅から徒歩で行ける堤体」だ。

歩こう。

駐車場に停めた車のハッチバックを開け、入渓用の装備をとりだす。

今回は背負子スタイルで堤体に向かう。ウエーダーを履くのは、堤体至近にたどり着いてから。

堤体前までの距離はおよそ3.0キロ。3.0キロなのだけれども、やはり登り坂をともなった道が待っているため、まずは薄着でスタートする。

上半身はTシャツのうえにジャッケットを1枚だけ。下半身は防寒タイツを履かずにスラックス1枚だけ。

少し迷った。なぜならこれから年明け1月・2月の厳寒期でも同様のシステムで動いているからだ。

暑すぎはしないか?

しかし、よくよく考えれば厳寒期には新規開拓をすることが多いから遡行がメインとなる。

今回のように道路歩きメインの(このあと道路歩きメインの行程が待っている。)行程とはまた少しちがっている。

まぁ、少なくとも危機を感じて流すような冷や汗とは無縁であろうから、心穏やかに歩けるはず。考えるべき課題は、ごくごく単純な歩行運動によって発生する熱のことだけだ。

あとは、到着後。堤体前でいかに快適に過ごすかということも忘れず。

移動時の状況。足が動いている。それに反して、堤体前で歌っているときには足が止まっている。

寒くなる。

そのときのための防寒着も忘れない。

吸汗発熱素材の長袖を腰に巻いておく。

これならショルダーバック等を重量増させることなく持ち運べる。

動いているとき、止まっているとき。双方の状況を想定し、準備をすすめた。

ふたたびの笹子駅で準備。
笹子駅。無人駅だ。
観光パンフレットと山の案内図。
やはりここもまた山のさかんな地域だ。
駅前の案内図

堤体に向かう

午後0時50分、準備を終えタイムズのB笹子駅駐車場を出発。

まずは「笹子駅入口」丁字路信号の横断歩道をわたる。

スタート早々。

予定通りの。

ショッピング。

「みどりや」に立ち寄り笹子餅を購入。

再スタート。

東進するとふたたびの笹一酒造。笹一酒造のまえを通過し、笹子川橋をわたる。

午後1時10分、富士急バス「吉久保入口」バス停に到着。左折し、JR中央本線吉久保ガードをくぐる。

吉久保ガードをくぐったあとは丁字路を右折。「稲村神社」にむかって歩き、神社の直前で左折。

道なりにすすんでいくとやがて進路は東進から北進に変わる。

中央自動車道にかかるオーバーブリッジ「原平橋」をわたり、さらに北進をつづけると動物遮断用のフェンスが登場。

午後1時35分、動物遮断用のフェンスを開けて通過。通過の後にはフェンスを閉じる。

フェンス直後の櫻公園では小休止。公園の中央には大鹿川が流れており、川のようすをチェックする。

異常なし。

ここで公園の少し下流に注目。少し下流にはなんとも年季の入った石積み堤を確認することができる。

これが少なく見積もって50~60年モノの堤体。なのだがいろいろと不明。銘板を探してみたのだったが見つけることが出来なかった。ちなみに櫻公園自体はこの石積み堤堆積地にできた公園ということになる。

午後1時55分、櫻公園を出発。

橋を一本わたり、道幅の狭いスギの林間道を登っていくと、沢の音が一段と大きくなった。

堤体だ。(堤体名不明)

堤高は20メートルほど。堤長もかなり長い堤体。

惜しむらくは左岸側にはっきりとしたブルドーザー道がこしらえられてしまっていること。渓畔林が育つ環境とはほど遠い。いや、もし仮に生えてきたところで妨害樹木でしかない。なんて言うより先にシカたちのえさになるのが現実か。

土木工事用に付けられた、なんとも無機質な砂利道。

敷かれた砂利をふみ鳴らして堤体を巻くことができた。そのことが唯一の救いであった。

堤体の堆積地へ。

ここで背負子を下ろしウエーダーに履き替える。ここからは渓行になる。

堤体の直前までスニーカー履きで来られたのは非常によかった。スニーカー歩行によるスムーズかつ疲労感少ない移動は非常に効率的なものだった。

午後2時25分、ウエーダーに履き替え、歩行を再開する。

堆積地の小石を踏みならし、倒木を跨ぎ、スギの林間を抜けるように遡行していくと目の前に堤体が出現した。

午後2時40分、「大鹿川砂防ダム」に到着。

みどりや
みどりやでは笹子餅を購入。
笹子川橋
稲村神社
歩きのコースは滝子山の道しるべにしたがう。
山がいい色している。
細かいところを見られるのも歩きの良さ。
動物遮断用のフェンス
櫻公園(奥にあるのが石積みの堤体。)
スギの林間道
ブルドーザー道
堆積地へ
ウエーダーに履き替えてすすむ。
大鹿川砂防ダム

陸地

水は湛水し帯状に落ちている。

水の落ちる先は水タタキ。水タタキ区間を通過後、水は左岸側に向かうとそのまま護岸に寄り添い下流へとつづく。

護岸の長さは70ヤードほど。

しばらく水と護岸は並行し、護岸が切れ目に達する直前、見計らったように水は護岸から離れて下流へ。

なんとも目をもった生き物のような川である。しかし、実際のところは川の中央一帯に生える渓畔林の影響であろう。

堤体供用開始より上流から流れ着いた微量の土砂が先駆性樹種「フサザクラ」を育んだ。そのフサザクラの幹や根が流れの抵抗物質となって土砂をせき止める。

そこにさらに、また別のフサザクラが生える。このフサザクラの幹や根がまた流れの抵抗物質となって土砂をせき止める。

以降その繰り返し。

結果的には川の中央付近にフサザクラの渓畔林と大量の土砂が残る。行き場を失った川の水は、片岸側につくられた直線状の護岸に助けられ、どうにか土砂の圧力に負けることなく流れを保つという格好になる。

左岸側の護岸に寄り添って流れる水。対して、川の中央付近は完全な陸地。

この陸地を立ち位置にする。プレーヤーは、正面には放水路天端から落ちる水を見、足元には水が流れていないという状況に立つ。

陸地に立って歌えるのだから、これは始めたての人でも比較的違和感なくやれるのではないだろうか。

水の上で歌うなんて・・・、という否定的な人にもきっとエントリーしやすいはず。

いろいろと期待をさせてくれる堤体前だ。

鋭くスリムな落水。
赤サビも景色と馴染んでいる。
左岸側に追いやられた流れ。
左岸側護岸上
右岸側護岸上
公園のような雰囲気をもった堤体前だ。
陸地には落ち葉が積もる。

転石・段差の少なめな河床

自作メガホンをセットし声を入れてみる。

鳴る。

それもかなり心地よく。

視界の先にある堤体本体、左右両岸、いずれもコンクリート物質に囲われた空間であるが、きちんとその外側、広い範囲で声が鳴っている。

護岸より高いところ。内側には広葉樹が生え、外側にはスギ。

声はちゃんととスギ林の深いところまで届いて、その奥から返してくれる。

ノイズと声とのバランスもいい。

やはり堤体前はコンクリート物質に囲われた空間。ノイズ自体もその空間内を支配しようと響くのだが、声で負けることが無い。

そもそも転石・段差の少なめな河床は、ノイズ発生源に乏しい。コンクリートの壁の中で音を支配しようとしたところで元々のパワーが小さい。

ノイズ攻略が「壁」によって難しくなることがある。しかしこの場所の場合、元の力が大きくないため脅威とはならない。

しっかりとしたノイズが襲ってくる堤体前という印象。しかしながら、そのパワーにおいてはヒトの声で十分対応できるレベルにあるといえそうだ。

銘板
風は無風
北西向きの堤体
立ち位置は響きをもとに設定する。
公園・街路樹のような空間が心地いい。

良いものが出来れば

結局、この日は午後4時半まで堤体前で過ごした。

今回入った大鹿川砂防ダムは駅から徒歩で行ける堤体である。

歩きで行けることによって、冒頭記したような環境負荷をおさえる遊びが展開できる。

ほかには?

誰にでも行ける堤体。これが実現できるであろう。

砂防ダム等堤体類を前に歌うという行為を提案している。しかし、これが一部の人にしか実現できない遊びであったら面白くない。

子どもから、お年寄りまで。金持ちから貧乏人まで。歌の上手い人から歌の下手な人まで。

だれにでもやれる遊びでなくてはならない。

遊びとしてやること。また、遊びを研究すること。その発展にも期待をすることができる。

音楽的なこと。それだけで見たって、まだまだ上手くいかないことが多い分野である。

堤体前について。もっともっと万人受けする居心地のいい空間というのが作れるかもしれない。

一部の人たちだけがアレコレ悩み、答えを出すというのもひとつのやり方。一方で、もっともっと多くの方に砂防ダムというものに触れてもらうなかで、解を出せる人物を待望するというのもまた魅力的なはなしだ。

結果が出せれば何だっていいはず。

良いものが出来ればみんながそこで遊べるようになる。

そのきっかけとなるように。

まずは多くの人が堤体前にたどり着けるように。

理想のために。

駅から徒歩で行ける堤体。

誰にでも行ける堤体。

今後はこういった堤体さがしもやっていきたいとおもう。

歌える堤体さがしの旅はつづく。

午後4時半まで堤体前で過ごした。
フサザクラ
オニイタヤ
オオモミジ
ヤマグワ
アブラチャン
ウツギ
オニグルミ

堤体の産地間競争

玉川の谷止工群


山でおこなう響きづくり。

やるならやっぱり木が生えているところがいい。

木がいっぱい生えていて、森林を形成しているようなところ。

実際そういったところで歌ったり声を出したりすると、音が非常に豊かに響いてくれることがわかる。

これぞ森林の機能。見た目がいいとか落ち着くとか、利点はそれだけでは無いのだ。

そんなことを考えて。

そんなことを考えてみると、もはや堤体前で無くたっていい。

堤体前で無くたって、森林のなかで音楽を成立させていけばいいのでは。

わざわざ堤体前に行かなくたって。

堤体前に行く必要性。本当にあるの?

そもそも、なぜ堤体を音楽に利用しなければならないのか。

堤体は丸太張り
本体はしっかりコンクリートで出来ている。
人間の足跡は皆無。代わって動物の足跡。
ガブガブやったのはイノシシか?

集合場所としての機能

堤体を音楽に利用する理由は?

①堤体が声を当てるための壁になるから。

②堤体がノイズの発生源になるから。

③堤体がプレイヤーにとっての歌うための目標物になるから。

④堤体が明かりの供給源になるから。

⑤堤体とその周囲の見た目(一定ではない)が、プレーヤーの心境に影響をおよぼすから。

⑥直線をともなう建造物は方位を持つ。方位と太陽光との関わりを考える戦略的な遊びができるから。

⑦似て非なるもの(各地の堤体において、どれもが似たようなフォルムでありながら、堤高、堤長はじめとする長さや形状がちがっている。)を相手にするなかで、お互いを比較して遊べるから。

音楽を楽しむ上での特性をあげれば数多い。堤体相手に歌うことで、他にはない、より高い満足度につながる音楽ができるはずである。

音楽以外のことではどうか。

集合場所としての機能。

GPSの時代である。

座標で示す。この方法を使えば、森林中のとある地点だって、原っぱのど真ん中だって、どんなところでも数値で指し示すことができる。

数値をもとに集合場所を設定することができる。

「今度の演奏会は北緯35度○○分○○.○○秒、東経138度○○分○○.○○秒で行います!ライフジャケット、ヘルメット必装で当日参加も可能です。みなさん奮ってご参加ください。」

・・・。

これは違和感アリまくり。

ちゃんと建物名で呼ぶのが一般的であろう。

堤体に当てはめてみる。

「今度の演奏会は○○川の○○川第1コンクリート堰堤で行います。ライフジャケット、ヘルメット必装で当日参加も可能です。みなさん奮ってご参加ください。」

おっ?

なんと。堤体名が建物名のかわりになるので、意外と歯切れ良く伝えることができるではないか?!

木の群生地。
木はオオバアサガラという木。
オオバアサガラ(葉表)
オオバアサガラ(葉裏)

堤体さがしのロマン

10月19日、午前7時、山梨県北都留郡小菅村。

砂防ダム音楽家のブログだ。たまにはストレートに堤体前から始めてみようということになった。

小菅村内、国道139号線「玉川」バス停から新玉川橋をわたり、林道を2キロほどすすむと冒頭からの画像にあるような堤体群に出会うことができる。

計5基の谷止工群。5基ともすべてコンクリート製。うち上流3基が水表・水裏丸太張りの堤体で、下流2基がコンクリートむき出しの堤体である。

当日の状況としては、最上流の1基目から2基目までが伏流。2基目から最下流の5基目までが湛水(水が滝のように流れ落ちている状態)。

風は無風。曇天で、いまにも雨が降り出しそうなそうな上空は天気予報どおりの空模様といった感じであった。

さて、冒頭からの話しのつづきであるが、この堤体群を集合場所にするということで仮定した場合、文章化するにはどうすればいいか。

やはり最も歯切れ良く伝えることができる方法は、○○堰堤とか、○○治山ダムという感じで、堤体名を用いること。

堤体名。それを知るのは銘板から。

銘板を読んでみる。

平成29年度

治山事業

施行地 玉川

工種 谷止工

施工主体 山梨県森林環境部

請負者 (株)丸一土建

堤体名は?

う~ん・・・、

無い。

これでは文章化できない。

堤体というものが山に存在するということを考えて。堤体というものが山に存在するということから考えれば「堤体さがし」というのも、これは砂防ダム音楽家としてのひとつの楽しみなのである。

自らの足で。

自ら歩いて。

見つけた堤体。

玉川の谷止工群。当地は一級河川「多摩川」に属する治山設備だ。その点から考えれば、こんな山奥の堤体にだって中央省庁の書棚の一冊には、それらを指し示す正式名称というものが一個一個書かれているのかもしれない。

「小菅玉川第○谷止工」のような・・・。

だが、そんな資料から名前を引っぱってくるということが、果たして許されるのであろうか。堤体さがしのロマンという観点から見て、感情をブチ壊しにしてはいないか。

堤体名は自らがその場所に降り立って、自らの目で見て知る。

その名は銘板によって知る。

そうすると決めている。

銘板からその名を知り、さらに「歌う」という行為を通じてより深く堤体に慣れ親しむ。

ここまでするから面白い。

響きの良くない堤体だ。見た目の良くない堤体だ。そんなことは、じつはどうでも良い話し。

苦労して、その場所に降り立ったこと。

何十年も昔に作られた、何という堤体なのだということを知ること。

堤体を見つけた喜び。

そういった思いも込めて歌うこと。

これこそが、堤体さがしのロマン。

堤体さがしという行為に端を発して、生まれる感情というものを一番大切にしていたい。

銘板には「治山事業」「谷止工」とあった。
ヘビイチゴ
フサフジウツギ
ヨウシュヤマゴボウ
稜線美し小菅村。

午前11時15分、自家用車に乗り込み谷止工群から離れる。

いつの間にか雨が降ってきていた。雨は弱い雨で、車のワイパーを一番遅いものにしても対応できる程度の雨である。

林道を下ってゆく。

林道の途中にある「玉川キャンプ村」のサイトをを見ながら、土の道を下ってゆく。

午前11時20分、新玉川橋をわたり、国道139号線へ。国道139号線を西進する。

ほうれんぼうの森、チャーちゃんまんじゅう、多摩清流苑小菅浄化センターまえを通過。

平山キャンプ場、奥多摩山草園の入り口も通過すると、左手に田元橋があらわれた。

午前11時40分、田元橋をわたり、さらに丁字路を左折。

ヤマブキの丘(植えたヤマブキらしい。)を越え、山沢橋をわたって坂道を登ってゆくと、やがて「道の駅こすげ」の看板があらわれた。

正午、道の駅こすげに到着。

新玉川橋
新玉川橋、玉川キャンプ村の入り口看板
田元橋(左端)
看板にしたがい、道の駅こすげに向かう。
道の駅こすげ

麺屋梅ノ木

車のルーフをたたく雨。

相変わらず弱い雨が降っている。

さて、どうしたものか。道の駅こすげに到着する直前、距離にしてわずか200メートル手前。「麺屋梅ノ木」の状況である。

こちらは味噌ラーメンの銘店。

銘店とわかっていながら、日曜日の真昼のピークタイムまで放置してしまった自分自身が悪い。

来店を予定していたのであれば、谷止工群をもっと早く切り上げるべきだった。

満車に埋まる店先の駐車場と、来店客の行列。

闘わなければいけない。

その味にたどり着きたいのであれば。

行列との闘い。しかしその様子をあらためて想像してみて、やっぱり闘う気が失せた。

車を降り、道の駅内の「道の駅こすげ物産館」へ。

物産館にてちょっと買い物。

物産館での買い物を終えると、同じく道の駅内の「源流レストラン」に向かった。

午後0時25分、源流レストラン店内へ。

店先の券売機。

「とりあえず迷ったらコレ!」と。

郷に入りては郷にしたがう。

券売機で食券を受け取ると店内へ。

店内、道の駅のレストランにしては洒落た感じがする。

使い古したピザ窯が置かれていたり、レコード盤ほどもある大きなコースターが並べられていたり、ドライフラワーが飾られたりしている。

源流の「流」の字を店名に使用しているが、もっと動きの無い静かな空間といった感じである。

商品の出来上がりは、ブルブル震えるカード型の機械が教えてくれた。

皿は客側が受け取りに行くシステム。これなら店員がホールをあたふた駆け回らなくて済む。

温かいパスタ。

落ち着いて食事をとることが出来た。

暖色系の照明もまたあたたかかった。

源流レストラン
決済は券売機でおこなう。
店内へ
道の駅のレストランにしては洒落た感じがした。
勧められたメニューは大当たり!!(ペペロンチーノ)

戦闘基地

午後0時50分、道の駅こすげのとなり「小菅の湯」へ。

鍵付きの小さなロッカーに靴を預け、券売機にて入館料を支払う。券売機はさきほどの源流レストランと同じ音がする。当たり前だ。券売機の機種が同じなのだから。

受付を済ませ、さっそく男湯に向かう。男湯ののれんをくぐり浴場内へ。

とても豪華な施設。

内湯は大風呂の四角い湯船が一つ。大風呂の半分程度の寝湯が一つ。円い浴槽のジェットバスが一つ。

打たせ湯が二つ。かけ湯、水飲み場が一つずつ。

洗い場は全部で16あり、うち一つは「爽快!ボディーシャワー」という名の強烈な全身シャワー。

サウナは6~8人くらいが一度に入れる広さ。サウナを出たあとは「源泉水風呂」でクールダウンすることができる。

露天エリアは岩風呂が一つ。五右衛門風呂が二つ。リクライニングチェアーが三つ。「イベント風呂」と称する、大きなひのき桶風風呂が一つ。

更衣室内、無料ロッカーは全部で136。

浴場内から出ても勢いは衰えず。

休憩室は5部屋。休憩室とは別に食事処が1。有料の予約室が2。

全くもって村営などとは思えない規模の日帰り温泉施設である。もはやスーパー銭湯と言われるような入浴アミューズメント施設と同等の設備内容だ。

先の源流レストランでも感じたことなのだが、設備投資という名のギャンブルが上手い。しかも単純に金を掛けたというだけでなく、センスある作りなのである。

おもえば東に隣接する自治体は西多摩郡奥多摩町。つまり東京都ということになる。

対東京仕様となるとこれくらいやるのか。東京都内の公営・民間入浴施設と闘うことを考えると、これくらいの規模で武装するのが普通なのか。

いや、リピーターというところまで考えるとこれは正しい選択。お情け無用のガチンコ勝負をやっていくには、これくらいの投資が必要になってくるのだろう。

日帰り温泉施設。その産地間競争。

争いに勝つために完全武装した戦闘基地を見た。

「小菅の湯」へ
村営とは思えない規模の日帰り温泉施設だった。。
休憩室だけで5部屋もある。
今度来たときはこれにしようか?
食事処も豪華な感じだ。

入渓の準備

午後1時45分、小菅の湯を出るとふたたび道の駅こすげの駐車場にもどった。

雨はいつの間にか止んでいた。

入渓の準備。

本日向かうのは、道の駅の西側を流れる「山沢川」の堤体。

道の駅からの距離は800メートル。道の駅至近の堤体。選択した移動手段は徒歩。

道の駅駐車場で準備をして、堤体に向かう。

北都留郡小菅村。ご多分に漏れず。山梨県郡内地方に属する山間地域の村は、ご多分に漏れず登山家たちにとっての恰好の遊びのフィールドなのである。

山は鶴寝山、奈良倉山、三頭山など。

山の頂をめざす登山家たち(トレイルランナーたちも)の発着地点として、道の駅こすげが利用されている。

したがって道の駅駐車場という場で、アウトドアーマンとしての装いに身を包むことにためらいは無い。

頭の先から足の先まで、ゴリゴリの山人間になってやろうと思った。

ただ、一点だけ。

本日向かうのは河川の渓流区間である。

入渓である。それなりの配慮が必要になってくる。

山梨県内、銘渓として名高い「小菅川」。小菅川といえば、小菅村漁協のきわめて意欲的な管理下に置かれた川である。ならば同時に、小菅川の各支流においてもその温度の高さがあるのだということを忘れてはならない。

本日、入渓する山沢川はまさにその小菅川の支流にあたる川。全面禁漁区の川。

もちろん、魚の採捕を目的として川に向かうのでは無い。だからといって無頓着であってはいけない。川に向かう自身の装いについては、常に気にしていなければならない。

釣り人に見間違われるような格好をしている。

過去には声かけを経験した。(これは小菅村ではなく別地にて。)そのときには事情を説明して相手方の理解が得られたものの、わざわざ漁協関係者にご足労いただくカタチになってしまったことについてはきちんと反省しなければと思っている。

同じ過ちを繰り返したくない。

ちょうど良いあんばいというのを探りたい。

背負子をせおうことにした。背負子にウエーダーを搭載することで、見た目上の刺激を少なくできるだろうと考えたからだ。

背負子、ウエーダーほか、フローティングベスト、ヘルメット、グローブ、登山用ポールなどはいつもの通り。

渓行には「チャーちゃんまんじゅう」をお忘れなく!
あっ、あと、
いちおう告知。
ウエーダーは背負子に搭載した。
ポールの先は登山家仕様で。

ヤマグルマ

午後2時05分、道の駅こすげを出発。小菅の湯の西側に延びる下り坂をおりてゆく。

午後2時15分、柿の木がある丁字路にさしかかった。丁字路は左折。

林道を歩く。

日曜日だというのに天気予報の雨予報が効いているのか。登山客とすれ違うことがない。

おそらく堤体前は貸し切りになるだろう。堤体前もそうであるし、堤体のすぐ横を通る林道も通行人なしという状態で。

山というフィールド。そこで歌うこと。人がいない。これもまた堤体前の音楽の特徴。

午後2時35分、「ヤマグルマ」の看板に到着。

ここで背負子を下ろしウエーダーに履き替える。

ウエーダーとは腰の高さまである防水長靴のことである。(履き替えるときにズボンは脱がなくても大丈夫!野外でも更衣室はいらない。)

午後2時55分、ウエーダーに履き替えたところで堤体前に向かう。堤体前に向かう経路については「ヤマグルマ」の看板にしたがう。

斜面に付けられた丸太階段を降りてゆく。急斜面に付けられた丸太階段も登山用ポールの補助を受ければ難なく降りてゆくことができた。

午後3時、堤体前着。

下り坂(小菅の湯の西側)
柿の木の丁字路。
おっ、
秋だ。
こんなところにも。
「ヤマグルマ」の看板に到着。
ウエーダーに履き替える。
「ヤマグルマ」の看板にしたがう。
登山用ポールの補助を受けながら降りた。

片落ち型

水は放水路天端全体から落ちている。しかし、水の偏りが強くほとんどが右岸側に集中している。

右岸側は天端の底を切ってドサッと落ちていて、対する左岸側は堤体水裏表面に膜を張るようにうすくうすくゆっくりと落ちている。

左右均等に・・・、とはいかないが、水量のあまり多くない沢の堤体で勝負する(堤体の産地間競争)ことを考えると、こういったカタチもありかもしれない。

「片落ち型」とでも言おうか。見た目としてはあまりきれいなものではないが、水が片側に集中して落ちることによって、しっかりとしたノイズを発生させている。

天端から落ちた水は水タタキ上に乗り、高さ1メートル程度の落差で完全に堤体から離れる。

以降、水は堆積地上(さらに下流に堤体がある。)のゆるやかな勾配を下る。

バックホウによって河道改修された直線的な流路は幅10メートルほど。左岸側すぐには植林地の斜面が迫る。対して右岸側には幅10メートルほどの平地。

まるでレジャーシートを敷いてピクニックが出来そうな縦長のスペースが出来ている。

樹木は左岸側がスギの植林地。堤体から30ヤード付近にカヤの大木。50ヤード付近にオニイタヤが数本。

右岸側は堤体本体から下流に向かってフジキ、チドリノキ、ヤマグルマ、ケヤキ、サワグルミ。

全体的にはスギに囲われた空間になっている。河道改修でできた直線的なアルミサッシ断面は左右両岸の樹木によって、横、ななめ方向からの採光がおさえられている。しかし、流路の真上はしっかり空まで遮蔽物なく抜けている。

夕方ゲーム。夜闇まえの時間帯に向いているかもしれない。

森林による暗がりが有りつつ、採光を得る森林の切れ目(樹冠の切れ目)もしっかり確保されているという状況。

明るい時間帯では暗がりの性能に頼り、空が闇に落ちる寸前では採光からの光に頼る。

夕方ゲームの浅い時間帯にも、深い時間帯にも、ともに楽しめる空間になってくれるだろう。

水が右岸側に偏っている。
しかしノイズの大きさを考えれば利点とも言える。
右岸側
左岸川
右岸側にはピクニックが出来そうな縦長スペースが。

ガンッ!

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

設定した立ち位置は堤体から71.5ヤードの地点。

声が心地よく鳴っている。

とくに響きが良くなるのが、水平方向よりも上を意識したとき。

水平方向を向いて声を入れるのではなく、若干うえを向くような感じで声を入れてみる。

若干うえを向くほうが、樹木に声が当たりやすい。やはり、山でおこなう響きづくりにおいて樹木は欠かせないのだ。

「全体的にはスギに囲われた空間」とは前述したとおりだが、そのスギ林全体がガンッ!と鳴ってくれている。

距離は71.5ヤード
方位は210度
風は無風。
上を意識するとよく鳴ってくれた。
チャーちゃんまんじゅう
この生地の甘さとみそのしょっぱさと。もう最高!

あだ名

結局この日は、午後5時まで堤体前で過ごした。

堤体前での響きづくり。そのためには樹木の存在が欠かせないのだということを再認識したゲームとなった。

また、樹木に囲われた堤体前。予想に違わず夕方ゲームの浅い時間帯にも、深い時間帯にもしっかり歌って楽しむことができた。

惜しむらくは・・・。

惜しむらくは、堤体に銘板がないこと。(銘板が見つけられなかった。)

なんと午前中におとずれた玉川の谷止工群同様、この堤体にも銘板がない。

堤体名を知ることができない。しかし、集合場所としての機能を果たすためにはやはり呼び名が必要だ。

どうするか。

あだ名を付けてはどうか。

この堤体にふさわしいあだ名を。

この堤体固有のあだ名を。

ヤマグルマ堤。

ピクニック堤。

こすげ夕暮れ堤。

どんなあだ名がいいだろうか。

ほったらかし温泉。

信玄餅。

森の中の水族館。

ハーブ庭園旅日記。

富士山駅。

チャーちゃんまんじゅう。

やはりネーミングは大事だ。

堤体の産地間競争。

将来、本当にそんな時代が来るというならばテキトーに付けた名前ではいけない。

ライバルに勝つためには少しでもいい形でアピールしたい。少しでも競争力がアップするような名前を付けたい。情報あふれるネット社会のなかで効果的にはたらく名前を付けるようにしたい。

日本的な名前がいいか。

横文字系でちょっと長めな名前がいいか。

ただの物体的な特徴だけで名付けること。地名を頭にしたような名前を付けること。そんな昭和流の慣例にしたがう必要はもうあるまい。

元気な若者たちによって、若者たちに愛される。そんな名前が付けられればベストだ。

大事な大事な堤体の呼び名。あだ名。

堤体があだ名で呼ばれる。そんな良き時代の到来に期待している。

右岸のヤマグルマと左岸のカヤ。
ヤマグルマは村指定天然記念物。
木の幹が力強い。
葉が車輪状に付くことが名の由来。
こちらはカヤ。
カヤの葉っぱ

無料エリア

山梨県立博物館

砂防ダム等堤体類。

それは演奏施設。

今回は「無料エリア」というタイトルを付けてみた。歌が無料エリアでおこなわれることについて考えてみたい。

まずは河川。河川に立ち入らなければならない。

川が流れていて、堤体が建っていて、堤体下流部の区間があって、また川になって・・・。

砂防ダム等堤体類を抱える河川の構造である。

うち演奏施設として利用される場所は、堤体下流部の区間。自身が「堤体前」と呼んでいる区間である。

日本全体で見たとき、堤体前の99パーセントはその場所に立ち入ることにお金がかからない。

のこり1パーセントについては、釣り堀やキャンプ場などがあって実質的にはタダで入れない区間のこと。

実質的に。とするのは、こういった区間ももともとは国や都道府県の所有物であるから。釣り堀やキャンプ場などは使用認可の下りた、河川の使用者なのである。

堤体前としても、河川全体としても、立ち入ることにお金はかからない。

河川は公共用物。

公共の持ちものであるというのが本来の考え方。

であるならばもっと有効利用していってもいいのでは?

国にとっての、都道府県にとっての、つまりそこに住む日本国民にとっての財産である「河川」がきちんと利用できているかどうか。

河川であそぶこと。

それは権利。

権利をきちんと行使することによって、より身近に、より親しみを持って、自分たちの財産の存在を知ることができるはずだ。

御坂農園グレープハウス

海の家

9月7日、午前11時、山梨県笛吹市御坂町「御坂農園グレープハウス」。

ただぶどうを買う。では面白くないと思った。

「モリヤマです。」

あらかじめウェブサイトで入れておいた予約。

シャインマスカット狩りができるぶどう畑はここには無いらしい。聞けばシャトルバスが入り口のところまで迎えに来てくれるので、そちらに乗り込んでぶどう畑まで行くのだという。

会計を済ませ、シャトルバスを待った。

風通しのよい店内。

賑やかな店内。

きょうは日曜日。

土産物エリアには、ももやぶどうの箱入り菓子、ゼリー、飲料。雑貨、宝飾品がならぶ。

土産物エリアのとなりにはビニールハウス。こちらは飲食ができるエリアだ。

ビニールハウス、壁にはよしず。土の床。床のうえには整然とそろえられたテーブルセットが並ぶ。

どう見ても「海の家」。いや、違う。

天井をぶどうの枝葉が覆っている。ついでにいえば立派に実ったぶどうの房があちこちにぶら下がっている。

客はみな、ぶどう畑の下でガヤガヤ言いながら飯を食っている。

雰囲気は海の家。しかし、ちゃんと見ればやっぱりぶどう畑。

もう9月だというのに。

9月だというのに、この活気。

夏は終わっていない。

ぶどう畑の下で楽しむバーベキューやほうとう。

それはもう美味いに違いない。

なんてったって「みどりの下で」という、このシチュエーションがいい。

みどりの下で過ごすこと。渓畔林の下で歌う砂防ダムの音楽。その環境に似ている。

似ている環境。

で、活況。

その様子を見るかぎり、少なくともこのシチュエーションに心地よさがあることを証明してくれている。

堤体前に立って歌うこと。そのことを商品化するにはまず、この活動自体が普遍的に評価される行為であるかどうかということを販売者側が判断しなければいけない。

売り込む側の人間として。

まずは判断。

イケるのかどうか。

なんとなくいいよね。という感覚を持ってこれまでやってきた。

しかし、その感覚がウソでは無かったのだということを知ることが出来た。それどころか、これだけの活況が見られたのだ。まったく信じていなかったというわけでは無いけれども、大きな自信になった。

良いものが見られたと思う。

この場所に来ることができて良かった。

頭上を覆うぶどうの枝葉
トイレへとつづく廊下もご覧のとおり。
冷却設備は絶賛稼働中。
う~ん・・・、まさしく海の家。
ぶどうのほか桃も置かれていた。
売店で氷水を買い、シャトルバスを待った。

シャトルバスに乗り込む

午前11時20分、シャトルバスの点呼が始まった。

名が次々に呼ばれる。結構な人数だ。

畑に入園するためのチケットは名が呼ばれてから手渡された。

チケットを受け取りシャトルバスに乗り込む。バスに乗り込んだのは十数人。その人数、すべて乗車が済むとバスは発車。御坂のまちをバスが走った。

窓の外は明るい。晴れている。

同じ目的を持った同士のバス移動。なんともいえない安心感がある。

外はいっそう晴れやかだ。

出発からほどなくしてバスは停車。

ぶどう畑に着いたようだ。

バスの運転手の案内にしたがい、バスを降りる。

現地には現地担当の世話役がいた。世話役にチケットを渡すと、ぶどう畑に入ることが出来た。

ここで収穫用のバケツとはさみを渡される。さらに、氷水用のバケツがもうひとつ。収穫用のバケツはピンク色。氷水用のバケツは白色。

世話役に案内され、ぶどう畑を奥にすすむ。

棚の高さは1メートル半くらいか。あまり高いものでは無い。腰を屈めながら歩く頭上スレスレにはブドウの枝葉が張りめぐらされている。

ぶどうの葉っぱ。

これが本当にぺら一枚の葉っぱなのだけれど、一枚あるだけ断然涼しい。確実に太陽からの直射日光を防いでくれている。

ある程度行ったところで世話役が立ち止まった。

「ああいうところに付いている実はあんまり良くなくて、ああいうところに付いている実がいい。」

「あのあたりで食べてる子たちがいるけれど、ホントはああいうところよりも向こうに行ったほうが良い。」

しわくちゃの口もと。古希を軽く越えているであろう世話役紳士の口もとからは、科学的根拠に基づいた美味いぶどう探しの格言がこぼれる。

「色はやっぱり黄色くなったのが甘い。完熟だから。それじゃあ始めて!」

バスで一緒だった十数人がここで解放された。各々、ぶどう畑各所に散らばる。

自身も広大なぶどう畑のうち、世話役に言われたとおりの場所を目指した。

ぶどう畑にはすでに先客がいた。これより前に9時のバス便、10時のバス便がすでに到着していたからだ。そんな中にあって、ぶどう畑には果実袋を傘にした立派なシャインマスカットがいくつもぶら下がっていた。

世話役は言っていた。黄色が甘いと。しかし、どれも同じように見える。さっき見たやつも、いま目の前にぶら下がっているやつも。みな、同じように見える。

色の差があまりはっきりしない。

結局のところ、手に取ったシャインマスカットが甘いかどうかは、口にしてみなければわからないようだ。

選択のパラドックス。

迷っていた。

しかし、そんな思いも好奇心と食欲に後押しされ・・・。

きっと太陽の光の加減で黄色くなったように見えていたに違いない。これは良さそうだというものを一房見つけることができ、茎の付け根からはさみで切り取った。

ぶどうの房。

まずはその造形美を鑑賞する。鑑賞がおわると、実をひとつひとつ外して白色バケツに放り込んだ。

しばらく待った。

しばらく待ったのち、氷水から引き上げたぶどうを口にする。

新鮮なシャインマスカットの味がした。

新鮮なシャインマスカットの味がするシャインマスカットを食った。

シャトルバスに乗り込む。
晴れやかに移動中。
到着!
食べ放題。好きなものを切って楽しめる。
氷水で冷やす。
ぶどうの葉っぱ。これが一枚あるだけで断然涼しい。

暗い空間ではさらに涼しく

新鮮なシャインマスカットの味を知ってしまった。そんな体験だった。

午後0時50分、シャトルバスに乗り、ぶどう畑からふたたびグレープハウスにもどった。

ほうとう食いたかったなぁ・・・。

すでに腹はいっぱい。移動することにした。

御坂農園グレープハウス駐車場にて自家用車に乗り込み、山梨県道311号線を北上する。

本日は夕方のゲームを予定している。残暑きびしい9月のシーズン。まだまだ日の高い時間帯に無理して入渓する必要も無かろう。

目指したのは“箱”。デカくて、コンクリートで。なんてったって“県立”なのだから。

午後1時15分、山梨県立博物館に到着。

有料エリアの次の展開だ。

無料だと体裁がいい。

そんな想いも虚しく、有料施設であるという。

ならば。

せめて県民割引だけでも・・・。

伸びた背筋に、目線は高く。意気揚々、受付カウンターに向かって歩いていったところで入館料は県内外、どこのお国であろうが居住地問わずで一律料金だという。

現金決済。

館内は期待に応えてくれる涼しさだった。冷房設備によって強制的に冷却された快適な空間。いちばん奥の広い展示室はプラネタリウムのような雰囲気で、照明を抑えた暗い展示室。

暗い空間ではさらに涼しく感じた。

もういいや。

わずか30分ほどで退館。

内容は悪くないのだと思う。相性の問題というだけ。

歴史ものは得意じゃない。過去を振り返っていたって何も変わらないと思っているからだ。

博物館のエントランスから外に出る。博物館敷地内にある「かいじあむの庭」が見たかった。庭の一部にはドングリの森というタイトルが付いていて、ところどころ樹名板の付いた木を見ることが出来た。

ドングリの森ではシラカシ、クヌギ、コナラのどんぐりを拾うことが出来た。

館内は涼しく。
しかしまたすぐに外へ出てしまった。
かいじあむの庭
シラカシのどんぐり
クヌギのどんぐり
コナラのどんぐり
イワテヤマナシ
ムクロジ

御坂みち

午後2時55分、堤体に向かう。

山梨県道311号線を南進。ふたたび御坂農園グレープハウスのまえを通り、「栗合」の五叉路信号交差点。直進通過し、山梨県道34号線をすすむ。

山梨県道34号線、両脇にもも、ぶどう農園を見ながら進むとやがてあらわれるのが「若宮」信号交差点。

若宮信号交差点で右折し、国道137号線・通称「御坂みち」へ。

この御坂みち。きつい登り坂をともなう3ケタ国道はおおむね直線的に伸びている。登り坂でありながら、しかし直線的。ややも強引に引いたのかという登り直線道路では、走行性能に劣る車両のため登坂車線が用意されている。

直線的、かつ片側2車線となった道路はバイパスの雰囲気が強く、山の快速道路といった感じ。

しかしこれが困ったもので、走行するのが令和現代の車。飛ばすように走る車が多いのだ(いまは軽だって速いぞ!)。そのためか、馬力面だけでなく精神面でも少々疲れてしまう。

登り地獄。そんなときには。

まさに地獄に仏。国道の両脇には駐車場付きの土産物屋がならんでいる。

取扱品目は、もも、ぶどう、焼きとうもろこし。

走ることに疲れてしまったらこちらに逃げ込んでしまえばいい。

運転の休止、糖分摂取で疲労回復ができるであろう。

御坂みちにもどる。

道はやがて「ドライブイン黒駒」「藤野木直売所」を過ぎたあたりで登坂車線が終点をむかえる。この登坂車線が終点をむかえた直後、左折分岐箇所(山梨県道708号富士河口湖笛吹線)があらわれるので左折。

左折から入って600メートル。道の左側にあらわれた駐車スペースに車を停車させた。

山梨県道34号線沿いは果樹園が連続する。
御坂みち。登坂車線を登る。
逃げ込んでみたのだったが・・・、
これは大誤算!というか遅すぎた。
登坂車線が終点をむかえた直後、左折分岐箇所があらわれる。
駐車スペース入り口

上流側にも下流側にも堤体が

午後3時半、駐車スペースに車を停車させると本日入渓する金川(かねがわ)が確認できた。

渓相は堆積地。

よく見れば、堆積地には上流側にも下流側にも堤体が確認できる。

上流側には堤高8メートルの堤体、下流側にも8メートルの堤体。

どちらに入るにしても所要時間に大差は無い。しかし、より手軽にあそべるであろう堤体は上流側。こちらはなんといっても車から降りてすぐのところに立てる点(立ち位置)が良い。

一方の下流側の堤体は、さらにもう一つ下流の堤体約10メートルも合わせて合計およそ18メートルという高さ。この高さが魅力的だ。

高さのあるダイナミックな堤体を相手に楽しむことができる。

時刻はまだ夕方4時まえ。時間的余裕がある。下流側の堤体に入ることに。

入渓の準備をおえたあと、堤体側面の斜面を降りてゆく。片手に一本携えた登山用ポールの補助にたよれば3本脚で斜面を降りているも同然。より安定したかたちで斜面を降りてゆくことができる。

午後3時55分、斜面を降りきり堤体前へ。

堆積地上流側の堤体
そういえば前週は台風が通った。
ミズナラのどんぐり
堆積地の下流側へ
上段8メートルの堤体
中段6メートル、下段4メートル。合計10メートルの堤体。
堤体は三段あわせて約18メートル。

良くも悪くも

上段8メートル、中段6メートル、下段4メートル。合わせておよそ18メートルの堤体。

中下段の堤体はいくらか水が地下に向かって逃げているようで、上段に比べて水が少ない。

よく見れば、中下段より10ヤード程度下ったあたり。そこに、水を排出する配管出口が確認できる。

堤体をきっかけに取水が行われるというのはよくあること。

水の利用目的としては、簡易水道や農業用水ということが多い。

建設当時は、ここよりさらに下流にむかって配管が伸びていたか?残念ながら、堤体下流部というのは、河床とそこから左右両岸に向かっての斜面が非常に不安定になりやすい。

せっかく配管をきれいに施工したところで、斜面の崩落等が起こり使用不能になってしまうケースが圧倒的に多い。(使用不能となった下流部分はすでに撤去されたと思われる。)

堤体本体より上流側に文化財等を抱えている場合、効果的にはたらく場合もあるが、下流側はその逆になりやすい。

堤体のすぐ下流に大事なものが置かれるという位置関係を作ってはいけない。ほとんどの場合において河床低下が起き、それにともなう斜面の崩落が起きる。崩落するリスクはむしろ自然河川の時よりも高くなる。

河床低下が起きること。このことによって堤体下流部には「部屋」のような空間ができる。自身が演奏施設として利用する空間はこうして作られるのだ。

良くも悪くも河床低下。その原因をつくっているのは紛れもなく砂防ダム等堤体類なのである。

上段にくらべて中下段の水が少ない。
まるでみどりのトンネルのよう。
渓畔林のゾーンが川の中央部に近い。
これだと木に対して直接、声があたりやすい。
石がゴロゴロしている割にノイズは小さめ。

ジンクス

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

鳴っている。

昭和59年製、中下段の堤体より下流は河床低下によって急激にV字に切り込んでいる。

急激なV字切り込みにより、左右両岸からは落石が多数発生。その落石をかすめるように水が流れているが、水との摩擦はさほど大きくないようでノイズは小さめ。平穏に流れている。

立ち位置からは「ななめ撃ち」の格好になってしまっている。(堤体を真正面に見ることが出来ず、ややななめ向きに角度が付いてしまっている状態。)これも堤体前が急激にV字に切れ込んでいる影響によるもの。

状況としてはジンクス的な意味合いが強い。

響き得られず。という経験が多い。

しかし、今日のこの場所はよく鳴ってくれている。

約18メートルという高さが声をしっかり受け止めてくれている。

渓畔林のゾーンが川の中央部に近く、声を受け止めやすい状況にあること。

全体的にノイズが小さめなこと。

風が吹いていること。

ななめ撃ちの格好ではあるが、プレーヤー側にとって有利な要素がいくつも重なっておりジンクスを打破できている。

銘板(上段の堤体)
方位は南南東
風は断続的に吹いた。
上段までの距離
中段までの距離

堤体前を学ぶ

結局、この日は午後6時まで堤体前で遊んだ。

堤体前の環境というのは「自然まかせ」の性質が強い。

水が多い。水が少ない。

葉っぱが多い。葉っぱが少ない。

風が強い。風が弱い。

また、自然現象によってもたらされた空間を演奏施設とするため、場所そのものについては偶然的に作られた形をしている。

急激にV字に切り込んでいる。

落石が多数見られる。

渓畔林のゾーンがこうなっている。

専門の設計者がいて出来上がった空間では無いということ。

したがって、見た目がよくないとか響きがよくないといったことが当たり前に起こってしまう。

もちろん逆もある。見た目よし。響きよし。

演奏行為のあとには必ずといっていいほど評価がおこなわれる。演奏施設に対する評価。その評価が安定しない。

無料エリア。が、今回のテーマであった。

無料の良さとはなんなのか。

気軽に行くことができる。

だれでも行ける場所になる。

富裕、貧困問わず誰でも受け入れてもらえる場所になる。

予約システムを生み出さない。予約システムを生み出さないことは独占者の発生を防ぐ。

独占者がいないことによってオープンな場になる。

オープンな場ができることによって、プレーヤー同士の交流が生まれ、プレーヤーは情報を手に入れることができる。

無料であることによるメリットはじつに多い。

管理者不在(演奏施設としては)。ゆえに管理そのものが一切無く、一演奏施設として評価は安定せず。しかし、上記のようにメリット多数。無料であることに価値がある。

現況無料。ならば将来的にも・・・。

堤体前は無料でありつづけてほしいと思っている。

そういった思いのなかでの今後の課題、改善点。あるとすれば、堤体前に幅をもたせること。

「自然まかせ」で出来た場所だけでなく、人工的に整備された堤体前というものがあってもよいのではないか。

見た目においての専用設計。

響きにおいての専用設計。

レクリエーション施設としての専用設計。

ほかにも演奏施設としてコレを備えていたらいいなぁという専用設計。

まず第一歩として。

まず第一歩として、理想の演奏施設をイメージできるようになりたい。

ただ闇雲にコンクリート打ってみた。木を植えてみた。水を流してみた。奇跡を信じてみた。では、うまくいかないだろう。

どんな風に作れば、良き演奏施設になるのだという理論を人類として手に入れること。これが最初の目標だ。

必要な人員は。

研究者の存在。

演奏施設の研究者が育つこと。

これこそが重要。

研究者はまず、既存の堤体前をどんどん活用し、学ぶ。

とにかく「歌ってみる」という実践を通じて、堤体前を学ぶ。

見た目について、響きについて、またそれらがプレーヤーにおよぼす心理的作用について。

レクリエーション施設づくりとしてどうあればいいのか。周辺業界からも学ぶ。

もちろんこれらは研究者のみならず、演奏施設を作る「設計者」にも必要な学びである。

多くの学びをもとに演奏施設としての堤体前が研究され、そのバトンを引き継いだ設計者によって演奏施設としての砂防ダム等堤体類が建てられる。

そんな未来があってもいいかもしれない。

われわれ日本国民にとっての財産である河川。

この財産を演奏施設として利用していくことができる。

河川であそぶこと。

それは権利。

だったら、

河川で歌うこと。

それも権利。

権利をきちんと行使することによって、より身近に、より親しみを持って、自分たちの財産の存在を知ることができるはずだ。

フサザクラ
クマシデ
タカノツメ
オオバアサガラ
ツノハシバミ
ヤマグワ
「歌う」ことで学びはうまれる。

戦略

戦略

過去のエピソードのことを書くようで申し訳ない。しかし、今回はそのときのリベンジともいえるゲームである。

山梨県都留市、戸沢川に入渓したのが今年の5月のこと。その方位、ほぼ真東の堤体を相手に朝日のゲームに挑み、失敗をしている。

あれから3ヵ月が経った。

もう8月も下旬。あと1ヵ月ほどで秋分の日をむかえる。

日の出、日の入り。ともに日を追うごとに太陽はどんどん南方へ向かっている。挑むならば、朝日のゲームもそろそろラストチャンスかな。と感じていた。

来年まで待とうか?とも考えた。

いや、だめだ。

今年中にやってしまおうということになった。

午前中に良い成果が上げられれば、未来へ希望が持てるようになる。そのことを知っているから。

ほんとにほんとに不思議なんだけれども。

未来へ希望が持てるようになる。

究極のゲーム。

朝日のゲーム。

リベンジに行ってきた。

「duckアヒルちゃん」の乗り場

duckアヒルちゃん


8月18日、山梨県南都留郡富士河口湖町。

午前4時。まだ夜明け前の河口湖。風浪の無いしずかな湖面。少し遠くには河口湖大橋の橋灯が見える。

湖面に浮かぶのは「duckアヒルちゃん」。

桟橋で待機するduckアヒルちゃん。あとこれから数時間後には湖上での接客が待っている。湖上をプカプカ右往左往、人間どもを遊ばせるのがduckアヒルちゃんの仕事だ。

待機中のduckアヒルちゃん。

今日はどんな接客が?

富裕層がいいか?

金持ちで、時間にシビアで、ちょっと乗ったくらいで「もういいでしょ」と漕ぐ足ををゆるめてくれるような紳士、淑女がいいか。

嫌に決まっている。ガツガツした野郎は。

ゲラゲラ笑いながら、ぶっ壊しかと見紛うくらいにペダルをグイグイ踏み込むようなヤツ。ハンドルは無理に回すな~

ライバルは同僚の「トムキャット」。

モーターボートは湖上を華麗に滑走する。もちろん運転手付きの高速客船は、河口湖の風景をガイドまでしてもらえる。

風を切って優雅に。

高速クルージング。

かたや。

かたや、足こぎのペダル。

こちらはゆったり、スローに。

河口湖の湖上をプカプカクルージング。

モーターボートほどの派手さはありませんが、軽い運動をしながら思い出作りができますよ~

来湖の際はぜひ河口湖遊覧船天晴まえ、duckアヒルちゃん乗り場へ~

出廷を待つduckアヒルちゃんら

押し寄せている!


午前4時50分。湖畔をちょっと移動して「浅川温泉街」バス停まえにやってきた。

河口湖湖畔としては最東部に位置するこのエリア。ここには町内最大の旅館街が形成されている。

「霊水の湯」を源泉とする浅川温泉の旅館街。

ワンド状になった湖畔に寄り添うようなかたちで大型ホテルが立ちならぶ。その姿は圧巻だ。

宿の付加価値が高まるのは、温泉のみならず、河口湖のレイクビューを兼ね備えること。

窓から、テラスから、露天風呂から、とにかくレイクビュー。

強者はさらにすごい。

河口湖の湖面を南に眺望することができる数軒の宿は、レイクビューのみならず、加えて富士山をも眺望に収めることができるのだという。

これぞ日本の景観「富士山」となれば、人気の宿になってしまうことは想像に難くない。一体どんなものかとネットの画像、クチコミを拝見してみれば、もはや隠しようのない盛況ぶりである。

聞いてはいたのだけれど。

外国人が押し寄せている!

そんな噂は山梨に住んでいれば勝手に入ってきていた。

日本人だけではないらしい。失礼。”海外からのお客さん”だけではないらしい。

温泉街各ホテルは戦略もさまざま。宣伝広告をガンガン打っているところもあれば、沈黙とともに勝負する宿もある。

黙っているのも戦略。静寂とか閑静といった空気感を売りにしたいという宿・店もあるであろう。しかし、外圧である。相手は。押し寄せる人。制止のさせようが無い。

成田経由、関空経由、羽田経由。紆余曲折経て、しかしこの地に間違うことなく集結するという状況は、想像するともはや怖いぐらいである。

宿泊希望者以外は、日帰り客となって押し寄せる。旅館街と言ったって、観光施設は宿だけではないのだ。

コントロールなんてしようが無く、賑やかになってしまう。

盛況すぎる状態というのも、それはそれでいろいろと苦労があるような気がする。

「浅川温泉街」バス停まえ
湖面を南に見る旅館・ホテルは強い。
富士山を同時に見ることができるからだ。
旅館街からは河口湖大橋も近い。

大石公園

午前5時20分。河口湖の北西部、富士河口湖町大石にやってきた。

降り立ったのは大石の有名観光スポット「大石公園」。大石公園といえば、初夏のラベンダー。そしてこれからは秋の紅葉シーズンのコキアが有名である。

まだ夜が明けて間もない湖畔庭園はラベンダーの存在感が強かった。

淡い灰色混じりの紫は、花とすれば終盤。しかし、その厚みのある香りからは花としてまだまだ終わっていないという主張が感じられた。むしろその生命感に感心させられた。

香りラベンダー。造形はコキアが担当する。

綺麗な球体に育て上げられたコキアがこれまた見事であった。庭園上、等間隔にならべられたコキアが富士山、湖面、湖面対岸の景色とマッチする。

この視界のなかに無機質な直線景色は存在しない。建造物などによって破壊されることの無いやわらかな景色は多くの人々の心を癒やすであろう。

色付いていない状態のコキア。しかし、これで十分なのだ。自身もホームセンター店員時代には関わりのあった植物であるが、これを商品として扱うとき、つまり店頭にならべる段階でまだ葉は色付いていない。

緑色の状態で売る。緑色をしていても、売り場を歩くお客からは感嘆の声が上がる。独特の球体フォルムが人々の心を惹きつけるのであろう。

秋の紅葉シーズンがいいというのもたしかに言えるかもしれない。だれしも限定という言葉には弱い。秋にだけ赤く色付く。だからみなさん秋に来てね!という戦略。しかし、実体はそれ以外でも全くもって楽しめる植物「コキア」である。秋まで待たずとも大石公園は十分楽しい。

大石公園もまた富士山をのぞむことができる。
綺麗な球体に育て上げられたコキア
葉はモフモフ系だ。
厚みのある香り。ラベンダー。
淡い色好きにはむしろこの位のほうがいいのかも。
大石公園に隣接する「河口湖自然生活館」
残念!まだ開店前。

すでにかなり明るい

午前5時半、車に乗り込み堤体に向かう。

砂防ダム音楽家、森山登真須。本日は、朝日のゲームである。まずは朝、日の出まえの時間に堤体前に立つことが重要だ。

大石公園を出発し、山梨県道21号線を東進する。長崎トンネルをくぐり、「広瀬」の信号交差点を直進でぬける。

すでにかなり明るい。

堤体前の日の出に間に合わないかもしれない。

焦る。

しかしこんな時こそ住宅街の道は避け、なるべく太い道を行く。

音楽と森の美術館まえを通過。「林の橋」をわたり、直後の信号交差点で左折。

道なりにすすみ、国道137号線に突き当たったところでもう一度、左折する。

新御坂トンネル方面に向かって北進。道は峠の茶屋・天下茶屋分店まえが注意カ所。当該カ所のきつい左カーブも越えて山道を登っていくとやがてあらわれるのが「新御坂トンネル」。新御坂トンネル手前の分岐では右折する。

道はかわって山梨県道708号富士河口湖笛吹線(旧国道137号線)。ぐねぐねと曲がる旧道は対向車に注意しながら登っていく。道は2.8キロほど登っていったあたりで左手に土場があらわれる。ここは林業者用の作業スペースなので通過し、直後の左カーブを過ぎたところ(道幅の広くなった)に車を置いた。

音楽と森の美術館まえ
国道137号線は左折(北進する。)
峠の茶屋・天下茶屋分店まえの左カーブ
新御坂トンネル手前分岐にて右折する。
土場(画像左端)

美堤

車から降りて入渓の準備。

ここ最近はクマ出没のニュースが多い。熊鈴、ホイッスル、熊スプレーの3点セットを持ち出す。

あとは、登山用ポール。熊の成獣相手にアルミの登山棒では非非非力なこと此の上ないが、丸腰で闘うよりはあった方が良いはず。

午前6時10分、歩きをスタート。

さきほど車で通過した左カーブまで戻り、2本のカーブミラーのちょうど中間あたりのガードレールを跨いで越える。

すると、下り斜面のしたに石積みの堤体を見つけることができる。この石積みの堤体に向かって斜面を降りる。

石積みの堤体に乗ることが出来たらいよいよ「西川」に入渓する。

入渓の直後に知ることができるのは、美堤の存在。弁当箱大の乱石が等間隔に嵌めこまれたコンクリート堤は平成7年度製の谷止工。

放水路天端の横幅は長く、上流からの流れをしっかり左右に分散できている。

水が乱石に絡まりながら落ちていく様子はなんとも美しい。渓畔林もしっかりとした渓流区間で、そのみどり鮮やかな枝葉の下で過ごす時間は至福の時となるであろう。

しかし、惜しくも。

惜しくもこの堤体は巻いてしまう。

本日のゲームは朝日のゲームなのである。

堤体の方位というのが戦略上、合っていない。おおよそ北東向きに構えられた堤体では太陽の軌道との相性が良くない。

本当に本当に惜しいのだけれども、この美堤はパスすることとし、さらに上流を目指した。

午前6時半、美堤を巻いて堆積地に乗ることができた。目的の堤体は直後にすがたをあらわした。

2本のカーブミラー
斜面下の石積みの堤体
石積みの堤体上へ
入渓直後のようす
美堤。谷止工。
惜しいが、巻く。
堆積地へ
目的の堤体に到着。

水が少なく見える

水はきれいに落ちている。

この堤体もまた放水路天端の広い谷止工である。

流れをしっかり左右に分散できていて、とくに水が集まって落ちているようなカ所は見受けられない。

さきほど巻いてきた美堤よりも落ちる水が少なく見えるのは、

①目の錯覚

②地表水と地下水への分岐

いずれかが原因である。②についてはよくあることで、土砂で一杯になった堤体であっても水ははるかそれより下をくぐり抜け、堤体本体のコンクリート最下部よりもさらに低くなったところをやはりスルリと抜けて下流へ続く。

水が堤体を上から下から越えることになるので、ときには(水が)少なく、ときには多すぎずでちょうど良いという状態を作ってくれる。

本日見たかぎりでは水が少なく、もの足りなさを感じる。

その理由が①にあろうと②にあろうとベストな状態とは言い難い。

堤体水裏斜面を白泡たてながら、もっと分厚く落ちてくれている状態の方が周囲の景観にマッチしてくれるはずである。

もっともそんな状態をお望みでなのであれば、降雨後のタイミングにおいてこの堤体前に入れば良いわけであるし、しっかり地表水となって落ちている堤体前でやりたいのならば、先ほどの美堤を選択することだってできる。

砂防ダムの音楽というのは、堤体の選択ふくめたゲームなのである。

この時期、この時間帯、この一週間どんな雨が降った。そういった情報をもとに、どこの堤体に行ったら良いのかな?という予測をし、それにともなう選択をすることからゲームが始まる。

水が少ない物足りない!じゃなくて、プレーヤー自身の予測が甘かったからここでやらなければならなくなったとするのが妥当。

水は増やせない。

それが堤体前。

まずはそこに今日、行くのかどうか?

戦略を立てる。

動くのはプレーヤー自身。責任もプレーヤー自身。

責められるべきは甘い予測をしてしまったプレーヤー自身なのである。

堤体前。右岸側。
左岸側。
二段のナメとさらに奥には大石。
落ちる水が・・・、薄い。
渓畔林の濃い堤体前だ。

ノイズと声と

ともあれ、堤体の方位は戦略上あっている。

90度。真東方向を向く谷止工の堤体前に立ち、朝日がのぼるのを待った。

午前7時20分、急上昇!朝日がのぼった!

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

渓畔林のなかで声がここちよく鳴っている。

二段のナメと大石の向こう。高いところにある堤体までしっかり声が入れられていることがわかる。

50ヤードの距離を隔てた自身と谷止工の空間のなかで確実に声が響いている。

水がもの足りないといった堤体前。しかし、水は幾重にも連なる段差を越えながら確実にノイズを発している。

ここは音楽ホールではない。スタジオ、ライブハウスでもない。河川の渓流区間である。つねに水によるノイズが鳴っている。しかし、こんなところでも音楽というのは楽しめてしまうものなのである。

朝日がのぼった!
風は計測不能の微風
立ち位置の最大値は~70ヤードくらい。
真東!朝日のゲームにはこの角度!
堤体の種別は谷止工(たにどめこう)
リベンジはうまくいった。

戦略を立てる

結局、この日は午前11時まで堤体前で過ごした。

満足度の高いゲームが出来た一日であった。

高い満足度につながった要因としては川、森、太陽の三者による景観の良さが大きい。

朝日を真正面に見るなかで、堤体水裏にはしっかりとした暗がりができていた。

太陽が強く照らしている空間における影の強さ。それをしっかりと確認することができ、集中して歌に取り組めた。

今後の課題としては、「もの足りない」とした当日の水量について、もっとしっかり予測をしてから入渓するようにしたい。

景観が良かった堤体前も、落ちる水がよりたっぷり、より分厚かったらさらに良かったのではないか。

これはもっと(当日の状況より)水が多い状態が理想的だったのかという仮定。

悪いもので、自身が実績を経ていない仮定のはなしである。

現実には水が増えたときに、ノイズと声とのパワーバランスが変わってしまうケースが考えられる。

歌おうとするときの気分の高まり。

景観によって歌い手の心境に変化がおとずれるのは良いこと。しかし、声がきちんと響いてくれるかどうかというところで、本日のようにはうまくいかなくなるかもしれない。

予測。

しかしこれが難しく、また面白い。

水は増やせない。

木は増やせない。

太陽は好きな位置に変えられない。

それが堤体前。

まずはそこに今日、行くのかどうか?

戦略を立てる。

動くのはプレーヤー自身。責任もプレーヤー自身。

楽しめるかどうかはプレーヤー次第である。

フサザクラ
イヌブナ
コハウチワカエデ
ミズナラ
キブシ

ここがまた遊び場に

道の駅どうし

いよいよ夏休み。

梅雨も明け、アツいアツい季節がやってきた。

夏休みといえば、

勉強?宿題?自由研究?いや・・・、

そうだ!

山に行こう。

あの山に。

あの川に。

道の駅どうしからすぐの吊り橋「かっぱ橋」

まずは道の駅の南側

7月20日午前8時、山梨県南都留郡道志村「道の駅どうし」へ。

まずは道の駅の南側。

あの川は?

あった!

道の駅のすぐ南側。道志川。

およそ30メートルほどに区切られた護岸。護岸からスロープを伝って下ると道志川の川原に降り立つことができる。

公式にも「川あそび場」と名付けられたこの施設。これからの時期は川遊びスポットとしてハイシーズンを迎える。

当地の標高はおよそ700メートル。700メートルとは言っても晴れた日は暑い。現にこの日は午前8時時点で気温が28.2度。

道の駅側、護岸上から見下ろすとすでに何組ものグループが川にいた。水浴びだけでなく、川原で日向ぼっこという手もあるようだ。

賑わう道志川の川原。

川沿いに立地した観光施設といえば、これまで幾つも見てきた覚えがあるところ。しかし、ここまで”川に近かった”ところはなかなか記憶にない。

パンフレットやホームページ上では「川のせせらぎ~」などと言っておきながら、実際当地では「立ち入り禁止」と、川への侵入を抑止しているようなところが多い。

ここでは川で遊ぶことをOKしている。当たり前に。

その育ちの違いからなのか。

川に対する感覚の違いからなのか。

これをあたりまえにやっていいと言ってもらえる。

村人らの英断に感謝!

あと、これまでマナーを守って利用してきた先人たちにも感謝したい。

かっぱ橋から

道の駅の北側

つづいては道の駅の北側。

道の駅の北側は国道413号線から接続する駐車場がある。

ここがまた遊び場に。まぁ、こちらは大人たち限定なのだが。

排気ガスとタバコのけむりが薫るのはバイク駐車場と喫煙スペース。

とくに駐車場に関しては「ライダーの聖地」の称号を得た、道の駅どうしのバイク駐車場である。

この日も朝からすでに駐車場は大混雑。ナンバープレートによれば、国は首都圏方面が多いようだ。

同じ趣味を持つ同士談笑したり、バイクの写真を撮ったり。駐車場内の雰囲気は非常に明るい。

ここまでの賑やかさを裏付けるのはライダーの聖地というネームバリューだけでは無いだろう。

駐車場の目前を走る国道413号線は西(起点)に富士吉田市上吉田を見、東(終点)に神奈川県相模原市緑区を見る。

神奈川県相模原市緑区(終点の位置)の標高が136メートル。富士吉田市上吉田(起点の位置)の標高が992メートル。

最高地点、標高のもっとも高いところは、南都留郡道志村~南都留郡山中湖村に抜ける山伏トンネル内で1095メートル。

136メートルと1095メートル。単純計算の標高差は959メートル。高低差を埋めるようにつづく坂道は当然のことながら一直線にならず、緩急のカーブを描く。

沿線の途中には城山ダム、津久井湖、青野原野呂ロッジキャンプ場(CM、ドラマ等の撮影地)、両国橋(神奈川・山梨両国境の橋)、道志川温泉紅椿の湯、道志村内各キャンプ場、山伏トンネル、山中湖、忍野八海、北口本宮冨士浅間神社など観光名所多く、また内容的にもバリエーションに富む。

道そのものに走り応えがあり、なおかつ途中たち寄って遊ぶのにも事欠かないロードとなれば、ライダー各氏から人気が出るのは当然のこと。しかし、それだけの競争相手がいるなかでこの道の駅がぜんぜん負けることなく勝負できているという事実。これがあるのもまた確か。

一体、なにがそんなにもライダーたちを惹きつけるのであろうか?美しき自然景観?おいしい山の幸?川の幸?水?温泉?

自身はバイクに乗らない。したがってその理由を知ることがない。

ライダーの聖地。道の駅どうし

人生中間駅

午前9時、道の駅内の商業スペースが開店した。

さっそく中に入ってみる。

入口すぐには地元産野菜のコーナー。中間には物産コーナーと観光情報コーナー。一番奥には飲食スペースである「手づくりキッチン」。

手づくりキッチンではふるさと山菜そば、たらこのパスタ、カツカレー、鮎めしなどどれもウマそうなメニューが。

ついつい。いや。

ここは我慢。

今回はこの道の駅にほど近い「きく家」でソースカツ丼を食べると決めている。こちらは約2時間後の午前11時にオープンとのことなので、それまでは食べ物をひかえることにした。

手づくりキッチン側のドアから屋外に出て、ベンチに腰掛ける。

外はバイクのエンジン音で賑やかだった。と、人一倍ド派手に鳴らすライダーがあらわれた。かと思えば、そのライダーはやがてどこかへと居なくなってしまい、またどこからか別のド派手なライダーがやってきた。

元気に入場するライダー。

一方ではどこかへと消えていくライダー。

ちょっとうるさいくらいは若さの象徴?!

入れ替わり立ち替わり。

駐車場交代。

世代交代。

ここは人生中間駅。

道の駅どうしは永遠に。

飲食スペースである「手づくりキッチン」。
ライダーの聖地らしい設備。
8月23日は花火大会であるという。
外に出ると一転、賑やかになった。
入れ替わり立ち替わり。
この活気は永遠に!

道志の湯へ

午前11時、きく家に立ち寄る。

甘だれの~とんかつぅ~

期待に違わぬウマいソースカツ丼を堪能することが出来た。

正午、道の駅どうしを出発。国道413号線を東進し、道志の湯に向かう。

午後0時45分、道志の湯に向かう途中「道志養魚場」まえで途中下車。

車道の上からヤマメ、ニジマスを見た。

その後、ふたたび車に乗り込む。

午後1時10分、道志の湯に到着。

肌がベタベタしている。ここはひとつ湯に浸かって、シャツも着替えてリフレッシュすることにした。

源泉17.8度の湯は37度~40度に加温済み。山梨温度としてはちょっと高めかな?

午後3時15分、道志の湯を出た。道志の湯にほど近い「室久保農村公園」を少し覗いてから車に乗り込み、上流方面に向かう。

午後3時35分、「的様」に到着。頼朝矢射り伝説の地をしばし見学。

午後3時45分、的様より上流100メートルにある駐車スペースに到着。車を駐車する。

きく家のソースカツ丼
道志の湯に向かう。
道志の湯へは東進。
つまり神奈川方面に下ったということだ。
「道志養魚場」まえで途中下車。
養殖池
やまめぇ~
にじますぅ~
にじますぅ~
道志の湯へ
温泉でリフレッシュできた。

一瞬ドキッとさせられ

車から降りて入渓の準備。

足もとはウエーダーで固め、上半身には長袖シャツを着る。さらに計器類の入ったフローティングベストを長袖シャツの上に着用し、頭にはヘルメット。手にはグローブと登山用ポール。

夏なのだけれども慎重装備。

妥協することなく安全かつ機能的な装備に身を包むことは、先ほど多くのライダーたちから教えられたことだ。

午後4時10分、的様の少し上流にある「室久保川堰堤」堆積地から室久保川に入渓する。

入渓直後にわかるのはこの川が白砂の川であるということ。このようなタイプは山梨県内、他の河川でこれまでいくつか確認することが出来ている。しかしそれらの多くは山梨県内国中地方での出来事で、川の系統としては富士川に属する川ということになる(富士川水系の川)。

かたや室久保川。川の系統が相模川に属する(相模川水系の川)本川がこのような状態にあることは非常に興味深い。

水利用に関していえば圧倒的に隣国、神奈川との関わりが大きい道志村の川であるところ、しっかり山梨らしさを見ることができる。

アウェー感が和らいだ。

遡行を開始する。

遡行直後の渓畔林区間。

川は渓畔林の多いところでは暗くなり、少ないところでは明るくなる。

渓畔林の多いところ。

プラス、

午後4時すぎという時間情報。

一瞬ドキッとさせられ。

なんといったって目の前が真っ暗なのだ。

午後4時に堤体前にたどり着くことが出来ていないのはヤバいだろと錯覚。

いや、これはもちろん冬至前後だったら本当にタイムオーバー。しかし今は7月だから全く問題ない。

それにしても月日がしっかり意識できていたところで、いかにも天候が急変しているかのように見えてしまうのは困ったものだ。

空の状態がわからなくなり混乱する。

対処法としては、渓畔林の多い区間を越えることしかない。

逃げるように遡行する。(←変な文章だ。)

やがて渓畔林が少なくなると、空の明かりを見ることが出来た。

遡行をつづけ午後4時半、室久保沢堰堤に到着した。

入渓点。「室久保川堰堤」堆積地
室久保川は白砂の川だ。
遡行を開始する。
こんなところはドキッとさせられる。
明かりを取り戻した!
堤体前着。(室久保沢堰堤)

適度に採光する堤体前

水はたっぷりきれいに落ちている。

放水路天端の左右いっぱいに広がった水は堤体水裏斜面にたよることなく若干投げ出されるように落ちている。

水の落ちた先には水タタキ。水は水タタキを経てから護岸上に厚さ数センチほどの水面を形成し、護岸下流カドにて堤体本体から離れる。

主堤、水タタキ、護岸下流カド。いずれの区間でも水は偏りなく美しく流れている。

渓畔林はフサザクラ主体にオオモミジ、ケヤキ等が混じり。

主堤から40ヤード下流のあたりにだけ渓畔林の切れ目ができているのは右岸の樹木の倒木によるもの。

ここから適度に採光するため堤体前は若干明るい。河床を覆う白砂によって採光は反射し、渓畔林の枝葉を下方からライトアップしている。葉のライトグリーンが心地よい。

本日は夕方ゲーム予定で堤体前にやってきた。

採光が徐々に失われ、あたりが徐々に闇に落ちていく様子を見ながら歌うことができそうだ。

夜が近づくにつれ変化する堤体前の景色。時間の経過とともにそんな景色が見られるのは屋外で展開する音楽ならではの楽しみだ。

水はたっぷりと
絶え間なく落ちる。
護岸上をサラッと抜けていく。
護岸下流カドから落ちるところ
葉のライトグリーンが心地よい。
オオモミジ
ケヤキ
フサザクラ
イタヤカエデのなかま
渓畔林の切れ目を見上げる。

点では無く線になる

立ち位置に設定したのは主堤から47.5ヤードの位置。

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

声が還ってきていることがわかる。しかし、これは響いているという最も心地よいものではなく、単純に声がはね還ってきているという感じ。

渓畔林の豊かな堤体前で期待するのは樹木による反響板効果。樹木が反響板として作用し、声をはね返してくれている状態だ。

もちろん板に向かって声をあてているのではない。

板ではなく、何本もの樹木から構成される林が相手になっている。

歌い手から見て手前側、中間側、奥側。それぞれ異なる距離に立つ木が反響作用することによって、歌い手のもとに戻ってくる時間に差が生じる。手前側は早い。奥側は遅い。

歌い手に還ってくる音は僅かな差を持つことによって、点では無く線になる。音は僅かに長く伸びたように聞こえるようになる。

しかし今日は渓畔林がうまく作用していないのか、そうは聞こえない。渓畔林にうまく声を当てることができていないというのだろうか?

方位は南南東。
距離は47.5ヤード。
当日は~1.0メートル程度の風が吹いていた。
銘板

遊びにすることの強さ

結局、この日は午後7時まで堤体前で過ごした。

砂防ダム等堤体類をまえに歌うこと。

「歌う」という行為は学校教育の一部にもされているから、とかく「学問」にされがちである。しかし、これを自身、遊びとして取り入れるのが一番良いのでは無いかと思っている。

遊びであるからいい時間にしたいし、うまくいくようにやりたいし、真剣に取り組みたい。

今回は堤体前での実践から帰ってきて、「ここがまた遊び場に」というタイトルを付け、本投稿を作成した。

あらためて思うのは、遊びにすることの強さ。

堤体前までやってくること。やってきて成功させるためにいろいろ工夫すること。

遊び。

だから、

一番大切にしたい。

遊びにしてしまえば世の中から切り離される。重々承知だ。とくに公からの援助は得られなくなるであろう。

しかしそれでも遊びにしていきたい。自分自身のなかでどう位置づけるのかが問題。そこが一番大きい。

この日もまた、真剣に、本気になって、堤体に向かって遊ぶことができた。それだけで十分。よかった。いい一日だった。

ここがまた遊び場に。

ある初夏の日の出来事

ある初夏の日の出来事

初夏。

初夏といえば渓畔林。

渓畔林が最大化するこの時期は、

部屋に行く。

壁だって、天井だってある部屋に

入りに行く。

朝のうちから支度して、

ヒュッと潜り込んでみる。

あまり無理はできない時期なのだけれど、

そこらへんもちょっと工夫して、

しっかり楽しめるように、

楽しんでいい季節に変えられるように、

堤体前の部屋に行ってきた。

いい黄色。(オオキンケイギク)

草木だったら

初夏。

草木だったら、

なんでもグングン、

グングン育っているものだと思い込んでいた・・・。

6月22日午前6時、山梨県北杜市明野町、明野サンフラワーフェス2025会場。

今年のサンフラワーフェスの開幕は7月19日(土)。

およそ1ヵ月後にオープンをひかえ、ヒマワリの株がどれくらいになったかと様子を見に来た。

半ばもうすでにいい感じでヒマワリ畑が出来あがっているものだと思い込んでいた。

作る人、見る人。もうお互い用意は出来ているよね。なんて、きわめて楽観的な気分とともに現地入りしたのである。

30センチ、40センチ、50センチ。中ぐらいに成長したヒマワリの苗が風でユラユラ揺れるすがたを想像し・・・、

あとは花が付くのを待つばかり。花なしヒマワリに埋め尽くされた畑の姿を思い描いていたのだった。

ので、

ド肝を抜かれた。

いや、きれいにはなっていた。さすがは日本人の仕事だと思った。

きれいに耕された、ヒマワリの畑。

土作りは間違いなく完了している。

さらに。

現状を知るヒントがないものかとあたりをウロウロしていると、手動播種機を見つけることができた。

!!!

なんと植え付け前!

メイン会場となる「ハイジの村」まえの1区画と農村公園会場の全区画が播種前。メイン会場西側の2区画と北側の2区画は植え付け済みという状況。

すべてが播種前という段階ではないが、一番生育状況がすすんでいるメイン会場北側の2区画でさえ、まだまだ膝下程度にも満たない小さな株だ。

昨年、この地を訪問してみたときには背丈をうわまわるほどのデカぶつたちと、大輪の花からなるヒマワリ畑を楽しませてもらっている。

日付は8月16日のことであったので、単純計算ここから2ヵ月ほど月日が経った頃の出来事。2ヵ月という期間。しかしそれでも2ヵ月。まったく遠い未来のはなしという感じもしない。

北杜市のみならず山梨県を代表する夏の観光イベントである「明野サンフラワーフェス」。なのにこの閑散というか、余裕しゃくしゃくというか、落ち着きぶりには驚かされた。もちろんこれは花の生産技術上、まったく問題なくやれるという戦略あっての植え付け時期設定なのであろう。

見ているこちらがドキドキさせられる状況。それはもちろん期待感の大きさあってのことだ。

公営施設「ハイジの村(山梨県フラワーセンター)」、民間では周辺の飲食施設、宿泊施設、観光農園。会場内におけるキッチンカー出店、広くは山梨県峡北地方全体の入客増につながる大事な夏の観光イベントである。

それにしてもまぁ、大胆だなぁ・・・、

盛況のときをまえに、今は着々と準備がすすんでいるという見方が正しいようだ。

メイン会場となる「ハイジの村」まえ
およそ1ヵ月前でこの状況。
おっ、
いいねぇ
メイン会場北側の区画
ここから急成長するというのだろうか?
手動播種機、発見!
駐車場もほんとうに静かだ。

無理のないゲームプランを

午前7時、サンフラワーフェス会場を出発。

茅ヶ岳広域農道を北進し、山梨県道23号線へ。「孫め橋」の丁字路で左折し、中央自動車道須玉インターチェンジ方面に向かう。

目指したのは「すき家」。言わずと知れた牛丼チェーンである。

この日の前日となる6月21日は夏至。太陽の高度がもっとも上がり、さらに照度が最大となる季節だ。

まぶしいまぶしい季節。一年のうちで最もまぶしい季節なのだ。

良いか悪いかは人しだい。

まったくこれがへっちゃらだという人にはどうでもいい話し。

一年のうちのピークに対して、すべての人がそれに対応できるのかどうかというところに問題を感じる。

もうこれがほんとにダメな人。そんな人に対して、屋外での遊びを提案するときには対策を講じる必要があると感じている。

野外の明るさが一年のうちで最大になるということを考慮した上で、ゲームプランを完成させるようにしたい。

つまり「牛丼チェーン」なのだ。

牛丼チェーンに行こう!

牛丼を食べよう!

牛丼で体力つけよう!

体力で乗り切ろう!

牛丼屋が無いほど攻めた地域に行ってはいけない。

とくにメンタルを削られているのならば絶対に無理をしてはいけない。

無理に無理を重ねれば破綻することは目に見えている。

この時期だけでも堤体選びにあたっては出来るだけ無理のないようにしたい。

歌い手自身が得意としている地域に出かけたり、普段から身近に接している店がある場所に出かけるなどして、心理的に有利に旅を進めるようにしたい。

極端なチャレンジは禁物。出来ることなら守りの姿勢で、心的負担の少ない旅を心がける。

堤体への旅がつらかった。苦痛であった。という後日談はこちらとしてもあまり聞きたくない感想なのである。

ある意味我慢の季節でもある。この初夏のまぶしい季節。

いい場所に行きたい。だれしも。しかし、無理のないゲームプランを。

孫め橋
山とは逆方向に向かう。
メンタルに気をつかいたい季節だ。
国道141号線に出てすき家に向かう。
到着。
きょうはすき家で食事。

堤体に向かう

午前8時20分、すき家141号北杜須玉店を出発。堤体に向かう。

来た道をもどり、ふたたび孫め橋の丁字路へ。直進し、山梨県道23号線にてみずがき湖方面へ向かう。

午前9時05分、みずがき湖まえの分岐を右折。塩川トンネルをくぐり、通仙峡トンネルを迂回(通行止めのため)。東進する。

午前9時15分、「日影大橋」より本日入渓する本谷川のようすをチェック。

異常なし。

ふたたび車に乗り込み、さらに東進。増富ラジウム温泉峡へ。「東橋」をわたったところでは増富無料駐車場。ここは無料駐車場のほか、公衆トイレと周辺施設を記した案内図がある。

増富ラジウム温泉の旅館街、「湯橋」も通過し、本谷川の流れを縫うように遡っていくと「みずがき山リーゼンヒュッテ」前。このリーゼンヒュッテ前からさらに400メートルほど進むと三叉路があらわれる。

左折では本谷釜瀬林道、直進では観音峠大野山林道。直進を選択し、ちょうど1キロ走る。1キロ走ったところに現れるのが「木賊橋」。

木賊橋をわたって50メートル程度すすむと右折箇所があらわれるので右折。土の道を走る。

午前10時、土の道の道幅のひろくなったところに車を駐車した。

日影大橋
日影大橋から本谷川をチェック。
増富ラジウム温泉峡へ
サツキ、初夏に咲く。
増富無料駐車場
トイレ
温泉街を抜けてゆくと、
みどり豊かな渓谷へ
三叉路

木々の葉に覆われた空間

車から降りて入渓の準備をする。

気温は18.4度。

駐車スペースとなった土の道は、頭上が木々の葉に覆われていて涼しい。これには1,340メートル(当地点)という標高のおかげもある。

上半身には接触冷感素材の長袖を。下半身にはウエーダーを履いた。

午前10時15分、準備を済ませて入渓点に向かう。

めずらしく入渓点に向かってまっすぐ道が伸びている。堤体をつくるときに出来た作業道なのだろうか。

こういった廃道も多くはパイオニアツリー(先駆性樹種)によって塞がれてしまうことが多い。しかし、この北杜市旧須玉町界隈はアウトドアフィールドとして旧にも現にも非常に人気の高いエリア。そのためか、廃道も簡単には塞がらない。

車のタイヤによって踏み固められ、人の足によって踏み固められ、現役の道としての体を成している。

廃道を道なりにすすむとドボン!渓に入った。

水の冷たさはとくに感じなかった。先ほどからずっと木々の葉に覆われた空間を歩いていたからであろう。

入渓点から見上げる上流もまた木々に満ちている。水にみどりになんとも美しい渓相だ。

美渓。ただそんな景色も一長一短。下は石がゴロゴロしていて歩きにくい。

転ばぬ先の・・・、上陸。入渓早々に上陸してしまった。河岸をあるいたほうが安全で早い。水に浸からずとも涼しさが保てるならば歩むべきは陸路一択だ。

途中、それでも陸路がとぎれる箇所があり。ならば入水。滑りやすい水底をフェルト底ががっちりとらえてくれるので安心して歩くことができた。

午前10時半、堤体前に到着した。

18.4度。涼しい。
廃道とは思えない道。
入渓する。
渓畔林が豊かだ。
陸路を行ったり、川を行ったり・・・、
堤体前に到着。

サワグルミの渓畔林

水は左右の放水路天端からほぼ均等にきれいに落ちている。水量としても多すぎず、少なすぎずといった感じで、アルファベットの「V」を何列も描くように、堤体水裏の斜面を転がり落ちている。

主堤からの水は副堤を経て、渓流区間に着水。以降は左岸側につくられた護岸に寄り添うかたちで下流へと続く。

川の流程と河岸は明確に分かれていて、左岸側3分の1ほどが川。右岸側3分の2が陸地。この陸地の上には密度の濃いサワグルミの渓畔林が形成されていて、その根によって土壌保持効果が発揮されている。

人工的かと見紛うほど立派な右岸側の陸地。石がゴロゴロしているのではなく、ちゃんと土が乗っかっているのだ。森林公園かと言ってもいいくらいの安定感が感じられる。

光。反して渓畔林の下は暗い。
陸地に生えるのはほとんどサワグルミ。
左岸側の護岸
サワグルミと奥には右岸側の護岸。
サワグルミの枝葉

ノイズに支配され

自作メガホンをセットし声を入れてみる。

鳴らない。

セオリーにしたがい、主堤を正対できる立ち位置、左岸側を選んで声を入れてみるものの全くといっていいほど響きを得ることが出来ない。

立ち位置を変えてみる。

瀬のノイズから距離をとるため、右岸側の陸地に乗ってみる。しかし、ここでも響きを聞き取ることが出来ない。

難所なのか。

主堤、副堤からの落水ノイズが気になる。

堤体本体から発生したノイズが左右両岸の壁(護岸)の中であふれている。

左岸側3分の1を成す川と、のこり3分の2をなす陸地。両者ともノイズで支配されている感が強い。

横方向に音(ノイズ)が逃げてくれることは願っても叶わない。

垂直方向にはどうか。

サワグルミの枝葉によって歌い手の頭上はまるで天井のようになっている。

まさか・・・、とは思うものの、垂直方向にもノイズが逃げてくれない空間になってしまっているというのか?

左右のみならず上下にも囲われていて、非常に騒がしい空間のなかから声を発しているというのだろうか。

堤体名は「本谷堰堤」
これはほぼ最大値。65ヤード。
無風。吹いていればまた違った展開に?!
ほぼ真南で若干、東に入る。
樹木の幹さえ避けられれば、立ち位置の自由度は高い。

おもしろさは味わえた

結局この日は、午後3時まで堤体前で過ごした。

今回入った「本谷堰堤」は非常に豊かなサワグルミの渓畔林が見られるところ。木々の多さを求め当地にやってきたが、期待に違わぬみどりが自身を迎えてくれた。

また、左右両岸の護岸内のみならず、その外側においてもやはり豊かな渓畔林が形成されている堤体前であった。

太陽の光。そしてそれを遮る樹木の枝葉のなかでチャレンジ。屋外という条件のなかでおこなわれる音楽では、堤体前の景色は一年を通じて一定では無い。

冬ならば葉の付いていない樹木がほとんど(落葉樹)。しかし、春~初夏にかけては葉の量が最大化する季節。

堤体前がどんな場所であるのかという特徴を知り、その特徴を生かすかたちでゲームを展開できたことが良かった。

惜しむらくは響き。

今回は響きの面において上手くいかなかった。

左右両岸の護岸(壁)のなかは水により発生したノイズにあふれており、響き作りを困難なものにさせた。

ふだんは「良いもの」として認識している渓畔林の枝葉でさえ、その存在を半信半疑にさせるほどノイズの支配が大きかった。

これは逆に言えば、新たな仮説さえ生んでしまうほど充実した渓畔林のなかで音楽がやれたということ。

砂防ダム等堤体類を相手に音楽をしているが、堤体前の空間というのは音楽ホールやスタジオと大きく異なるもので無いと考えている。

歌い手の正面には音を当てるための壁があり、横を見れば壁があり、上を見れば天井がある。

渓流沿いにポッカリとできた部屋のなかで音楽を楽しむことができる。

そしてまた、ものごとが上手くいかないという問いをこの場所は与えてくれる。

響き。

声が響かないことに対する落胆と、それを解決しようとする人の頭脳。

簡単ではないときがある。反面、そんなときは挑戦するおもしろさがある。

音楽専用設計ではないからこそのスリル。

声が響かないこと。

おもしろさ。

そのおもしろさは味わえた、

ある初夏の日の出来事であった。

枝葉でできた天井
サワグルミ
ヤマハンノキ
ヤマハンノキとカラマツ
コハウチワカエデ
ドロノキ
カツラ

戸沢川

谷村パーキングエリア上り

2025年、早いものでもう5月。

朝が早くなった。夜の訪れが遅くなった。変化はしっかり感じ取れている。

朝、寒い思いをしなくていいようになった。

太陽光がより明るくなった。

太陽高度が高くなった。

5月。太陽と遊んでみようとおもった。太陽の光を利用したゲームを展開してみたい。

朝日のゲーム

5月11日、午前3時。山梨県都留市、中央自動車道富士吉田線「谷村パーキングエリア上り」。

土産物屋ははまだ開店前。トイレだけ借りて車に乗り込んだ。

いまから向かうのは「朝日のゲーム」。おおよそ真東向きの堤体に入って、日の出直後に歌う予定でいる。

空が暗いうちからのスタート。足早に。夏至をわずか1ヶ月後にひかえた空では気を抜くことが出来ない。ここから一気に空が白らんでくるはずだ。

午前3時25分、谷村パーキングエリアを出発。

午前3時半、都留インターチェンジから高速道をおりて一般道へ。富士急行線「宝踏切」をわたって寿町信号交差点にて右折する。

都留市駅を右手に見ながらすすみ、中央一丁目信号交差点を直進で通過。道は国道139号線となる。

200メートルほど走れば国道139号線は右に向かって急激にカーブ。ほどなくして現れたのが「御菓子司すがや」。

ここはかりんとう饅頭が有名らしい。

退渓後のお楽しみ。ここもそうであるし、退渓後には、温泉入浴なんかも含めてゆったりとした時間を過ごす予定でいる。

店の位置をしっかり確認したあとはそのまま直進。都留市役所前まで走って道路を周回してから折り返した。

ふたたびの中央一丁目の信号交差点。右折し、北進する。

ひと駅ぶん走った。

赤坂駅まえの「赤坂」信号交差点。

信号交差点手前にて右折し、ローソンに立ち寄る。ローソンでは食料を調達。

午前4時半、ローソンを出ると空が一気に明るくなってきた。

そのままローソンの駐車場を横断するかたちで赤坂信号交差点をかわし、東進。400メートルほど走ると「菅野川」が姿をあらわした。

いったん車を停めて降車。

菅野川のようすをチェック。

異常なし。

ふたたび車に乗り込み上流を目指す。

本日入渓する「戸沢川」は菅野川の支流にあたる川である。前日に降った雨の影響が心配されたが、いまのところは問題なさそうだ。

午前4時40分、国道139号線の新道「都留バイパス」を横断し、亀田重機建材まえを通過。

ハッピードリンク都留戸沢店前を通過。

富士急バス「西川」バス停前では道なりにすすむ。(左カーブ)

午前4時50分、「和みの里ゆうゆう広場」駐車場に到着した。

都留インターチェンジ
中央一丁目信号交差点
流石!新聞屋は朝が早い。
「赤坂」信号交差点
菅野川の様子をチェック
「芭蕉月待ちの湯」の看板にしたがってすすむ。

都留戸沢の森和みの里

この一帯は「都留戸沢の森和みの里」という都留市市営の保養地である。

和風コテージ一位の宿(貸しコテージ)、芭蕉月待ちの湯(日帰り温泉施設)、都留戸沢の森和みの里キャンプ場、すいすい広場(バーベキュー場)、わくわく広場(公園。ローラー滑り台あり)、ゆうゆう広場(公園。野外ステージ、自動販売機、公衆トイレあり)。

さらに民間施設として、

WORKATION RESORT THE FOREST(グランピング)、

せせらぎ荘キャンプ場。

このうち朝の5時まえという時間条件で利用できるのは、わくわく広場とゆうゆう広場の2つの公園。

たかが公園。されど公園。しかしこれが非常にありがたい。とくに自動販売機と公衆トイレを併設しているゆうゆう広場は非常に便利だ。

さきのことを言ってしまえば入渓点はもう近い。

当該駐車場から林道を400メートル行った地点には戸沢川の入渓点がある。入渓点は戸沢川に架かる鋼板製の橋だ。

つまり入渓点からたった400メートルの地点に自動販売機やら公衆トイレがあるのだということ。これが従来なかなか無い。

たいていの場合は何キロも離れた”最終コンビニ”なるもので用を足したり、買い物をしてから現地入りということが多い。また、ついうっかり飲み水等の買い忘れがあった場合もそこまで戻ってから出直す形となる。

400メートルという歩き射程距離にこういった設備があるのは非常にありがたいことなのだ。

歌える堤体探しの旅をしていて探すもの。単純に響きがいいとか、見た目がいいとか、演奏施設として堤体前がどうなのかということのみならず、こういったインフラ設備のことも考えている。

ここは総合的な競争力で言えば、堤体周辺環境としてかなり強いと言って間違いないとおもう。

芭蕉月待ちの湯
ゆうゆう広場
野外ステージ。良い風向きが期待できそう。
公衆トイレ
堤体へは左側の道に入る。

ラッキースタート!

午前5時、車に乗り込み再スタート。

前述のとおり林道を奥に400メートルで鋼板製の橋。橋は渡りきり、さらに100メートルほどで猿焼山の登山口。登山口より林道をさらに50メートルほど行ったところに若干、道幅の広くなったところがある。

この道幅の広くなったところに車を駐車した。

車からおりて入渓の準備・・・、も、そうなのだけれど、すでに当該地点から堤体の落水の様子が見えている。

針葉樹林の木々のすき間から、向こうにある堤体の落水が見えている。音も聞こえている。

堤体本体は、そう遠くない距離にある。

気温は15度。

入渓の準備はいま現在の快適性に合わせてセッティング。

長い距離を歩かなくていいことがすでに把握できた。歩行運動による発熱のことは、きょうは考えなくていい。

敢えて薄着気味に着て「寒いな」なんて思いながらスタートすることもあるのだが、今日はそれをしなくていい。

Tシャツの上に長袖シャツを着る快適システムにて。

ラッキースタート!

入渓点となる鋼板製の橋へ。

前日に降った雨の影響は?

???(比較するものがないので)

少なくとも渓行そのものには影響なさそうだ。

橋から戸沢川に降り、上流に向かって歩く。車を駐車した地点から若干下っているのでいったん見失った堤体本体もまたすぐに再会することができた。

午前5時半、堤体前着。

鋼板製の橋
入渓点からすぐのところ
滑らぬように注意
あと少し
堤体前着

落下スピードが速い

水は放水路天端の右岸側に片寄って落ちている。片寄りがあるぶん、水が塊状になってストンと落ちている感が強い。

落下スピードが速い。

落ちたあとの水は水タタキに強く打ちつける。

もっと落水は左右に分散しているほうがいい。放水路天端の横幅広くを使って圧力が分散されている状態。さいご落ちきったところ、水タタキに対する接触圧もより小さくて済むはずだ。

堤体の水裏についた勾配(1:0.2)の表面を大気に逆らってゆっくり進むような落ち方が理想的。

いま目の前にしている落水は上流からの水圧を分散しきれず、塊状になって放水路天端から投げ出されるように落ちている。

水の動きの速い感じはよく言えば俊敏。悪く言えばせっかちだ。

せっかちな水の塊。

この個性にどう立ち向かおうか。

落水。右岸側に片寄っている。

まだまだ未熟であった。

午前8時、いったん退渓することにした。

いや、今日もまたいつものごとく

「自作メガホンをセットして声を・・・。」

という展開になったのである。しかし、どうやってもダメだった。予想したものとは違っていた。思った通りの堤体前にはなってくれなかった。

音の面で。(後述)

見た目の面で。

朝日のゲームをテーマに立った堤体前。フタを開けてみれば、太陽の光の差す方向と川の流程の角度がうまく合致できていなくて、空間はいまひとつという感じであった。

黒くくすんだ川の水底を太陽の光が金色に一変させるそのときを待ってみた。しかし、ついぞその瞬間には出くわすことは出来ず、日は高く昇ってしまった。

想像していたものとは大きく違っていた堤体前。

光っている領域。影になっている領域。両者の空間の大きさ。両者お互いのバランス。

頭上を覆いこむような渓畔林もあって、「影」要素にゆたかな堤体前。完成から40年以上も経つ歴史ある堤体で、その年月によって作り込まれた渓相もまた見事なものであった。

惜しむらくは・・・。

そこに立ったプレイヤーがまだまだ未熟であったこと。

時間の読み。暦の読み。太陽の軌道。

読みの外れ。

堤体前がもっとも魅力的に映るそのときに立てていない。

ほぼ真東向きに鎮座する堤体に朝日のゲームで挑んでみたものの、挑戦は失敗に終わった。

太陽の光の差す方向と川の流程の角度が合っていない。

広い休憩室

期待が大きかっただけに、失望も大きかった。

退渓後、車にもどると疲れがいっきにドッと押し寄せた。

渓行装備の着替えもそこそこに運転席に乗り込みシートをリクライニングにする。

5月の明るい日差しも、高密度の針葉樹林の下ではその効果を大きく失っていた。光の多くはスギの樹幹に吸収され、その下では日中とはおもえないほどの充実した暗がりが形成されていた。

熱にしてもすっかり吸収されてしまっている。

車のなかは窓を閉め切っていても暑くなく、寒くもない。

午前中ののこりの時間は夢のなかで過ごした。

目覚めたのは正午過ぎのこと。

菓子を買いに行かなければ!

車のエンジンをかけ、林道をUターン。朝、暗いうちに確認しておいた「すがや」に向かう。

午後1時50分すがやに到着。無事に買い物を済ませることができた。

ふたたび朝のルートに乗り、目指したのは「芭蕉月待ちの湯。」

午後2時半、芭蕉月待ちの湯へ。

ここでは温泉には入るつもりは無かった。温泉に入らずとも価値ありと見たのが休憩室。

広い休憩室は、たたみ60畳もしくは26畳の和室。完全貸し切りの予約室もある。

休憩室内では、昼・夕のレストラン営業時間内に麺類、ご飯ものの注文が可能。また、それ以外の時間であっても、持ち込んだ食べ物により食事をとることができる。

もちろん空調設備完備の室内であるから、これからの時期には快適に過ごせること間違いなし。

おもえば、堤体にも入渓点にもさほど離れていない距離にこのような施設群があるということ自体、非常に稀有なことなのだ。

堤体から歩いて来られる場所に公衆トイレがある。自動販売機がある。温泉がある。休憩室がある。食事処がある。宿泊施設やキャンプ場もある。

また、この場所そのものに来る手段では、自家用車のほかに路線バスが利用できるというオマケまでついている。

この上なく利便性に優れた場所。堤体前周辺環境としてここまで揃ったところは過去おもい出してみてもほとんど記憶にない。

リベンジしたいという気持ちは当然のごとく沸いてきた。東向きという方位ならではの個性。その個性を生かした朝日のゲームは残念ながら上手くいかなかったが、ならば他の時間帯でもいいので挑戦してみたい。

これは良い堤体であったという結論とともに終わるために。銘堤としての地位を自分の中で与えるために。そこまでやってから帰りたかった。

この場所が本当に本当にインフラ設備として優れていたから。

堤体前に向かうのは、ひいきから生まれた延長戦。もはや意地の域。悪あがきである。

余計なことを考えているのは確か。雑念。気持ちの弛みが生じやすい。ケガをするのが怖い。

今一度、気を引き締めてから堤体に向かうために。

休憩室でしっかり休んでから出ることにした。

真昼でも暗めの針葉樹林。
芭蕉月待ちの湯
広い休憩室
メニュー表
かりんとう饅頭
これも美味かった。(八端)

夕方、ふたたび入渓

午後4時、芭蕉月待ちの湯を出発。

朝の場所に再度、車を駐車する。

入渓の準備。

朝と同じウエーダーを履き、朝と同じライフジャケットを着る。

朝と違うことといえば、気分的なこと。

期待感をうわまわる不安感。

じつに煩わしい感覚だ。

鋼板製の橋まで歩き、入渓した。

午後4時50分、堤体前着。

曇天の空で太陽は隠れているものの、午後5時まえという時間はまだ明るかった。

もう今日は太陽の光にかかわるようなゲームプランは作れない。やれることといえば、あたりが夜闇につつまれるその寸前に、最大の集中力をもって歌にのぞむことだけだ。

その理想とする暗がりの領域には?まだまだ時間がありそうだ。

堤体を見れば朝、日の出前のときと同じようなすがたをしている。

堤体本体も、落ちる水も、そのあと渓流区間を流れ下っていく川の様子も。

頭上を覆いこむような渓畔林も朝と変わりない。大きく垂れ下がったフサザクラの枝葉の下には暗がりができている。その暗がりの先には花が咲いていることに気がついた。

きっとここには朝から花が付いていたのであろう。しかしながら気が急いていたのか、欲に溺れすぎていたのか、全くそのことに気づくことが出来ていなかった。

いまのほうが気持ちにゆとりができているのかもしれない。

集中力をともなったゲームが出来るかもしれない。

暗闇の襲来に期待した。

リベンジの堤体前へ
大きく垂れ下がったフサザクラの枝葉
ウツギが咲いていた
見事な渓畔林は光の遮断能力が高い。
フサザクラ
アブラチャン
ヤマハンノキ
ミズキ

比較のしようが無いのだけれど

午後6時まえ、ようやくいい感じになってきた。

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

いま対面している堤体前の空間。水から生成されるノイズに混じって自分自身の声が響いている。

比較のしようが無いのだけれど。

比較のしようが無いのだけれど、朝よりも響きがでている。

朝にはまったく鳴っていなかった。まるで「鳴る」という感覚が得られていなかった。

堤体を流れ落ちる水のノイズ。水タタキに接触する水のノイズ。そのあと渓流区間を流れ落ちていくなかで生ずる水のノイズ。

朝のゲームでは徹底的にやられた。まるで響きづくりが出来るような感じではなかった。あたり全てがノイズに包まれているような環境のなかに声を入れていた。

では朝と今で違っている条件といえば?

川の上流から吹き下ろしてくる冷気を感じる。ハンディタイプの風速計では計測不可能な、ごくごくわずかな風が吹いている。

堤体前の空気が凝り固まらずに動いてくれている。

柔らかくほぐれた大気のなかを自分自身の発した声が流れている。

もちろん今朝、徹底的にやられたノイズを相手にしている。これはほぼ変わりない。はっきり聞き取れるなんて甘いレベルではない。辛うじて。ノイズにほぼほぼ支配されている堤体前音環境の中で、辛うじて声の響きを聞くことができている。

銘板
方位はほぼ真東
お~吹いてる!(計測不能の微風)
距離は49ヤード
川の水がもたらすノイズ

暗がりは正義

結局、この日は午後6時半まで堤体前で過ごした。

砂防ダム等堤体類を利用していくということ。その利用方法として自身がやっているのは演奏施設だ。

演奏施設として利用していくために。必要事項として、堤体前に入るタイミング上もっともふさわしい時間や季節をあらかじめ見つけ出しておきたい。

この季節のこの時間、この天気でこうなっているからこの堤体にしたほうがいいよ。

外的要因との相性等々ふくめてしっかり言えるようにならなくてはならない。

なぜそこまで細かい条件にこだわらなければならないのか。

自分自身が歌い手として、プレイヤーとして現場に立っているからであるとおもう。

歌い手としてプレイヤーとして一番求めるものは何か。

歌いやすい演奏施設。

歌い手としてプレイヤーとして一番悲しいこととは何か。

歌うための場所に大きく違和感を感じながら、しかし「歌った」という事実を作り上げるために、きわめて形式的な音楽活動をすること。

歌い手としてプレイヤーとして、いまから歌おうとするその場所がまず好きになれていないようではダメだし、そこで嘘をついているようではだれも幸せにならない。

演奏施設というのはまず素直に言って、歌いやすくなければならない。

歌いやすい景色のまえに立つこと。一つとして同じ堤体前が存在しないなかで、音楽に最適化された場所をさがしだす。

太陽光の当たり方で景色は変わる。したがって太陽光の当たり方を予想し、堤体前に立つタイミングを決める。

今回は残念ながら予想が甘く「朝日のゲーム」で失敗をしてしまった。

いっぽう夕方のリベンジでは、夜闇まえの空に頼るかたちでなんとか暗がりの下に入ることが出来た。結果、大きな集中力をもって歌に挑むことが出来た。なんとか成功のうちに終わることが出来た。

今後の課題としては、光と影についてもっと対比の大きな場所に立つこと。光の明滅差の大きな堤体前に立つような展開のなかでゲームが出来るようにしていきたい。

太陽が強く照らしている空間での影は強い。影によって出来た暗がりは、より強い暗がりとなってその場にあらわれてくれるはずだ。

暗がりは正義。歌いやすい空間作りには欠かせない存在である。

最高の暗がりを求めて。それを引き立てる最高の明るさを求めて。

歌える堤体探しの旅にまた出かけようとおもう。

なんとか成功のうちに終わることが出来た。

誰のために歌うのか

道の駅富士川

音楽家にとって誰のために歌うのかということは大きなテーマであろう。

観覧料を支払って聴きに来てくれる人のため。

活動をサポートしてくれる人や団体のため。

師匠とする音楽家のため。

日頃、私生活においてお世話になっている人のため。

自分自身(音楽家自身)の人生を賭けて、その想いを世に発信する。やはり声を発するそのさきには空気でなく、だれか人がいるという構図が普通なのであろう。

声の響くさきにはつねに聴衆。聴衆がいるから音楽。聴いてくれる相手あっての音楽。思想・信条を理解してくれる相手あっての音楽。安心感あっての音楽。

音楽家は「誰のために歌うのか」なんて考えている。

しかし、音楽家は聴衆というさまざまな関係性にある人らの協力によって成り立っている、決して単独にひとり立ちすることのできない存在なのである。

もはや誰のために歌うのか・・・なんて言おうが、本当のところはそんな強い立場には無い。それどころか、聴衆あっての音楽家なのだということを理解し、聴衆に対しては価値あるものを提供することで恩を返していく必要がある。

歌の上手い下手はいったん置いておく。

歌がどうだ・・・、ということを取り除いて、歌っている場所そのものの環境について考えてみる。

音についてどうすればよいのか。

光の具合についてどのようにすればよいのか。

空間の居住性についてどのようにすればよいのか。

考えてみれば、そもそも演奏施設というのは何がスタンダードなのかがよくわからない。とくに民族的背景、宗教的背景を含まない種の音楽について。

どういったセッティングでやらなければならないという絶対的な決まりがない。

ただ何となく。いい感じで・・・、いい雰囲気で・・・、そんな空間を作り出せたら正解というところがほとんどなのではないか。

聴衆にとっての良き場所、良き空間を用意すること。

せっかく用意するならば、なるべく万人受けするような演奏施設を。誰にとっても過ごしやすい、しかしながら遠方よりはるばるやって来た人らに、ここまでやって来た甲斐があったと思ってもらえるような、見応えある空間をつくりだすことに注力したい。

・聴衆がどういう場所で聴くことになるのかが重要。

・音楽家といったって自分一人じゃ成立しない存在なのだから。

・音楽家は聴衆というお客がいて初めて成り立つ存在なのだから。

オレは与える側だ。なんて思っていたら大間違いで、じつは与えられる側にある。与えられる側にある己の身分を自覚し、与える側「聴衆」には最大限の恩をかえすようにしていきたい。

聴衆に対してまずはより良い場所を用意すること。音楽家に課された課題だ。

より良い場所

より良い場所といえばここは良かった。

4月6日、午前9時、山梨県南巨摩郡富士川町青柳町「道の駅富士川」。

階段もしくはエレベーターで上がったところにある2階フロアが展望室。さらに引き戸をあけて外へ出たところが屋外展望スペース(ウッドデッキ)。

これまでは日中でも気温一ケタ台。そんな環境のせいもあって、なかなか過ごしにくい状況にあった。だがいよいよ暖かくなってきたことにより、展望スペースとしてフル稼働する季節がやってきた。

建物の2階という高さは、顕著に高く造形された展望タワーのようなものではない。この建物の一階物販スペース上を一般開放しているだけ。しかし、そのさり気なさ、気負いのなさが逆にいい。

たったの2階。アピール弱め。押しつけがましさは無く。山に囲われた空間にひろがる眺望は市街地、田畑、木々、橋、道路など。

見る景色にはこと欠かない。

方角別ではでは東・西・北の三方向がのぞめる。

東には市川三郷町と富士川大橋。西には富士川町旧増穂町の町並み、櫛形山。北には甲府盆地、中部横断自動車道、南アルプス市市街地、坪川大橋などがのぞめる。

当日は三方向のうち、とくに西側の景色に注目した。本日入渓する「戸川」とその水源となる櫛形山、丸山、源氏山方面のようすが気になったからだ。

櫛形山山頂付近には、どんよりとした雲がかかっていた。眼前にひろがる景色という実物のみならず、天気予報は天気予報とできょうはあまり優れないらしい。

つねに安定した環境でやらせてもらえないのがこの音楽の特徴。それがまた欠点であり、利点でもある。慣れてしまえばくじ引きのようで楽しくなってくる。

屋外展望スペース(ウッドデッキ)
眺望は東・西・北の三方向
西側の景色に注目した。
雲がかかる櫛形山

ガイドブックいらず

午前10時15分、道の駅富士川駐車場にて自家用車に乗り込み、山梨県道413号線にて西に向かう。

複合型商業施設「フォレストモール」、クリーニング志村まえ、富士川町役場まえを通過。

午前10時20分、富士川町立増穂小学校まえ。

歌える堤体さがしの旅。ガイドブックいらず。砂防ダム等堤体類を目指していれば自ずと何かに出会ってしまうものだ。

満開の桜。

小学校正門東側に二本、さらにグラウンド南側ネット沿いに四本。

とくに魅力的に映ったのが正門東側の二本の木。木がただそこに生えているというだけでなく、小学校正門前の歩道橋が交錯している。

この歩道橋と桜の木の対比がじつに見事だ。機械によって造形された歩道橋の無機質さと、自然物である桜の木のやわらかな線が空中で混じり合う様子が心地よい。

歩道橋の無機質さが桜のやわらかさを引き出しているとも言えるし、堅く強固な歩道橋が腐敗して崩れることの無い安心感を与えているともいえる。

歩道橋と桜の木。それぞれに魅力があり、また機能的に優れている。さながら優等生同士といった感じだ。

富士川町立増穂小学校まえ
歩道橋と桜の木
歩道橋に上がればこのとおり
二本のうち正門側の木
旅はガイドブックいらず

殿原スポーツ公園へ

午前10時40分、増穂小学校まえを出発。西進し、横断歩道のある交差点を左折する。

最勝寺農村公園を右手に見ながら進み、戸川に架かる「西之入橋」をわたる。小澤工務店を過ぎたところで道は急激に左カーブ。そのまま進み、やがてあらわれる丁字路にて右折。山道をのぼる。

午前10時50分、殿原スポーツ公園駐車場に到着。

うすうす気付いてはいたが・・・、道の駅富士川の屋外展望スペースからの景観でも、そのあと山梨県道413号線を西進している際でも。

満開の桜。ここにもあり。

公園入口にある車止めから野球場に向かって伸びる50メートル程度の通路。通路を囲い込いこむようにできた桜並木がじつに見事だ。

さらに桜並木横の駐車場はさんで反対側にも桜の木。公園の北東部側の斜面はちょっとした桜の林のようになっている。この斜面の桜と野球場バックネット裏フェンスのおかげで、遠目からでも殿原スポーツ公園はどこにあるのかということを知ることができる。

公園までわざわざ坂を登ってこなくても、富士川町旧増穂町域、南アルプス市南部地域から楽しむことができる望遠の桜。

近くに遠くに見る者を楽しませる。

さて、ここからは本日午後の入渓を想定しての時間調整だ。

時間調整にしては豪華な場所にて過ごすこととなった。雨が今にも降りだしそうだが(実際このあと突然の雨におそわれた。)車内で過ごせばなんとでもなるだろう。公園にはトイレもあり、いちいち坂の下まで降りていく必要も無い。

道の駅富士川で買ってきた菓子やパンもある。食べ物の心配もない。

この状況であれば、ゆっくりノンビリ過ごすことができそうだ。

じつはこの殿原スポーツ公園のひとつ南側には「大法師公園(おおぼしこうえん)」という山梨県内屈指の桜の名所があるのだという。

財団法人日本さくらの会設定の「さくら名所100選の地」に山梨県内で唯一選ばれているという壺中の天地。その数二千本という桜の木により、毎年おおくの観光客を迎えているのだという。

なぜそちらに行かなかったのか?¥500円の有料駐車場を備える正真正銘の観光施設であったから。もちろんこれは¥500円の駐車料金を払うことが惜しかったからというわけではない。

名所という地位が確立されたなかで想定される頻繁な車の出入り。駐車場に入れ替わり立ち替わり入場する車。

駐車場に停めた車の中で長くくつろぐという行為は、適切ではないと判断した。

もっと車の往来が少なくて、静かなところがよかった。そもそも論を出せば、公園目当てに来ているのではなく、入渓前の時間調整目的の滞在なのである。

公園内の写真をひととおり撮ったあとは車内へ。前述のとおり車中では突然の雨がルーフを叩いた。雨の叩く音を聞きながら車中の花見を楽しんだ。

殿原スポーツ公園へ
みごとな桜並木だ。
遊具は二世代にわたり・・・、
旧増穂町や南アルプス市が見わたせる
車中から花見を楽しんだ。
道の駅富士川で買ってきた菓子やパン

悪い癖

正午過ぎ、雨は運よく止んでくれた。

午後0時半、殿原スポーツ公園駐車場を出庫。堤体に向かう。

公園前の坂を下りきり北進。山梨県森林総合研究所まえ、もちづき農園まえ、秋山観光農園まえを通過。

戸川に架かる「八丁橋」の手前では左折。道はやがて登り坂になり、最初にあらわれた車の待避所。ここの待避所は10トンダンプ2~3台がスッポリ入り込めてしまいそうな広い待避所。

待避所の下り坂側のカドに車を駐車した。

午後1時、車から降りて入渓の準備。本日の重要アイテムはウエーダー。

ここはつい2週間前にも来ている。そのときは、ウエーダーを履かずズボンにスニーカーという格好で河原を歩いた。

堤体前環境として、立ち位置はさらにもうひとつ下流の堤体、その堆積地上にある。

ゆるやかな傾斜の堆積地上では、川は左岸側にむかって大きく弧を描いている。堆積地が広く形成されているにもかかわらず、その端っこを目立たぬように下りていく川の様子を見ることができる。

その影響は対岸、右岸側にも。右岸側にはフラットな広い面が形成され。

このフラットな広い面、一面に生えるのがチカラシバ。チカラシバの先端には、冬の乾気によりカラッカラに乾いたねこじゃらしが付いている。

ついつい悪い癖で、堤体を見つけるといちもくさんに駆け寄ってしまう癖がある。靴下の露出するローカットのスニーカーで一面に生えるチカラシバのなかに突っ込んでいったところでは、その種子に猛攻という猛攻を受けた。

堤体前に立つ嬉しさと、チクチク刺す種子の痛みとで頭が混乱する。足元を気にしながら、ときおり刺さったチカラシバの種子を抜きながら河原をあるいた。

これもまた堤体前にいるときはいい。問題は帰りの時間が来たとき。その場から立ち去らなければならない。

実際、堤体前から離れるときには気分がガタ落ちになった。楽しい時間が過ぎ去ったあと。残ったのは依然としてチクチクいわせるチカラシバの種子だけだった。

帰路、足じゅうに付いたチカラシバをひたすら一本一本抜きながら帰るハメになったのは言うまでもない。

堤体に向かう。
「八丁橋」の手前十字路。左折する。
戸川に沿ってすすむ
花を見つけた。
ヤマブキ。

動く景色・止まっている景色

午後1時50分、ブルドーザー道を伝って堤体前へ。

水は2週間前に来たときよりも若干増えている。石積み堤を落ちる水に厚みが生じている。

石積み堤なだけあって、その石と石とのつなぎ目には段差や浅いくぼみがある。水が落ちるとき、その段差やくぼみに水が干渉することによって追加のノイズが発生するようなイメージを受ける。

コンクリートの堤体よりもうるさいはず。

さらに見た目。落水の見た目のことが気になった。

見かけには、落水する水がより波立っている印象を受ける。

けっして美しいという落水では無いが。

不快感は無い。

周囲の景色が関係している。ここは真夏の景色のもとでは恐らくNGになっていただろう。春という季節にこの堤体にあい対することができてよかった。

いまはまだ渓としては冬らしさが残っていて、草木ともに“動きの少ない”状態が形成されている。

落水は、

「動く景色」。

対して木々の幹、枝、枯れて倒れる草というのは

「止まっている景色」。

両者でバランスがうまくいっている。

これが草木が葉をつけて、ユラユラ揺れるようになってくると・・・、いよいよキツくなってくる。

自身ももともとは釣り人で、水辺の揺れる景色は得意な方だ。しかし、真夏の葦が生い茂るような川(いわゆるボサ川)なんかはけっこう苦手で、あまりこういうところでは遊んだりしない。

釣り人でありながら、砂防ダム音楽家でありながら、水辺周辺に置かれたものの多くが揺れているような景色があまり得意ではない。

きょうは水うんぬんというよりも、周囲の草木の状態がいい。まだまだ展葉したての葉によって派手さのない木。草は黄色く枯れた状態で河原に倒れている。

これならばあまり苦手にならず、堤体前に立つことができそうだ。

堤体前へ
石積みの堤体
堤体名は「増穂大堰堤」
足元の植物
シンジュ(ニワウルシ)の新芽
チカラシバ
チカラシバのねこじゃらし
これが靴下に刺さるので厄介だ。

流路形状による影響

自作メガホンをセットし声を入れてみる。

よく鳴っている。

堤体と左右両岸、壁によって囲われた空間のなかで響く声が心地よい。

人の声とノイズの混じり。

ノイズの発生場所はほとんどが堤体付近。水が落ちるときに摩擦が生じる石積みの堤体。そこから最後いちばん下まで落ちて池に接するときの摩擦音。

以降は堆積地上に形成された川で段差に乏しい。この区間もやはりノイズの発生源であるものの、瀬にもならないほどのわずかな起伏のなかを水は流れる。

流路が左岸側にむかって大きく弧を描いていることも影響大きく。

歌い手を大きく迂回するように流路が形成されることによって、立ち位置とノイズ源とのあいだに距離が生ずる。

立ち位置から見て単純に川が遠いというたったそれだけのこと。しかし、ノイズの影響はより小さなものとなっている。

音に非常に少ない印象。

静かな空間のなかでは、やはり音が聞きとりやすい状態にあるようだ。

歌い手を大きく迂回するような流路
足元はウエーダーか長靴がよい。
夕日のゲーム。
障害物はほぼ無し。立ち位置の自由度は高い。
風は吹いたり止まったりという展開。
表面に凹凸があるためこちらは参考記録。

くつがえしてみる

結局、この日は午後6時まで堤体前で遊んだ。

日々、各地の堤体をおとずれるなかで、大きなことも小さなことも些細なこともすべて評価の対象にしながら「歌える堤体さがし」をしているつもりである。

砂防ダム等堤体類を演奏施設として利用していくには、一つ一つの堤体について都度しっかりと評価をしていくことが重要だと考えている。

もちろん評価をしていく上では、優劣というものが発生する。

この堤体は音楽に適している。

この堤体は音楽に適していない。

森山自身の主観によって、堤体前をどのように感じたかを毎回ここに記すようにしている。しかしその場所について、人によっては異論を呈したいことがあるかもしれない。

堤体前という公共の場所を一個人の主観によって優劣つけていいのかというご意見もあるかもしれない。

すべて主観で評価される堤体前。

しかし逆にいえば、その堤体前で歌うことがいいのか?悪いのか?そういった判断が、個人の主観にゆだねられ、当たり前に論じられているということなのでもある。

どんな堤体前で歌えばいいのかということに正解は無い。

歌い手自身がもっとも好きな環境のなかで歌えれば良いと思っている。

明るいところ。

暗いところ。

明るいという状態においてはどんな明るいなのか。暗いというのは何によって暗くなっているのか。

その歌い手にとって一番よい景色というのはどんな景色なのか。

動きの多い景色か。動きの少ない景色か。

もちろん音についても同様のことがいえる。

静かなところ。ちょうどいいくらいのところ。うるさいところ。

エピソードの冒頭に記したこと。

くつがえしてみる。

・聴衆がどういう場所で聴くことになるのかが重要。

→聴衆がどういう場所で聴くことになるのかは重要ではない。

・音楽家といったって自分一人じゃ成立しない存在なのだから。

→音楽家は自分一人で成立する存在なのだから。

・音楽家は聴衆というお客がいて初めて成り立つ存在なのだから。

→音楽家は聴衆というお客がいなくても成り立つ存在なのだから。

世の中の遊びにもの足りなさがあると言うならば、従来の逆側をお客にすることによってその問題は解決されるかもしれない。

歌い手自身がお客になること。歌い手自身がもっとも心地よくうたえる場所に立ち、歌うこと。

誰のために歌うのか。

歌い手自身が歌い手自身のために歌う。

すべてのことを歌い手中心に考える。

すべてを歌い手のために。

歌い手のことを第一に考え、

歌い手のために行動する。

歌い手自身が。

とは言ったって、いままでお客じゃなかった人たちをお客にしようとするのだから、企業でいえばこれは「新規事業開設」にあたるのでは?という疑問。

なんだ、金が掛かるのか・・・。という落胆。

いや、驚くべきことにその新規事業がおこなわれる場所は、この国の敷地内にもうすでに存在している。場所に関していえば、新たに用意するものは無い。

設備投資は必要ない。

すでにあるものを利用していけばよい。

利用すればいいものを利用していないという現状。それだけ。

世界に新たな遊びを発信するチャンス。そのチャンスをすでにこの国は持っている。遊びの場所がすでにある。あるのに利用していないだけ。そのことをお忘れなく!

木々はこれから葉をつける
クヌギ
アラカシ
ダンコウバイ
ミズナラ
カマツカ

釣り場のじじい

甲斐駒ヶ岳・舞鶴橋・大武川。

午前9時半を過ぎた頃のことであったか?

話しかけてきたのはじじいの方からだった。砂煙で汚れた軽のパワーウインドゥが開く。

「釣りじゃ無いんか?」

釣りじゃ無いんかて・・・。この三脚で魚を獲れとでも言うのか。

カメラと三脚。こちらが携えていたのはこの二つだけ。足元はスニーカーのままだし、釣り道具を隠し持っていそうなベストなども着ていない。

「ここは山がきれいだろっ!」

きれいだ!と、答えてやった。

「いい写真がいっぱい撮れるだろっ!」

あぁっ。

釣り場のじじいは全国共通なんだなと思った。基本、釣り場のじじいの話し方はマウント調なのである。

①人の釣り方にケチをつけてくる。

②人の仕掛けにケチをつけてくる。

③ケチには至らずともアドバイスをしてくる。

釣り場のじじい3大特長。すべてにおいてオレの方が上だ!とばかりにアレコレ講釈を垂れてくる。

魚を釣って欲しいという思いがあるのであろう。遠方よりはるばるやって来た者らに良き思い出を作って帰ってほしいという思いがあるのであろう。しかし、こちらは教えを請うているわけではないし、そもそも思い出づくりなんてものも頼んでいない。

魚が釣れない中で試行錯誤を楽しむという釣りならではの楽しみがある。

釣りそのものに集中することの楽しみというものもある。

だが、そんなことはお構いなしに釣り場のじじいは話しかけてくる。3大特長プラス、釣り場のじじいはおしゃべり好きなのである。

おしゃべりが最優先。なにかを言いたくてしょうがない。したがって、相手が釣り人で無いとわかれば今回のようにお題を変え、またアレコレ言ってくる。

誰それかまわず。釣り場で出会った人には片っ端からこの感じなのだろう。過去に出会ったじじいのなかにはスーパーじじいみたいなのもいた。政治、経済、昔話、うわさ話、ギャンブル、高校野球の話しなどどんなネタでも雄弁に語ってみせる猛者だった。

それくらい振り切っているのならば話しは変わってくる。竿を振る手を止めて、羨望の眼差しとともにじじいの話しに聞き入ることになるのだろう。

こちらも相手がじじいかと言って、だれの話しも聞きませんよという体制では無いのだ。

他人を否定するばかりのボキャブラリーの無いタイプが嫌だ。何と言ってもそんなヤツに絡まれるために、外へ遊びにやって来たのでは無い。

こういうときは、早く居なくなってくれ・・・と心の中で一生懸命念じるか、道具一切を片付け、その場から早々に退散することになるか。今日の場合は、相手が車上の人だから何とかなってくれそうだが?

まったく・・・。

ふと運転席の方を見た。じじいの腕には赤い腕章が巻かれていた。

出会った人には片っ端からこの感じなのだろう。

人財

3月1日、場所は山梨県北杜市、大武川「舞鶴橋」上流の川岸(土手)での出来事である。

釣り場のじじいはただの通りすがりでは無かった。

その名を知っているという訳では無い。顔を知っているという訳でもない。ただ、このじじいは腕章屋なのである。

じじいが釣り業界の人間であるということ。

この人らの存在によって釣りという文化が支えられているということ。

日本の渓流シーンを盛り上げるための一活動家であるということ。

いろいろな情報が一気に入ってきた。

そして今、この瞬間。自身とじじいの間に流れる空気感というものが、釣り業界にとって非常に貴重な財産になっているのだという非常に重い、なんとも言いようのない感覚に襲われた。

無理もない。

それには比べる相手がいるから。

だれかって。

もちろん、

自分自身のこと。

砂防ダム音楽家。

砂防ダム音楽家だ。

砂防ダム音楽家をやっていて求めるもの。その最大は「良い響きが得られるように」日々こうどうすることにある。

良い響きが得られるように、堤体さがしをする。

良い響きが得られるように、場所をアピールする。

良い響きが得られるように、道具を開発する。

なにがなんでも「良い響きが得られるように」なのである。

とにかく「良い響きが得られるように」なのである。

考えることの中心はいつも「良い響きが得られるように」なのである。

だから多分、

多分、失敗する。

仕事で失敗する。

単一戦略のそのやり方。

世の中が求めているものを勘違いして。いらないものを用意し、逆に、いるものを排除するという悪行をやらかす。

たしかに「良い響き」は必要なもの。ただし、それだけがみんなに求められているものでは無いはず。

お客がもとめているものの「多様」に気がつくこと。気がついて用意すること。

集客における一番重要な事項なのではないか。

釣り場のじじい。

こちらに話しかけてきたのも、重要な任務のうちのひとつであったのだ。

こんな人財がいてくれる業界をうらやましく思った。

当日の水温はわずか3度と。これでは渋い。
しかしまぁ・・・、
魚を出すばかりが釣りじゃないから。
春の訪れを感じる。それだけで気分がいい。
(ハリエンジュの実。)

食べもの

午前中。じじいと別れたあとも、釣り人たちのギャラリーとなって過ごしていた。

移動を決めたのは正午を過ぎてすぐのこと。車に乗り込み出発。ほどなくして到着したのは「みち草」。

ここで昼食をとることに。

店先には水道の蛇口があって手が洗えた。これが外遊びをしてから駆け込むにうってつけの設備。ハンドソープも付いていて、やはりありがたく利用させてもらった。

店内は改築古民家の装い。

テーブル席あり、座敷の席あり。楽に座れる方を選ぶことが出来る。

オーダーしたのは親子丼みち草セット。

メインのみそ親子丼が美味く。また、いっしょに付いてくるプリンがいい。

プリンは抜群の濃厚さとホームメイドの素朴さを兼ね備えた極上の一杯。

午後0時40分、より道を出て大津山實相寺に向かう。

午後0時50分、實相寺ちかくの「神代公園」駐車場に到着。歩いて實相寺に向かった。お目当ては当地の銘木「神代桜」だ。

木は古木。

花も葉も付いていない状態。しかし旺盛に張る枝が見事なこと。また、その向きは力強くしっかり空に向かって伸びている。

木は2000年も生きていてこの有りようだ。これは見習わないといけない。われわれ人間は90歳、100歳なんて。まだまだじゃないか。

まだまだ元気よくやっている。生きているのだから、気持ちで負けてちゃいけない。

古木。しかしこの木もまたシーズンには見事な花をつけるのだという。

今はまだ、開花前。

そして観光客の姿はなく。

静かに木を楽しむことができた。

誰に話しかけられることもなかった。

おしゃべり好きなじじいに出会うこともなかった。

みち草へ
大人も子供もジャバジャバ洗える。
親子丼みち草セット。右端のプリンがとくによかった。
神代公園(トイレあり)へ
神代桜
神代桜のえだ

移動

午後1時50分、堤体に向かう。

神代公園駐車場を出て南進すると快速道路(甲斐駒ヶ岳広域農道)に出た。

右折し、大武川上流を目指す。

「烏帽子橋」「甲斐駒大橋」の二本の橋をわたると、山梨県道614号線に差しかかる丁字路へ。

案内標識にある「大坊」方面を選択し、さらにすすむ。

篠沢大滝キャンプ場の看板前ではY字分岐をひだりななめ前方へ。大武川の左岸道路を走り、大武川砂防堰堤直前では道がおおきく右にむかってカーブする。カーブにしたがって行き、そのまま林道内へ。林道内、1.3キロほど進んだところで橋。橋の名は「篠沢橋」。

篠沢橋をわたりきり、50メートルほどで林道ゲート。この林道ゲート前は車両の転回場のようになっている。

午後2時半、林道ゲート前。車は転回場の端に駐車した。

車から降りて入渓の準備。

春の陽気。ここ数日で一番あたたかい気がする。いつもなら車から降りてすぐに防風用のレインジャケットを着込むのであるが、どうやら今日は必要なさそう。

レインジャケットはバックのなかに押し込んで歩きをスタート。

午後2時50分、林道ゲートをくぐり抜ける。

本日むかう堤体は「人面砂防堰堤」。林道ゲートからの距離はほど近く、お手軽に入渓することができる。

午後2時55分、人面砂防堰堤の左岸側に到着。

登山用ポールの補助を受けながら堤体下流すぐの坂を下りてゆく。

午後3時05分、堤体前着。

快速道路の名は「甲斐駒ヶ岳広域農道」。
大坊方面へ
山梨県道614号線を走る。
篠沢大滝キャンプ場の看板前
篠沢橋
堤体の左岸側に到着
銘板
堤体前へ

場所

堤体は主堤と副堤の二段構造。水は右岸側に偏って落ちている。

冬期の減水期。山梨県内の河川を選ぶなかで「なるべく水が多そうな場所」ということでこんかい大武川を選ぶに至った。

思惑はズバリ的中。水はたっぷりと流れている。

水は堤体を落ちた直後、堤体に対しほぼ平行に左岸側へ走る。さらに左岸の川岸にぶつかったあとには、それでもまた左岸側に近づくように流れ、ある一点をさかいに今度は右岸側にむかってカーブする。

右岸側にむかってカーブする地点には高さ10メートルほどの堆積物(転石、砂利等)による壁ができている。

豪雨にともなう増水時には相当暴れるのであろう。圧巻の壁である。

堤体前に残るいくつかの巨石もまた印象深い。こちらは激流に耐えた石たちか?ただただ感心していられる程度に、並んでいる様子を眺めることが出来る。その存在によって立ち位置に制限がおよぶなどの影響はないだろう。

巨石以外では砂、小石が敷かれた区域が広く形成され。

たて幅、よこ幅ともに広い区間のなかで、堤体との適正距離を探っていくことが出来そうだ。実際に声を入れてみながら、理想的な響きが得られる場所を見つけていければよいであろう。

主堤を横から
この山もまた!
狭まったところは圧縮されて強く流れるので注意。
堆積物によってできた壁。
過酷な環境下で発芽したのはアカマツ。
流れの向き

道具に頼ること

自作メガホンをセットし声を入れてみる。

鳴らない。

これは想定済み。立ち位置を変え、再度声を入れてみる。

しかし、これも良くない。

さらに立ち位置を変えながら声を入れていく。

でもダメ。

「声を入れる」というのは声を堤体に向かって出していることをいっている。ただし何もないところで声を出しているのではなく、メガホンを持っているのでちょうど「声を入れる」なのである。

音が響いてくれないという状況に陥ったとき。まずはがんばって声を張ってみる。しかし、それでも響いてくれないから道具に頼る。道具に頼れば解決につながる場合がある。

しかし道具に頼って解決につながらない場合もある。

何も持たないで歌っているよりは道具があるほうがいい。気持ちの面での心強さが断然ちがうからだ。

道具に頼ること。

解決のために・・・、ということでもあるし、解決されなくとも心強さを手に入れることができる。

南西向き。正午過ぎもいいかも。
風はしっかり吹いてくれていたのであったが・・・。
立ち位置の自由度は高い。

うらやましい

結局、この日は午後5時まで堤体前で過ごした。

立ち位置を変えながら声を入れていくという行為を繰り返したが、結局、響きが得られるということはなかった。

砂防ダムの音楽をやっていて、釣りというものに近いなという部分がある。

砂防ダムの音楽では「声を入れる」。

釣りでは「仕掛けを入れる」。

どちらとも「入れる」。ということで似たような感覚がある。

声を入れてみて結果が出なければ、再度「入れる」をおこなう。(再投入。)条件をほとんど変えずに入れなおすこともあれば、立ち位置を変えてから入れなおすこともある。

「入れる」という行為を繰り返す。求める結果は響いた!という瞬間である。(これは、釣れた!という瞬間に該当するか?)

どちらとも、動いている水に対する試行錯誤。

考える。試す。の繰り返し。

結果を出すためのチャレンジ。

釣り場のじじい・・・、ならぬ堤体前じじいみたいな人物は?指南役は?今日はいない。

したがって結果にたどり着くには少し遠い道になるかもしれない。

しかし、

いまはメソードがよくわからない状態で試行錯誤していることが楽しい。メソード無き時代を生きていく楽しさ。その楽しさのなかに居ることが出来ている部分もある。

メソードという宝探しに出かけている旅でもある。歌える堤体さがしの旅は。自分自身の身で宝を見つけようとするロマンがあるわけで、そこに夢中になっている。

したがって堤体前のじじい・・・は、今は要らない。

だが冒頭感じたように、いずれはそういった人物が必要になってくる時代が来るのであろう。

みんながみんな同じ性格というわけでは無いから。お客がもとめているものの「多様」に気がつき、用意すること。

時間を逆にして考えれば、

あらかじめ用意し、到来を待つこと。

集客。

戦略的に考えるなら、

人、場所、道具。

全てが欠けることなく用意されている状態が理想。

もうすでに・・・。

もうすでに全てがそろっている業界は?

釣り業界。

すごいよ。やっぱり。

釣り業界はうらやましい。

結局、堤体前が鳴ることは無かった。