
歌える堤体さがしの旅。今回は、ゴールデンウィークのど真ん中に行ってきた。
喚声。活気。渋滞。観光施設は人だらけ。ところが、最終目的地である堤体前はというと、打って変わって人っ子一人おらずの状態。
論を俟たなかったのは、うれしいのか悲しいのかということ。
やり方がわかるまで徹底的にやりたかったからである。
今回は特殊な環境にひとり身を置いた。
おかげでいい成果がでた。
旅はあらたな答えをもたらしてくれたのである。

穴場スポット
ゴールデンウィーク中というのは「お客さん業」をやる人にとっては書き入れ時の時期なのであろう。
とくにアウトドア業界にとっては、一年のうちで最も活気づくのがこのゴールデンウィーク期間中なのではないだろうか。
5月4日、午前10時、山梨県南都留郡山中湖村平野。
ここもかなり活気づいている印象である。
石割神社駐車場に停まった車から、人が降りてはつぎつぎと橋をわたってゆく。
山登りのスタート地点は、石割神社本殿、石割山へとつづく参道。
石の段は果てしなく、その数は四百もつづくのだという。
長い長い試練。
自らを奮い立たせるためであろうか。
チャレンジャーたちの喚声が聞こえる。
その活気。
元気をもらった。
銘板によれば、工種は「堰堤工」。
川は一ノ砂川。富士山近郊の川にしてはめずらしく、しっかりとした地表水が見られる常流河川である。
やはり水が採れる沢とあって貴重な存在なのであろう。堤体には放水口とゲートを開けるための操作設備が確認できる。
さながらミニ貯水ダムといった感じだ。
そして、堤体前はミニ貯水ダムに合わせてミニ公園風に。
林道に沿うようなかたちで植えられているのはドウダンツツジ。このドウダンツツジの切れ目には立派な東屋が建てられていて、休憩をとることができるようになっている。
ここは約3ヵ月まえ・・・、
雪の日に食べたカップヌードルがなつかしい。
駐車場に停めた車のほとんどの目的は石割神社本殿、石割山である。意外にも駐車場にほど近い、こちらの東屋と堤体前はあまり人が来ない。
公園樹として植えられた数本の木と、枝の伸びきったドウダンツツジの影響により、駐車場側からは東屋が見えなくなっている。その影響もあるのだろう。
意外と人がおとずれない穴場スポットなのだ。
駐車場にはトイレもあるので、弁当さえ持参すれば一日中のんびり過ごすこともできそうだ。







渋滞!
正午、石割神社駐車場を出発。
坂をくだって山中湖村「平野」の交差点へ。平野で右折し、山中湖を見ながら山梨県道729号線をすすむ。
平野から進むこと5.6キロ。右手に「なぎさ」を見たら、小さな橋をわたって右折する。
道なりにすすみ、東富士五湖道路の道路情報板を過ぎて、信号交差点を右折。
1キロほど走って山梨県南都留郡忍野村に入る。
ファナック本社入口まえを通りすぎ、出口池の入口看板を越えると「ますの家大駐車場」。
ますの家大駐車場まえの横断歩道(人が多い。)を注意しながら通過し、忍野八海バス停を越え、民宿萬田屋まえを過ぎたら左折。
500メートルほど走り、もう一度左折。
ゴールは目前。しかし、
渋滞!
渋滞に巻き込まれながら・・・、
何とか駐車場へ。
午後0時45分、さかな公園駐車場に到着。






人出がすごかった・・・、
車から降りて、カメラ、リュックサック、飲み物を用意。駐車場から横断歩道をわたり、道路反対側の建物に向かう。
午後0時50分、山梨県立富士湧水の里水族館に到着。
入り口で入館チケットを買い、中に入る。
「岸辺の魚水槽」へ。
この水槽は、コイ科の魚の展示。どれも雑魚と呼ばれるような魚たちだ。
水槽は横3.5メートル×縦2.5メートル。広い水槽内をゆうゆうと泳ぐ魚たち。
いちばん泳ぎが速いのはウグイ。つぎにオイカワ。その次がタモロコとモツゴ。つぎにコイ、マブナとつづく。
隣りにあった「深みの魚水槽」も見に行った。
こちらではニゴイ、ヒメマス、オオクチバスを見ることができた。
ゴールデンウィーク期間中の水族館である。
人出がすごかった・・・、なんてことは言うまでもない。
ほかの展示についてはまた今度とすることに。
しかし満足度は高い。いちばん好きな魚たちを見られたからだ。
水族館を出た。








受け皿
午後1時40分、水族館のすぐとなりの公園へ。
公園には遊具と2本の滑り台、ザイルクライミングと称するロープジャングルジムのようなものが設置されている。
水族館とそのとなりにある森の学習館は「ザ・教育施設!」といった感じだが、ここの公園はそこまで締めつけられた雰囲気が無くていい。
水族館にしろ、森の学習館にしろ、内部は情報を伝えようとするテキストだらけで正直疲れるきらいがある。
ここは良い意味で何もない。
何よりこの公園、前述の教育施設が“合わなかった子たち”に向け、補助的にはたらいているところがいい。
受け皿とはこのことだ。
自身ももともとは釣り人で魚!魚!なところがある。
しかし、結局のところ水辺にしたって魚にしたって共感が得られない人には何をしたって共感が得られないのである。
これは実証済みのこと。
水辺業界がいくら頑張ってもハマらない人というのはハマらない。
過去に溺れた経験があって、そのときのことがトラウマになったから・・・、
それぞれ人によって理由があるのかもしれない。
強制的に淀みの中へ放り投げたってダメなわけで、しかし、なんとかしたいと思うむずかしい問題だ。
水辺に対する無関心、無気力が良き未来を生みだすだなんて想像は断じてしていないのである。
水辺のためにはたらきたい。本日入る堤体も、そのあたりを考えながらチョイスしたつもりである。







今日はちょっと特殊
午後2時25分、さかな公園駐車場を出発。堤体に向かう。
臼久保橋をわたり、丁字路を右折。道なりにすすみ、黄色の矢印では黄色の矢印にしたがう。
御宮橋をわたり、淺間神社まえを通過。
道なりにすすみ、セルバ忍野店まえの丁字路交差点、「忍野小学校前」丁字路交差点を通過。
午後2時35分、デイリーヤマザキ忍野忍草店に到着。
きょうは徹底的にやりたい。やり方がわかるまで!
午後2時45分、買い物を終え、ふたたび車に乗り込み発進する。
角屋豆富店まえ、浅野食品まえを通過。「内野」バス停を過ぎて少し走るとENEOSのガソリンスタンド(ENEOS忍野SS)があらわれる。
ENEOS忍野SSの手前の道を左折し、直進する。
およそ800メートル走って「たまご牧場」まえ。たまご牧場まえを通過し、さらに1.2キロほど走るとアスファルトの道が途切れた。
左折し、林道を400メートル。
午後2時55分、子の神川上流谷止工群に到着。
車は林道の道幅ひろくなったところに駐車した。
車から降りて入渓の準備。
先に書いておくと、今日はちょっと特殊。入渓する子の神川が伏流している。水の流れは無い。
したがって、ウエーダーは履いても履いて行かなくてもどちらでもいい。
ウエーダーを履くことを選択。
気温は19度。暑すぎないのと、マダニ対策である。
午後3時15分、入渓の準備を済ませ、林道をさらに奥へとすすむ。谷止工群の一つ一つの堤体を見ながらおあつらえ向きの堤体を探った。
午後3時40分。
今日はここにしよう。









静まりかえる堤体前
年季の入った石積み堤の上流側堆積地に入った。
水は伏流。流れていない。
声を入れようとする視線の先には2基の谷止工。手前側に1基。その奥側に1基。
それぞれ堤体は、見えている基礎部分から放水路天端まで約6メートル(手前側の谷止工)と約5メートル(奥側の谷止工)。
奥側の堤体のほうが低いというよりは、洗掘作用による地面の削れ具合の違いといった感じで、堤体の大きさとしてはほぼ同クラス。
見かけ上、2基の堤体はほぼ平行しているように見える。それでは実体はいかがなものかとコンパスを当てて確認したところ、やはり2基とも北北西(338度と345度)の方位。ほぼ平行していることがわかった。
静まりかえる堤体前。
人っ子一人おらずの状態。
伏流堤(落水の見られない堤体)という普段あまり入らない場所での音楽である。
「堤体の放水路天端から落下する水」「渓流区間で瀬となり流れる水」
今日はこれが無い。
完全に失われてしまっているノイズ発生源。
果たしてこのような環境の中でしっかり歌を楽しむことができるのであろうか。







立ち位置を設定する
立ち位置を設定する。
立ち位置は立てるところまでギリギリ下がった(下流側)ところ。下がれるだけ下がった先には石積み堤があり、これ以上うしろに立つことはできない。
立ち位置に制限が生じてしまっている。
レーザー距離計を取り出し、堤体までの距離を計測するとそれぞれ30.5メートルと71.5メートル。
30.5メートルという距離はかなり短いという印象。過去の経験からすれば、最低でも35メートルは欲しい。
普段と比べても若干詰まった感じの設定距離。
悪影響が出なければいいが・・・。
自作メガホンをセットし、声を入れてみる。
声は手前側の堤体を越えて奥深くまで響いている。
奥深くというのがどのくらい奥深くなのかはわからない。「響き」という目に見えないものを扱っているがゆえの困難だ。
ただ、感覚としては本当に奥深くまで。
ヤマハンノキ。
今、自分自身が立っている堆積地上。さらに堤体の堆積地上にも密度高くヤマハンノキの渓畔林が形成されている。
声は流域を埋め尽くすかのように生えるヤマハンノキの渓畔林に沿って奥深くまで響いている。
ヤマハンノキの渓畔林に声を入れるたび、声はヤマハンノキの幹からまた別のヤマハンノキの幹へ伝搬した。幹から幹へ。声の伝搬。伝搬の連続により、堤体前は非常に豊かな響きにつつまれていた。










ゲームという言葉
結局、この日は午後7時まで堤体前で遊んだ。
伏流堤という普段入らない場所での音楽。落下する水、流れる水。水の発するノイズがまったく無いなかでの歌。
響きづくりの障害(ノイズ)を失うことに対する懸念。しかしフタを開けてみればゲームは大成功のうちに終わることができた。
堤体前で歌うことに対してゲームという言葉を使っている。歌うことそのものの「なぜ?」について焦点を絞って説明すれば、ゲームという言い方こそ最もふさわしいのでないかと考えているからだ。
ゲーム。つまり、楽しみなのである。
歌を追求していったその先にあるのはプレーヤー自身の楽しみ。自宅玄関から出たときから堤体前に到着して歌いはじめるとき、歌い終わるときまで、全ての行動は楽しみというものに基づいている。
つまりのところ、楽しみさえ達成されていればいい。
今回、入渓した南都留郡忍野村、子の神川上流谷止工群では、その流域を埋め尽くすかのように生えるヤマハンノキの渓畔林が音楽の響きづくりに大きく貢献した。
ヤマハンノキの渓畔林さまさまといった感じで、これがなかったらゲーム展開として非常に厳しかったのでないかと思う。
目的地としてのきっかけはつねに砂防ダム等堤体類にある。これがある場所をめざしていつも行動している。
しかしながら、ゲームとして成立するかどうか。つまり、楽しみが達成されるかどうかについては、砂防ダム等堤体類にこだわらなくてもいいのかもしれない。
谷止工に触れた。しかし、水は流れていなかった。それでも、歌を楽しむことができた。
なにひとつ不満は無い。
堤体本体。
落下する水。
流れる水。
辺りを覆い尽くす渓畔林。
風。
太陽の位置。
全ての要素が完璧にはたらいているか?というところまでの追求は無くとも、しかし、楽しみは達成されたのである。
楽しみが達成されるために、必要なものが必要なだけ作用してくれればいい。
どうやら、そういうことらしい。
あとは、プレーヤー自身がその作用にしっかり気づいて活用できているかどうか。観察からはじまって活用までもっていくプロセスを大事にしたい。
伏流堤という慣れない場所での音楽。
楽しみは渓畔林の機能により達成された。
ヤマハンノキの渓畔林。
いやいや本当にありがとう。
お世話になりました。




































































































































































































































































































































































































































































