小さな目標

山梨銘醸

歳末。一年の締めくくり。

有終完美。

願うは、

美しく終わること。

怪我なく、

不行き届きな発言なく。

酒蔵を訪れた。

見るからに古い建物。

歴史は長く、270年以上だという。

自分自身、それは成人年齢に達した頃から今に至るまでのことだ。どうも酒というものが苦手でならない。

体に合わず。

受け付けず。

自らの意思ではどうにもならなく具合が悪くなる。

嗚呼。

これが、

これが何かのきっかけになればという・・・。

小さな目標がある。

ここに限ったことではないだろう。酒が飲めなきゃ山梨は難しい。

山梨を知るなら、やっぱり出来るようになりたい。

酒。

甲斐の国に引っ越して1年。山梨県民として、山梨を学ぶ身として、

酒は。

酒を。

その飲んだときの感想を言えるようになりたい。

いや、

その段階にはまだまだ。

背伸びだ。

もっともっと上のレベルだ。

まずは味の違い。

ただのそれだけでもいいからわかるようになりたい。

小さな目標である。

南向きの玄関

歌ひとつ

12月24日、午前10時半。北杜市白州町台ヶ原、山梨銘醸直売店。

怒られるかな?という思い半分に。

酒を購入した。

ここはカウンターで係りの方が相談に乗ってくれる。

しかし迷った。

そりゃそうだ。

どれにすればいいのかわからない。

試飲することが出来るのだから、本来ならばその味基準に選べばいいはず。しかし今日はこの場に車で来ているし、そもそものところ、冒頭述べたとおり自身はひどい下戸なのである。

せっかくの意も酌むこと出来ず。飲むこと出来ず。

最終的にはカウンターのところにある商品のチャート表(辛い、甘い、香りのことが書かれている。)をもとに、自らの意思で決めた。

味の違いがわかるようにという目標であるところ、非常にあっけないやり方になった。こんな決め方でいいのかと思った。果たして吉と出るのか?凶と出るのか?

それにしても、「お気に入り」というか・・・、だれもが持っているというのか。そういうものを。

日常生活のお供として。相棒として。家の貯蔵庫に常時置いておき、いざというとき出すというのであれば、それはそれは非常に頼もしい存在であると思う。

酒にたよればもっと楽な日常が送れるというのか?!

自身のストレス解消法といえば、

酒つかわず、カラオケつかわず。

砂防ダム。

である。

砂防ダムに行って歌う。

砂防ダムのために山に行き歌う。

この何とも非効率なやり方!

歌ひとつ。わざわざ遠くへ出かけなければいけないという、この時間の、金の、労力の大変なかかりよう。

それは夏でも冬でも。

今日だってここ台ヶ原宿は朝の気温はわずか4.8度という寒さだ。

これより向かう山はさらに寒くなるであろう。

なにをそんな馬鹿する?

いや、遊びとはこういうものだ。こういうものに違いない。そうおもっている。

効率とか、手軽さとか、早さ。安さ。比較すること。追求すること。その結果を他人に自慢すること。

そういう生き方もアリだ。

一方で違う考え方。

幸せは自分自身に降りてくるもの。

自分自身の価値観にしたがって幸福追求していけば良いじゃないか。人生について。これからについて。

他人の目をうかがいながら生きたとして。その先には・・・?

みごとな梁。
革製品の販売コーナー
北原家母屋
ガイドツアーに頼れば解説付きで楽しめるという。
蔵元限定の製品も。

西高東低

午前11時10分、山梨銘醸販売店を出た。

すぐさま向かいの台ヶ原珈琲に入る。

入渓前の腹ごしらえ。ランチにした。

窓からは通りの景色が見える。

ガラス越しの陽があかるい。

今年のクリスマスイブは晴れた。日本列島は西高東低きれいな縞模様が踊る冬型の気圧配置とのことである。

生まれの新潟では山間部を中心にまとまった雪が降っているらしい。

西風が強まる冬型の日。しかし、歌える堤体さがしの旅にあまり良い思い出はない。

堤体前というのは風が吹いていて、空気が動くときに響きが良くなる。

人間の口から放たれた声というのは、自然界においては相当風が運んでくれるらしい。

風が声を揺すってくれている状態が理想的だ。風がピタリと止まっていれば声は飛ばない。風が止まっている、ただのそれだけのことであるのに、堤体前を覆う空気のかたまりのなかに声を入れていくのが重い。

疲れる。

響かせようとすればするほど、

頑張れば頑張るほど、

疲れる。

重いから。

風が止まっていて、なんの手助けもない状態に不満がでてくる。

風が吹くことは歓迎すべきことだ。

で、問題は堤体前という場所。ここがなぜか無風になりやすい。それがなんの日かといえば、冬型の気圧配置の日であるということで、たちまち意味がわからなくなる。

海沿いではあんなに強かった風が、山に入り、渓を遡り、堤体前に到着するころには嘘のように無くなってしまう。

無風の重たい重たい空気の中に声を入れる羽目になる。

あぁ重い。

こんな思い出ばかり。

果たして今日はどうなるのであろうか。向かいにそびえる大屋敷の玄関。玄関に掛けられたのれんは、ときおり風を受けて激しく揺れている。

台ヶ原珈琲
こちらはランチの。
こちらもランチの。
ランチはコーヒーで締めくくり。

忍ばせの品

午前11時40分、ランチを終え台ヶ原珈琲を出る。

忍ばせの品が無い。今日はまだ。

名落語家は言っていた。

帰りのかばんには若干の余裕がございます!

こちらは入渓前。フローティングベストに若干の余裕が出来てしまっている。

このまま堤体に向かうのでは懐が寒い。忍ばせの品を買いに行くことにした。

台ヶ原珈琲の三軒となり「金精軒」へ。

ここの名物は信玄餅。金精軒の信玄餅。

間違えちゃあいけない。金精軒が製造・販売している信玄餅。

信玄餅とほか3種類の菓子を購入し、店を出た。

駐車場にむかって歩く。車を駐車してあるのは市営台ヶ原宿駐車場。

「くぼ田」というそば屋のまえを経由する。ちょっと遠回りのルートで駐車場に向かうのは、これより入渓する尾白川のようすをチェックするため。

午後0時5分、尾白川橋にて尾白川をチェック。

異常なし。

午後0時15分、市営台ヶ原宿駐車場。駐車場のトイレを借りてから出庫した。

駐車場を出てからは国道20号を西進。少し走って歩道橋をくぐると、左手に農協ガソリンスタンドが現れた。農協ガソリンスタンドのある交差点で左折し、道に沿う。

「尾白川渓谷」の看板では表示にしたがい右折。すると、田んぼのど真ん中を抜ける長い直線道路に出た。

この直線道路は「べるが通り」という名がついているようだ。どうであろう、家ひとつ無い田んぼ道に名がついているというところは今までほかに出会った記憶がない。

名称がちゃんと付くだけあって雄大な景色がのぞめる。観光資源としての機能が付随している。ただの田んぼ道に付加価値が生ずる圧巻である。

ベルガ通りを最後まで進み、丁字路にて左折した。

林間を抜ける道を行くと、最後の行き止まりにある駐車場が車で行ける最終地点。

午後0時40分、尾白川渓谷駐車場に到着した。

一帯は「台ヶ原宿」と呼ばれているエリアだ。
金精軒の信玄餅ほか
市営台ヶ原宿駐車場近くから。甲斐駒ヶ岳(中央)。
べるが通り。甲斐駒ヶ岳(左、雲がかかった山)、日向山(右、手前側一番高い山)
林間を抜ける。
尾白川渓谷駐車場

見えているのに・・・、

車から降りて入渓の準備。

新調したネオプレンの手袋が手になじむ。

午後0時55分、入渓の準備を終えると駐車場内にあるトイレへ入った。

随分立派な公衆トイレがあるのは心理的な手助けのためか?

尾白川渓谷のハイキングコース。ここは案内によれば登山道の入り口でもあるという。

山は日向山、鞍掛山、甲斐駒ヶ岳。甲斐駒ヶ岳以西については赤石山脈の縦走ルートが続いているため、そのさき奥には途方もないコースが待っている。

登山の本場ということだ。

トイレを出た。

スタート地点には入山届の記入台が。この記入台がなんとも言えない雰囲気を醸し出している。いや、気のせいではないだろう。

入山届の紙。これが焦る表情とともに掘り起こされるとき。そのときのことを想像してはいけない。寒気がする。

いつに無くピリッとしつつ、緊張感を与えられつつ、記入台横を通過した。

堤体はすぐに現れた。

ついさきほど記入台横を通過したばかりである。しかし、目的の堤体はもう目の前に見えている。ハイキングコースの谷側斜面下にある堤体。目と鼻の先ほどの距離で、斜面をすぐにでも降りて堤体前に向かいたいところだ。

しかしハイキングコースの途中にある尾白川渓谷キャンプ場の看板によれば、谷側の土地はキャンプ場の敷地内であるという。はっきり「これより有料」と書かれている。

ここは仕方なくキャンプ場のさらに上流を迂回し、入渓点からの下り歩きで堤体に向かうこととした。

午後1時05分、尾白川渓谷キャンプ場の入り口前を通過。

午後1時10分、尾白川に入渓。入渓点としたのは竹宇駒ヶ岳神社の駐車場。駐車場から尾白川に向かってスロープが下りていて、その坂を下って入渓した。

入渓点で上流側の写真を撮ったあと、下流側に向きを変える。

下流に向かって歩き出す。

水はたっぷりと流れている。ただし水量的には完全に冬の渓の水になってしまっていて、危うさを感じるほどの分厚い流れではない。

ところどころにある川砂の深く堀れたところを避けながら、堤体を目指した。

午後1時20分、堤体水表側の堆積地に到着。

やはり写真を何枚か撮ったあと、左岸側袖天端によじ登り、いちばん端まで来たところにて降下。

午後1時半、堤体前着(堤体名不明)。

尾白川渓谷駐車場のトイレ
緊張感を与えられつつ、記入台横を通過した。
入渓点から上流側
堆積地から天端越しに下流側。
堤体前着。

水と風

水はきれいに落ちている。

この場所に来るまでに堆積地とその上流を見てきている。堤体を落ちる水がどの程度であるかは何となく予想していた。

予想に違わぬ落ちっぷり。非常に好意的なこととは水が多すぎないこと。

堤体水裏にまとわりつくように落ちる水と水平方向に飛び出す水。

両者の落ち方にそれぞれ魅力があり、どちらも楽しむことが出来る。

懸念されていた風は吹いたり止んだりという展開。

吹くときは秒速5.0メートル程度までで、ときおりビューッ!ビューッ!とまとまって吹く。強い風になったり弱い風になったり。あるいは無風になったり。

いろいろな瞬間のなかで歌うことが出来そうだ。

右岸側
左岸側
天端のギラつきはほとんど見られなかった。
風速。最大・最小のあいだの1コマ。
堤体までの距離
おおよそ南西向きの堤体。

立ち位置を変更する

立ち位置を決める。

なるべく遠くに設定した立ち位置。堤体水裏の壁から離れたということだ。

距離にして44ヤード。

これよりももっと後ろに下がっても良かった。しかし、以降下流はゆるやかながらも階段状になった瀬が出来ていて、かなり目線が下がってしまう。

あたりを転がる川石によって視界が遮られ、堤体前の景色が楽しめなくなる。

それより何より、前途したとおりの瀬によって耳は詰められ、音が非常に聞きづらくなる。音楽を楽しむ身としては致命傷と言えそうだ。

ここはひとつ、階段を上がりきった場所を立ち位置に設定し、目にも耳にも楽しめるかたちでゲームを展開することとした。

自作メガホンをセット。

声を入れてみる。

鳴っているような感覚は得られている。鳴っているような感覚は得られているが、声が聞こえているわけではない。

やはり、立ち位置のすぐ後ろにある瀬の音がうるさく、響いている音をうまく聞き取ることが出来ない。

立ち位置を変更する。

川のやや左岸側寄り。堤体との距離は先ほどよりも短くなって35ヤード。この場所を選んだ理由として、とにかく一番静かそうであったからだ。

大きく岸寄りに外れたところ以外で、一番静かにおもえるところ。

実際に立ってみて納得。やはり一番静かなところというのは瀬から距離が離れている。

再度、声を入れてみる。

やはり、こちらのほうがはっきりと声を聞きとれる。局地的なノイズが変化しただけでなく、広い空間における響きについても、堤体による落水ノイズと声との両方の音を聞くことが出来る。

44ヤードの立ち位置。

この遊びならではの面白さ

結局この日は午後4時まで堤体前で遊んだ。

立ち位置の移動により見つけたのは、はっきり音を聞きとれる場所。

立ち位置は瀬から遠い場所。こちらに移動してしまえば、ノイズに巻かれることもなく非常にクリアに音を聞くことが出来る。

あとはチャレンジ。

しっかりと音が聞けるような場所を見つけられたのなら、そのまま当該良い場所に留まり歌い続けるのもひとつのやり方。だが、敢えてその場所を離れ、難しいところにチャレンジしてみるのも面白い。

よほどの環境変化が無ければ、良い立ち位置というのは良い立ち位置として変わらない。延々、同様の落水ノイズと人の声とのパワーバランスで遊ぶことが出来る。

好適な場所。

これに飽きたということではない。次なる可能性として音の聞こえ方に変化がでるよう場所を変え、チャレンジをしてみようということだ。

気分転換程度に立ち位置をちょっとずつずらすだけで、瀬のノイズも、声を入れたときの響きも少しずつ変わってくる。

立ち位置をいろいろ変えてみる。さらに歌い手自身、音の聞こえ方に対して、難しくなったとか簡単になったという感覚をもとに各所「難易度」を設定してみる。

ひとつの堤体前に難易度別、複数の立ち位置が存在しているということがわかる。

この日の場合は局地的な瀬のノイズにも、声を入れたときの響きにも、好適な場所を見つけることができた。

その場所に居さえすれば、ほぼほぼ良い響きが得られることが確定している立ち位置を早々に見つけ出すことができた。

良い立ち位置は逃げてはいかない。良い立ち位置には目印を置いておき、いつでも戻って来られるようにしておけば精神的ゆとりになる。その精神的ゆとりを元手にいろんな場所へと繰り出し、歌う場所の違いにより生じる音の聞こえの変化を楽しめばよいであろう。

うるさすぎて、まったく音楽が成立しないようなところにも敢えて立って歌ってみる。そんなことができるのもこの遊びならではの面白さだ。

さて、今年のブログ投稿はこれにて最後。

山へ出かける。川に触れる。堤体前で歌って遊ぶ。

遊びの提案として、こういったものがあるのだということを当ブログを通じて伝えてきた。

川を相手にした遊びは「釣り」や「沢登り」「カヌー」「ラフティング」「キャニオニング」といったものがすでにあって、多くの人がそれらの遊びに興じている。

自身ももともとは釣り人である。やはり川で海で魚を捕ることを人生の娯楽としてきた。

ジャンルの違いこそあれど、みな川遊びをする集団の中の一員ということであり、広い意味で言えば「川遊び仲間」ということがいえるだろう。

そんな川遊び仲間という集団の中で、「川」というものを見続けていくことの大切さは、ここに記すまでもなく多くの人が感じていることだと思う。

インターネットの発達で、世の中のことはあらゆるジャンルにおいて検索すれば調べられるようになった。これによって現代人は、大抵のことについて、それに対してどのような価値観を持って接すれば良いのか、どのように対処すれば良いのかということの答え(対処法)を導き出せるようになっている。

対処法は都市部で起きていること、人口密集地で起きていることほど情報量が多い。

逆に田舎の人口少ないところ、そもそも人がまったく住んでいないところの情報というのはまだまだ少ない。

やはり山であったり、川であったり、渓流であったりという場所についてはまだまだ情報が少ない。ゆえに、ものごとに対する対処法もわかっていないことが多い。

「熊が出た!」という報道が流れる。ある人は熊を殺してしまえ。と言い、ある人はかわいそうだから保護して山に返せと言う。

でも、じつはみな、自身を含めて野生の熊なんか見たことも無い。

そういう人が増えている。熊を見ず、熊を語る人が増えている。山を歩かず、山を語る人が増えている。

川を歩く人が減っているということの事実は、川遊び仲間ならすでにご存じの通り。フィールドに出てみれば、

あぁ、きょうはオレしかいねぇ・・・。なんてことがザラにある。

しかし、こちらも例によって語られるのだろう。人がいないはずの川がなぜ?

川を見ていないのに、川を語る人が増えてしまって果たして良いのだろうかと思う。

ものごとの判断はまず、その現状を見て、触れて、感じて、それらをもとに自分自身の頭で考えてから行なわれるのが正しいのではないだろうか?

しっかり現状を見て、見た人自身の解釈から生まれた言葉が行き交う。そんな世の中になることを望みます。

自身においては来年も頑張る所存です。

川を歩く人が増えてくれるように。

本年はありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。

白い砂が美しい。
きれいな落ちっぷりだ。
ひとつの堤体前でも、立ち位置ごとに条件が異なる。
来年もよろしくおねがいします。

やさしい堤体前

宣誓しているのは・・・、

駅弁というものの魅力にすっかりハマってしまった。

前回の神奈川県小田原市でのエピソードでは、たまたま売店の近くを通りがかったことから購入に至った「相模こゆるぎ茶飯」。

もはやあまりのウマさに後日ふたたび“駅弁を買うためだけに”小田原を再訪し、入手するというほどの熱の入れようである。

駅弁のなにが、そんなにも惹きつけるのか?

「冷たくも温かい」ではないかと考えている。

どんなに世の中が暗いニュースで侵されようとも、食という行為が無くなることはない。

人が生きていくために必要な食べ物の摂取。生きていくことイコール食べることであり、食べ物を作ってくれる人がいることで生きていくことができる。

生きていくためのものを作っている人。そういう人が社会にいるということ。

売りの舞台は駅。文化的背景もふくんでいる。駅弁は。

人の生が無くならないように。駅弁という文化が無くならないように。こうしている今も駅弁という商品に関連して、どこかで生業をしている人がいる。

人から人へと繋がるもの。

その温かさ。

塩気の効いたおかずと揚げ物の油と、そして何の変哲もない白飯を噛みつづけていると感じられる人のつながり。

冷たくも温かいという幸福に包まれる。

新富士駅南口

新富士駅へ

12月1日、午前8時。静岡県富士市川成島、「新富士駅」駅南口。

新幹線専用駅の駅前広場でさっそく目に飛び込んできたのは巨大な銅像ならぬ“銅本”。

新富士駅のある静岡県富士市は製紙業のさかんな街。市内にはパルプ・紙製造を行う会社が多数軒を連ねる。その数、事業所にして40以上。工場は50以上。紙加工品をあつかう事業所も含めると、総数は200を越えるという。(富士市産業経済部産業政策課 富士市の工業 令和3年度より。)

本には「富士市民憲章」がレリーフで作られ、その条文は

富士山のように・・・、

からはじまる5つの条文。条文は、こうして他所からやってきた観光客の目にも留まる。

観光客が見る、宣誓調に書かれた文書。

宣誓しているのは富士市民ということになるが・・・。

が、

これはイメージにない。

富士市には何人も知り合いがいるが、明るくて気さくな人が多い。

融和的で親しみやすい人が多い。

こんなカタくるしい文書でものごとを語る人は?

う~ん?ちょっと・・・。

それでも、書かれている内容は富士山を手本として直喩する素晴らしい内容。デジカメに撮ると駅舎内に向かった。

駅南口から駅舎内に入り、新幹線きっぷうりばにて入場券を購入。改札口を入場券でパスし、上り線エスカレーターに乗って駅2階の新幹線ホームにのぼる。お目当ては富陽軒の「巻狩べんとう」だ。

新幹線ホームに到着。

静かな新幹線ホーム。しかし、こちらは国内屈指の工業都市、静岡県第三位のまち富士市である。さらに富士市の新富士駅である。

シャッターの閉まった富陽軒の売店をこの目で確認したのだが、それは長い長い新幹線ホームの中。自身の背中側にもう一店舗くらいあるのだろうと振り返ってみた。

無い。

あるわけも無く!

土曜日と日曜日、祝日は休業とのこと。

ちゃんと調べておけばよかった・・・。

ふたたび新幹線ホームから下降のエスカレーターに乗り、1階におりて改札口を出る。目指したのは駅の南口方向。

駅に入ってすぐのところにコンビニがあったはずだ。

着いてわかった。コンビニと思われた店はコンビニ兼、みやげ物屋のような店。みやげ物屋なのだから、当然?!駅弁も置いてあった。

無事、購入。

お目当ての富陽軒ではないが、駅弁には変わりない。買うことが出来てよかった。

「富陽軒」新幹線ホーム上り線
まぼろしの味となってしまった。
駅の南口に向かう。
コンビニとしても。みやげ物店としても。オレンジショップ
あったー!

しらす街道

午前9時半、新富士駅駅前の駐車場を出発。

静岡県道174号線を南進し、国道1号線「宮島東」信号交差点をクロスして進むと道は左に向かって大きくカーブ。

クロガネモチの赤い実がなんともさわやかな街道の名前は「しらす街道」。

大きくカーブしたところから、およそ2キロメートルほど走った先にあるのが「田子の浦漁港」。この田子の浦漁港の名物が「しらす」であることから名付けられたしらす街道である。

途中、飲み物を買いにコンビニに立ち寄った。コンビニの隣には、なんとしらす料理専門店が。割と大きな建物は網元直営の食堂ということで、漁にしろ店にしろそんなにも儲かるのかと感心してしまった。

コンビニ駐車場を出てからは、しらす街道を田子の浦漁港まで走る。田子の浦漁港では右折。新江川橋をわたり、道なりに進んでいくとすでにゲートは開いていた。ゲートを越え、そのまま公園駐車場に到着した。

駅前駐車場を出発。
駅前はレンタカーショップが多い。
しらす街道
田子江川と新江川橋
田子の浦漁港

幕の内弁当

午前10時10分、公園駐車場。

公園の名称は「ふじのくに田子の浦みなと公園」。

外は晴れている。

気持ちのよい晴天の空の下で、弁当タイムというのもありな気がするが、トンビに見られていそうで怖い。

いま風な言い方をすれば、これはトンビが悪いのではなく、その生息域に侵入していった人間の方が悪いのだということになって、食糧強奪の際にこちらは同情の余地も与えてもらえない。

鷹の目ならぬ鳶の目を避けて、車内の安全なところでゆっくりとその味を堪能することとした。

静岡の戦国武将、今川義元の駿河凧が描かれた駅弁は東海軒の幕の内弁当。

さっそくフタを開けると何とも彩り豊かに。

揚げ物も蒲鉾も卵焼きもウグイス豆も入っている。各食材が収められたトレーは白色で、その白色トレーの上で彩り豊かにおかず各色が輝いている。

美味そう・・・。もそうなのだけれど、豪華すぎて申し訳なくなってくる。

昨今の報道では、日本が貧しくなった。日本が貧しくなった。とばかりであるが、こんなにも豪華で文化的背景もふくんだ食べ物をあたりまえに口にすることができる国。日本。

貧しくなったと言っているヤツらは何をもって貧しいと言っているのか?

自由に車を走らせ、この場に来ることが出来て、食べ物を奪われない安全も担保され、世界中から届けられた食材を口にできる今の自分。

本当に本当に豪華な食事なのだということを忘れてはならない。

弁当をつくってくれている人。日本の人なのか?海外からの人なのか?

輸入食材の使用を考えればオールメイドインジャパンでないことは火を見るよりも明らかだ。

申し訳なさとともに完食。冷たくとも温かいという幸福感とともに。

東海軒の幕の内弁当。

ドラゴンタワー

駅弁を食べたあとは、富士山ドラゴンタワーに登ってみた。

ドラゴンタワーといえば、これからは年始の初日をひかえているという。伊豆半島のつけ根部分(発端丈山山頂よりも少し右のあたり)、山の稜線より上がる初日が見られるという。

もちろん、そういった特別な日でなくともここの展望デッキから見える景色は素晴らしい。

北向きには富士山と富士市の街並み。南向きには広大な海。

雄大な景色を望める展望デッキは、静岡県内、駿河湾眺望スポットとして間違いなくトップクラスにランクインするであろう。

これからの季節は冷たい風が吹くが、しっかり着込んでいけば問題ない。とくに、風を通さないようなアウターを一番外側に着ると、いやな寒さを感じずに楽しむことができる。

海の青さ。空の青さ。富士山の青さ。青さに染まる富士市のみなと公園。

荒天時をのぞけば間違いなく遊べる場所であると思う。冬場でも。

富士山ドラゴンタワー
富士山と富士市の街並み
駿河湾と伊豆半島
ツワブキが咲いていた。
花はしっかりとした黄色。
陽は暖かくも、風は冷たい。あしからず。

すどちゅうのあたり

午後1時、ふじのくに田子の浦みなと公園を出発。

来た道を折りかえすように田子の浦漁港、しらす街道、国道1号線「宮島東」信号交差点とつづく。

「宮島東」信号交差点では右折。

国道1号線に乗り東進。イオンタウン富士南を右手に見たあとには「江川」信号交差点を通過。

この江川信号交差点を過ぎたのちの「依田橋高架橋」は信号機の全くない区間。

橋上は東海道新幹線が並行して走ったり、富士市の工場群を望める。さながら高速道路のような雰囲気をもった快速道路は、富士東インターチェンジ、沼川橋もふくめ「桧町北」の信号交差点まで計れば、およそ5.6キロメートルにもなる。(江川信号交差点を起点とした場合。)

走れる展望デッキと言ってもいいくらいの心地よい快速区間。これを越えたあとには「中里西」信号交差点。

ここで左折し、2.5キロほど直進。岳南電車「川尻踏切」を越え、学校の校舎が見えたところで車を停車。

「すどちゅうのあたり」

富士市立須津中学校の辺り。略して、すどちゅうのあたり。

自身にとって、すどちゅうのあたりは静岡県東部地区を代表する伏流河川の名所。

須津中学校の道路挟んで反対側には須津川が流れている。

ここはいつ来ても伏流している。(と思い込んでいたのだったが・・・。)

流れはこの付近より約1.5キロほど上流にある「二ツ目橋」のあたりまで行かないと回復することがない。

当地は富士山の噴火物により地層が形成されているため、伏流が起きやすい。ならば元々はか細い流れなのかといえば決してそんなことはなく、上流の地表水ながれる区間は「須津川渓谷」と呼ばれるほど立派な谷あいが形成されていて「大棚の滝(おおだなのたき)」という、市内最大の直瀑まであるほどだ。

さて、

須津川の伏流のようすをカメラに収めようと川へ向かったのであったが・・・。

???

流れている。

今日はどういうわけか水が流れていた。しかも、かなりしっかりとした流れで。

???

ふたたび車に乗り込み出発。東名高速のガードをくぐると丁字路にさしかかった。

丁字路を右折し、そのまま道なりに進んだ。進んだ道のりは5キロ。

午後3時、大棚の滝第二駐車場に到着。

依田橋高架橋
画像左端が富士市立須津中学校。
すどちゅうのあたりを流れる水
それは今おもえば・・・、
この異常事態を伝えていたのだったのか?(四ツ目橋)

須津川ダムへ

車から降りて準備をする。

寒さをしのぐため上半身にはレインウエアをはおった。

ウエーダーはアルミ製の背負子に。メガホンの入ったバッグとともにくくりつける。

午後3時15分、歩きを開始。大棚の滝、須津山休養林キャンプ場とつづいたのであったが、結果は画像のとおり。

11月2日に受けた豪雨により、須津山休養林キャンプ場より北の区間は林道が通行止めの措置。

本日は大棚の滝より上流2基目の堤体に入る予定であったが、堤体へとつづく林道を使用することが出来ない。

このまま帰ることも考えた。しかし、せっかくここまで来たのだからということで堤体を変更することに。変更先は大棚の滝下流の「須津川ダム」だ。

須津山休養林キャンプ場、大棚の滝、大棚の滝第二駐車場と、歩いてきた道をもどり、さらには車で走ってきた区間もふくめて少し行くと「須津山休養林案内図」まえ。

この案内図をかわして看板裏に入りこみ、護岸が途切れた地点から須津川に入渓した。堤体は入渓直後に。

午後3時40分、須津川ダム着。

げっ
川の様子をうかがいに滝見橋へ
滝見橋から大棚の滝
豪雨の爪痕が・・・。
須津川ダム

豪雨の爪痕

水はしっかりと流れている。

豪雨の激しい流れを食らったあとにも関わらず、とくに落水が左右どちらかに偏ったりすることもなくきれいに落ちている。

かとおもえば、堤体前。見れば凄惨たる状況。

どこにどんな石が並べられてあったかまでは記憶にない。しかし、明らかにこれは豪雨であるとか洪水であるとか、とにかく大水が出たあとの河川の姿であるということが見てわかる。

河床の石が強烈な水の流れに押されて動いた跡。動いた跡の起点には落ち込みができ、それより下流には泥質の底でヒラキが形成されている。

川石の球面は上面も下面も区別なく白い。石が転がったことにより、向きは天も地も無くなってしまったようだ。

もともとは左岸寄りであった流程の位置は変わりなく。対して流程の位置以外、川岸のなかでは流されてきた石が溜って、溜った石と石のあいだに砂が乗って陸地が形成されている。

陸地は足を乗せても崩れず、歩きやすい面が出来ている。この上に乗って歌ったりすることも考えれば、立ち位置の選択肢がひろがった。

主堤水裏
石がごっそりと流されている。
ここもかなり石が流されている。

大石の上に乗る

堤体前、立ち位置として設定したのは主堤から44.5ヤードの位置。

たしか・・・、

たしか、この大石は動いていないはず。

流れに踏ん張り、この場に留まり続けたか?記憶に微かに残る大石は豪雨に耐えきることが出来たのか?

大石の上に乗った。

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

気持ち良く鳴ってくれている。

落水ノイズとのバランスが良い。

堤体前の空間に響く音は堤体本体の落水、堤体より下流の落ち込み、瀬の三者によって支配されているが、その中に声を入れていって、音は壊されながらも残ってくれている。

たしかに堤体前はノイズでうるさい。しかし、声はきちんとその中に残って存在感を示している。

水の生み出すノイズと人間の声。

けっして「しっかり聞いてやれば・・・。」というほどの頑張りあってのことではなく、聞き流すように、イージーに聞くことができる。

水が鳴っていて、歌い手自身の声も鳴っていて、非常に心地よい空間が作られている。

この大石はたしか前からここにあったはず。
レーザー距離計のようす
方位はほぼ真北
微風
須津渓谷橋

ときに・・・、

この日は午後5時まで堤体前で過ごした。

豪雨の爪痕がのこる堤体前でのゲームとなった。

この音楽は水という自然物にかかわっているとともに、水そのものが川という、やはり自然物とともにあるのだということを認識する機会となった。

自然物である以上、演奏施設として人間が思ったようにすべてをコントロールすることはできない。目の前に用意された状況に人間側が対応することとなる。

ときに神経質に。

ときに楽観的に。

この日の場合は、非常に楽観的に堤体前を楽しませてもらった。

水の生み出すノイズの中で人間の声が響く、理想的な力関係の中で遊ぶことができた。

声を入れていけばすんなりと音が響いてくれる、やさしい堤体前で音楽を楽しんだ。

立ち位置は大石の上。