
過去のエピソードのことを書くようで申し訳ない。しかし、今回はそのときのリベンジともいえるゲームである。
山梨県都留市、戸沢川に入渓したのが今年の5月のこと。その方位、ほぼ真東の堤体を相手に朝日のゲームに挑み、失敗をしている。
あれから3ヵ月が経った。
もう8月も下旬。あと1ヵ月ほどで秋分の日をむかえる。
日の出、日の入り。ともに日を追うごとに太陽はどんどん南方へ向かっている。挑むならば、朝日のゲームもそろそろラストチャンスかな。と感じていた。
来年まで待とうか?とも考えた。
いや、だめだ。
今年中にやってしまおうということになった。
午前中に良い成果が上げられれば、未来へ希望が持てるようになる。そのことを知っているから。
ほんとにほんとに不思議なんだけれども。
未来へ希望が持てるようになる。
究極のゲーム。
朝日のゲーム。
リベンジに行ってきた。

duckアヒルちゃん
8月18日、山梨県南都留郡富士河口湖町。
午前4時。まだ夜明け前の河口湖。風浪の無いしずかな湖面。少し遠くには河口湖大橋の橋灯が見える。
湖面に浮かぶのは「duckアヒルちゃん」。
桟橋で待機するduckアヒルちゃん。あとこれから数時間後には湖上での接客が待っている。湖上をプカプカ右往左往、人間どもを遊ばせるのがduckアヒルちゃんの仕事だ。
待機中のduckアヒルちゃん。
今日はどんな接客が?
富裕層がいいか?
金持ちで、時間にシビアで、ちょっと乗ったくらいで「もういいでしょ」と漕ぐ足ををゆるめてくれるような紳士、淑女がいいか。
嫌に決まっている。ガツガツした野郎は。
ゲラゲラ笑いながら、ぶっ壊しかと見紛うくらいにペダルをグイグイ踏み込むようなヤツ。ハンドルは無理に回すな~
ライバルは同僚の「トムキャット」。
モーターボートは湖上を華麗に滑走する。もちろん運転手付きの高速客船は、河口湖の風景をガイドまでしてもらえる。
風を切って優雅に。
高速クルージング。
かたや。
かたや、足こぎのペダル。
こちらはゆったり、スローに。
河口湖の湖上をプカプカクルージング。
モーターボートほどの派手さはありませんが、軽い運動をしながら思い出作りができますよ~
来湖の際はぜひ河口湖遊覧船天晴まえ、duckアヒルちゃん乗り場へ~

押し寄せている!
午前4時50分。湖畔をちょっと移動して「浅川温泉街」バス停まえにやってきた。
河口湖湖畔としては最東部に位置するこのエリア。ここには町内最大の旅館街が形成されている。
「霊水の湯」を源泉とする浅川温泉の旅館街。
ワンド状になった湖畔に寄り添うようなかたちで大型ホテルが立ちならぶ。その姿は圧巻だ。
宿の付加価値が高まるのは、温泉のみならず、河口湖のレイクビューを兼ね備えること。
窓から、テラスから、露天風呂から、とにかくレイクビュー。
強者はさらにすごい。
河口湖の湖面を南に眺望することができる数軒の宿は、レイクビューのみならず、加えて富士山をも眺望に収めることができるのだという。
これぞ日本の景観「富士山」となれば、人気の宿になってしまうことは想像に難くない。一体どんなものかとネットの画像、クチコミを拝見してみれば、もはや隠しようのない盛況ぶりである。
聞いてはいたのだけれど。
外国人が押し寄せている!
そんな噂は山梨に住んでいれば勝手に入ってきていた。
日本人だけではないらしい。失礼。”海外からのお客さん”だけではないらしい。
温泉街各ホテルは戦略もさまざま。宣伝広告をガンガン打っているところもあれば、沈黙とともに勝負する宿もある。
黙っているのも戦略。静寂とか閑静といった空気感を売りにしたいという宿・店もあるであろう。しかし、外圧である。相手は。押し寄せる人。制止のさせようが無い。
成田経由、関空経由、羽田経由。紆余曲折経て、しかしこの地に間違うことなく集結するという状況は、想像するともはや怖いぐらいである。
宿泊希望者以外は、日帰り客となって押し寄せる。旅館街と言ったって、観光施設は宿だけではないのだ。
コントロールなんてしようが無く、賑やかになってしまう。
盛況すぎる状態というのも、それはそれでいろいろと苦労があるような気がする。




大石公園
午前5時20分。河口湖の北西部、富士河口湖町大石にやってきた。
降り立ったのは大石の有名観光スポット「大石公園」。大石公園といえば、初夏のラベンダー。そしてこれからは秋の紅葉シーズンのコキアが有名である。
まだ夜が明けて間もない湖畔庭園はラベンダーの存在感が強かった。
淡い灰色混じりの紫は、花とすれば終盤。しかし、その厚みのある香りからは花としてまだまだ終わっていないという主張が感じられた。むしろその生命感に感心させられた。
香りラベンダー。造形はコキアが担当する。
綺麗な球体に育て上げられたコキアがこれまた見事であった。庭園上、等間隔にならべられたコキアが富士山、湖面、湖面対岸の景色とマッチする。
この視界のなかに無機質な直線景色は存在しない。建造物などによって破壊されることの無いやわらかな景色は多くの人々の心を癒やすであろう。
色付いていない状態のコキア。しかし、これで十分なのだ。自身もホームセンター店員時代には関わりのあった植物であるが、これを商品として扱うとき、つまり店頭にならべる段階でまだ葉は色付いていない。
緑色の状態で売る。緑色をしていても、売り場を歩くお客からは感嘆の声が上がる。独特の球体フォルムが人々の心を惹きつけるのであろう。
秋の紅葉シーズンがいいというのもたしかに言えるかもしれない。だれしも限定という言葉には弱い。秋にだけ赤く色付く。だからみなさん秋に来てね!という戦略。しかし、実体はそれ以外でも全くもって楽しめる植物「コキア」である。秋まで待たずとも大石公園は十分楽しい。







すでにかなり明るい
午前5時半、車に乗り込み堤体に向かう。
砂防ダム音楽家、森山登真須。本日は、朝日のゲームである。まずは朝、日の出まえの時間に堤体前に立つことが重要だ。
大石公園を出発し、山梨県道21号線を東進する。長崎トンネルをくぐり、「広瀬」の信号交差点を直進でぬける。
すでにかなり明るい。
堤体前の日の出に間に合わないかもしれない。
焦る。
しかしこんな時こそ住宅街の道は避け、なるべく太い道を行く。
音楽と森の美術館まえを通過。「林の橋」をわたり、直後の信号交差点で左折。
道なりにすすみ、国道137号線に突き当たったところでもう一度、左折する。
新御坂トンネル方面に向かって北進。道は峠の茶屋・天下茶屋分店まえが注意カ所。当該カ所のきつい左カーブも越えて山道を登っていくとやがてあらわれるのが「新御坂トンネル」。新御坂トンネル手前の分岐では右折する。
道はかわって山梨県道708号富士河口湖笛吹線(旧国道137号線)。ぐねぐねと曲がる旧道は対向車に注意しながら登っていく。道は2.8キロほど登っていったあたりで左手に土場があらわれる。ここは林業者用の作業スペースなので通過し、直後の左カーブを過ぎたところ(道幅の広くなった)に車を置いた。





美堤
車から降りて入渓の準備。
ここ最近はクマ出没のニュースが多い。熊鈴、ホイッスル、熊スプレーの3点セットを持ち出す。
あとは、登山用ポール。熊の成獣相手にアルミの登山棒では非非非力なこと此の上ないが、丸腰で闘うよりはあった方が良いはず。
午前6時10分、歩きをスタート。
さきほど車で通過した左カーブまで戻り、2本のカーブミラーのちょうど中間あたりのガードレールを跨いで越える。
すると、下り斜面のしたに石積みの堤体を見つけることができる。この石積みの堤体に向かって斜面を降りる。
石積みの堤体に乗ることが出来たらいよいよ「西川」に入渓する。
入渓の直後に知ることができるのは、美堤の存在。弁当箱大の乱石が等間隔に嵌めこまれたコンクリート堤は平成7年度製の谷止工。
放水路天端の横幅は長く、上流からの流れをしっかり左右に分散できている。
水が乱石に絡まりながら落ちていく様子はなんとも美しい。渓畔林もしっかりとした渓流区間で、そのみどり鮮やかな枝葉の下で過ごす時間は至福の時となるであろう。
しかし、惜しくも。
惜しくもこの堤体は巻いてしまう。
本日のゲームは朝日のゲームなのである。
堤体の方位というのが戦略上、合っていない。おおよそ北東向きに構えられた堤体では太陽の軌道との相性が良くない。
本当に本当に惜しいのだけれども、この美堤はパスすることとし、さらに上流を目指した。
午前6時半、美堤を巻いて堆積地に乗ることができた。目的の堤体は直後にすがたをあらわした。








水が少なく見える
水はきれいに落ちている。
この堤体もまた放水路天端の広い谷止工である。
流れをしっかり左右に分散できていて、とくに水が集まって落ちているようなカ所は見受けられない。
さきほど巻いてきた美堤よりも落ちる水が少なく見えるのは、
①目の錯覚
②地表水と地下水への分岐
いずれかが原因である。②についてはよくあることで、土砂で一杯になった堤体であっても水ははるかそれより下をくぐり抜け、堤体本体のコンクリート最下部よりもさらに低くなったところをやはりスルリと抜けて下流へ続く。
水が堤体を上から下から越えることになるので、ときには(水が)少なく、ときには多すぎずでちょうど良いという状態を作ってくれる。
本日見たかぎりでは水が少なく、もの足りなさを感じる。
その理由が①にあろうと②にあろうとベストな状態とは言い難い。
堤体水裏斜面を白泡たてながら、もっと分厚く落ちてくれている状態の方が周囲の景観にマッチしてくれるはずである。
もっともそんな状態をお望みでなのであれば、降雨後のタイミングにおいてこの堤体前に入れば良いわけであるし、しっかり地表水となって落ちている堤体前でやりたいのならば、先ほどの美堤を選択することだってできる。
砂防ダムの音楽というのは、堤体の選択ふくめたゲームなのである。
この時期、この時間帯、この一週間どんな雨が降った。そういった情報をもとに、どこの堤体に行ったら良いのかな?という予測をし、それにともなう選択をすることからゲームが始まる。
水が少ない物足りない!じゃなくて、プレーヤー自身の予測が甘かったからここでやらなければならなくなったとするのが妥当。
水は増やせない。
それが堤体前。
まずはそこに今日、行くのかどうか?
戦略を立てる。
動くのはプレーヤー自身。責任もプレーヤー自身。
責められるべきは甘い予測をしてしまったプレーヤー自身なのである。





ノイズと声と
ともあれ、堤体の方位は戦略上あっている。
90度。真東方向を向く谷止工の堤体前に立ち、朝日がのぼるのを待った。
午前7時20分、急上昇!朝日がのぼった!
自作メガホンをセットし、声を入れてみる。
渓畔林のなかで声がここちよく鳴っている。
二段のナメと大石の向こう。高いところにある堤体までしっかり声が入れられていることがわかる。
50ヤードの距離を隔てた自身と谷止工の空間のなかで確実に声が響いている。
水がもの足りないといった堤体前。しかし、水は幾重にも連なる段差を越えながら確実にノイズを発している。
ここは音楽ホールではない。スタジオ、ライブハウスでもない。河川の渓流区間である。つねに水によるノイズが鳴っている。しかし、こんなところでも音楽というのは楽しめてしまうものなのである。






戦略を立てる
結局、この日は午前11時まで堤体前で過ごした。
満足度の高いゲームが出来た一日であった。
高い満足度につながった要因としては川、森、太陽の三者による景観の良さが大きい。
朝日を真正面に見るなかで、堤体水裏にはしっかりとした暗がりができていた。
太陽が強く照らしている空間における影の強さ。それをしっかりと確認することができ、集中して歌に取り組めた。
今後の課題としては、「もの足りない」とした当日の水量について、もっとしっかり予測をしてから入渓するようにしたい。
景観が良かった堤体前も、落ちる水がよりたっぷり、より分厚かったらさらに良かったのではないか。
これはもっと(当日の状況より)水が多い状態が理想的だったのかという仮定。
悪いもので、自身が実績を経ていない仮定のはなしである。
現実には水が増えたときに、ノイズと声とのパワーバランスが変わってしまうケースが考えられる。
歌おうとするときの気分の高まり。
景観によって歌い手の心境に変化がおとずれるのは良いこと。しかし、声がきちんと響いてくれるかどうかというところで、本日のようにはうまくいかなくなるかもしれない。
予測。
しかしこれが難しく、また面白い。
水は増やせない。
木は増やせない。
太陽は好きな位置に変えられない。
それが堤体前。
まずはそこに今日、行くのかどうか?
戦略を立てる。
動くのはプレーヤー自身。責任もプレーヤー自身。
楽しめるかどうかはプレーヤー次第である。




