
駅から徒歩で行ける堤体はじつはとても理想的といえる。
砂防ダム等堤体類をまえに歌うということのメリットのひとつに環境負荷が少ないということが上げられるからだ。
今すでにある堤体を利用し、そこで音楽をおこなう。
電気もガスも水道も使わない音楽をする。
川も森林も太陽もすべてが自然エネルギー。自然エネルギーを利用し、長期持続可能なかたちで音楽をする。
堤体前に立って歌っているそのときだけを考えれば、環境負荷においてほぼこれにかなうものは無いといえるのではないか。
砂防ダムの音楽は環境にやさしい。
であるからこそ、唯一の欠点。このことで頭が痛い。
唯一の欠点は、堤体までの移動において環境負荷が生ずること。
山に向かわなければならない。坂を登らなければいけない。長距離を移動しなければならない。
やはり車というものが手放せなくなってくる。
秋の紅葉シーズン。
この時期は日本各地で交通渋滞が起きるのだと聞く。
木の葉っぱが紅に黄色にいろ付く季節。
じつに日本人の「粋」な趣味であろうとおもう一方、その行動によって多くの温室効果ガスが空気中にばら撒かれている。
静寂の植物観賞のうらで、せかせかと排気ガスを吹き上げるエンジンのことを考えるとやはり気分は晴れない。
美しいことをやっているように見えて、じつは犠牲をだすような行為をしているのが憎い。
音楽の美しさとか、音楽のすばらしさを説くなら、そういった見えにくい部分についてもしっかり矛盾無くクリアされてなければならない。
移動において。
移動においてはこの上なく、配慮されたかたちで行われることが理想的だ。
なにが一番理想的なのか。
電車だったら環境負荷を抑えることができる。
一度に人を大量輸送できるから。
各個人で自家用車を出すより効率がいいから。
電車に乗って最寄り駅まで。
そして、
電車から降りて歩いて堤体へ。
駅から徒歩で行ける堤体。
この移動こそがもっとも理想的なのだ。

問題アリ
問題アリである。
申し訳ない。
???
冒頭いろいろ偉そうに書いてしまったのに、
車で来てしまった・・・。
という暴露から話しははじまる。
11月16日、午前11時15分。大月市笹子町黒野田。JR中央本線笹子駅。
駅前駐車場に車を停めた。
駅前駐車場は、
タイムズのB笹子駅駐車場。
タイムズのB駐車場といえば自身が静岡県時代から大変お世話になっている駐車場だ。
運営はタイムズ24という会社。
あの駐車場のタイムズである。
以下はタイムズのBのつかいかた。
スマートフォンで「タイムズのB」のサイトにアクセスすると、トップ画面に検索窓があらわれる。
この検索窓に都道府県、市町村などを入力すると、地図があらわれて駐車場の位置を示してくれる。
駐車場は駐車料金の書かれた吹き出しで示してくれるのでまずはそちらを確認。駐車料金は一日あたりの駐車料金である。さらに吹き出しのところをタップすると、駐車場の名称や代表画像を見ることができる。
代表画像のタップで駐車場の予約画面へ。予約画面では駐車可能な車のサイズや利用時間、予約可能な日にち等、より具体的な利用条件を確認することができる。
利用条件を確認してオッケーならば、あとはクレジットカードの登録、利用する車の車種の登録、ナンバーの登録などを済ませたのちの決定ボタンで予約完了となる。
自身が使ってみての感想としては、コインパーキングも無いような田舎において駐車場が確保できること。このことが大きい。
砂防ダム等堤体類を追いかけていれば田舎に行くのは当たり前。そんな中で、きちんと駐車場を確保することができる。
さらにスマートフォンひとつで予約~決済までできる手軽さが良い。
駐車場に空きさえあれば、当日予約も可能。
気象条件の急激な変化、堤体前環境の予想はずれなどにより、出掛ける先が急きょ変更になった場合でも駐車場を確保することができる。
ちなみに、まさしく今回は予想はずれが起こった。急きょ大月市笹子に入ることが決まったのであるが、前日の11月15日に予約をすることとなった。
まさかの前日予約。
祈るような想いでサイトを開いてみたところ、なんと運よく空きがあって予約を入れることができた。
秋の紅葉シーズン真っ只中という状況下、しかも日曜日の予約である。
本当に運が良かった。
予約は早い者勝ち。長いところでは13日前から予約を入れることができる。今回予約することができた笹子駅は4日前から予約を入れることが出来たようだ。
車を停められて一安心。
これで本日のスタート地点が出来た。

北条氏綱
腹が減っては戦ができぬという言葉は北条氏綱という人が言った言葉らしい。
では、北条氏綱のことばを借りて、
「腹が減っては戦ができぬ!」
笹子駅ちかくの笹一酒造へ歩いて向かう。
午前11時25分、笹一酒造の付属施設であるSASAICHI KRAND CAFEに到着。
店に入り席に着く。するとさっそくお冷やが運ばれてきた。だが、なにやらコレが普通ではない。
「笹一酒造の仕込水」と書かれた中瓶が、水を注ぎ入れるためのコップとともに渡された。
さて、どんなものかと・・・。
口に入れてみるとじつに雑味のない水。
うまい、まずいとかじゃなくて、とにかく味がしない。
良い水なのだなということがわかる。
水に感心していると注文していた品「笹一酒粕ほうとう」が運ばれてきた。
こちらは本当にうま味の濃いスープで作られたほうとう。やはり酒粕がその濃さにつながっているようでクセになる。
このクセにはまってしまい、スープは全部を飲み干してしまった。
そしてなんとなくからだに良さそうなところがまた大変にここちよい。
このほか、当日は口にすることがなかったが、同じく酒粕をつかった「かき氷」がこの店の名物とのこと。
こちらはもっと暑い時期にチャレンジしてみたい。自身は下戸なのだけれども、ほうとうは完食。おいしくいただくことができた。かき氷のほうも期待大だ。
再訪を誓い、店を後にした。





笹子駅で準備
午後0時10分、笹一酒造を出発。
午後0時15分、ふたたびタイムズのB笹子駅駐車場に到着。
「駅から徒歩で行ける堤体」だ。
歩こう。
駐車場に停めた車のハッチバックを開け、入渓用の装備をとりだす。
今回は背負子スタイルで堤体に向かう。ウエーダーを履くのは、堤体至近にたどり着いてから。
堤体前までの距離はおよそ3.0キロ。3.0キロなのだけれども、やはり登り坂をともなった道が待っているため、まずは薄着でスタートする。
上半身はTシャツのうえにジャッケットを1枚だけ。下半身は防寒タイツを履かずにスラックス1枚だけ。
少し迷った。なぜならこれから年明け1月・2月の厳寒期でも同様のシステムで動いているからだ。
暑すぎはしないか?
しかし、よくよく考えれば厳寒期には新規開拓をすることが多いから遡行がメインとなる。
今回のように道路歩きメインの(このあと道路歩きメインの行程が待っている。)行程とはまた少しちがっている。
まぁ、少なくとも危機を感じて流すような冷や汗とは無縁であろうから、心穏やかに歩けるはず。考えるべき課題は、ごくごく単純な歩行運動によって発生する熱のことだけだ。
あとは、到着後。堤体前でいかに快適に過ごすかということも忘れず。
移動時の状況。足が動いている。それに反して、堤体前で歌っているときには足が止まっている。
寒くなる。
そのときのための防寒着も忘れない。
吸汗発熱素材の長袖を腰に巻いておく。
これならショルダーバック等を重量増させることなく持ち運べる。
動いているとき、止まっているとき。双方の状況を想定し、準備をすすめた。





堤体に向かう
午後0時50分、準備を終えタイムズのB笹子駅駐車場を出発。
まずは「笹子駅入口」丁字路信号の横断歩道をわたる。
スタート早々。
予定通りの。
ショッピング。
「みどりや」に立ち寄り笹子餅を購入。
再スタート。
東進するとふたたびの笹一酒造。笹一酒造のまえを通過し、笹子川橋をわたる。
午後1時10分、富士急バス「吉久保入口」バス停に到着。左折し、JR中央本線吉久保ガードをくぐる。
吉久保ガードをくぐったあとは丁字路を右折。「稲村神社」にむかって歩き、神社の直前で左折。
道なりにすすんでいくとやがて進路は東進から北進に変わる。
中央自動車道にかかるオーバーブリッジ「原平橋」をわたり、さらに北進をつづけると動物遮断用のフェンスが登場。
午後1時35分、動物遮断用のフェンスを開けて通過。通過の後にはフェンスを閉じる。
フェンス直後の櫻公園では小休止。公園の中央には大鹿川が流れており、川のようすをチェックする。
異常なし。
ここで公園の少し下流に注目。少し下流にはなんとも年季の入った石積み堤を確認することができる。
これが少なく見積もって50~60年モノの堤体。なのだがいろいろと不明。銘板を探してみたのだったが見つけることが出来なかった。ちなみに櫻公園自体はこの石積み堤堆積地にできた公園ということになる。
午後1時55分、櫻公園を出発。
橋を一本わたり、道幅の狭いスギの林間道を登っていくと、沢の音が一段と大きくなった。
堤体だ。(堤体名不明)
堤高は20メートルほど。堤長もかなり長い堤体。
惜しむらくは左岸側にはっきりとしたブルドーザー道がこしらえられてしまっていること。渓畔林が育つ環境とはほど遠い。いや、もし仮に生えてきたところで妨害樹木でしかない。なんて言うより先にシカたちのえさになるのが現実か。
土木工事用に付けられた、なんとも無機質な砂利道。
敷かれた砂利をふみ鳴らして堤体を巻くことができた。そのことが唯一の救いであった。
堤体の堆積地へ。
ここで背負子を下ろしウエーダーに履き替える。ここからは渓行になる。
堤体の直前までスニーカー履きで来られたのは非常によかった。スニーカー歩行によるスムーズかつ疲労感少ない移動は非常に効率的なものだった。
午後2時25分、ウエーダーに履き替え、歩行を再開する。
堆積地の小石を踏みならし、倒木を跨ぎ、スギの林間を抜けるように遡行していくと目の前に堤体が出現した。
午後2時40分、「大鹿川砂防ダム」に到着。














陸地
水は湛水し帯状に落ちている。
水の落ちる先は水タタキ。水タタキ区間を通過後、水は左岸側に向かうとそのまま護岸に寄り添い下流へとつづく。
護岸の長さは70ヤードほど。
しばらく水と護岸は並行し、護岸が切れ目に達する直前、見計らったように水は護岸から離れて下流へ。
なんとも目をもった生き物のような川である。しかし、実際のところは川の中央一帯に生える渓畔林の影響であろう。
堤体供用開始より上流から流れ着いた微量の土砂が先駆性樹種「フサザクラ」を育んだ。そのフサザクラの幹や根が流れの抵抗物質となって土砂をせき止める。
そこにさらに、また別のフサザクラが生える。このフサザクラの幹や根がまた流れの抵抗物質となって土砂をせき止める。
以降その繰り返し。
結果的には川の中央付近にフサザクラの渓畔林と大量の土砂が残る。行き場を失った川の水は、片岸側につくられた直線状の護岸に助けられ、どうにか土砂の圧力に負けることなく流れを保つという格好になる。
左岸側の護岸に寄り添って流れる水。対して、川の中央付近は完全な陸地。
この陸地を立ち位置にする。プレーヤーは、正面には放水路天端から落ちる水を見、足元には水が流れていないという状況に立つ。
陸地に立って歌えるのだから、これは始めたての人でも比較的違和感なくやれるのではないだろうか。
水の上で歌うなんて・・・、という否定的な人にもきっとエントリーしやすいはず。
いろいろと期待をさせてくれる堤体前だ。







転石・段差の少なめな河床
自作メガホンをセットし声を入れてみる。
鳴る。
それもかなり心地よく。
視界の先にある堤体本体、左右両岸、いずれもコンクリート物質に囲われた空間であるが、きちんとその外側、広い範囲で声が鳴っている。
護岸より高いところ。内側には広葉樹が生え、外側にはスギ。
声はちゃんととスギ林の深いところまで届いて、その奥から返してくれる。
ノイズと声とのバランスもいい。
やはり堤体前はコンクリート物質に囲われた空間。ノイズ自体もその空間内を支配しようと響くのだが、声で負けることが無い。
そもそも転石・段差の少なめな河床は、ノイズ発生源に乏しい。コンクリートの壁の中で音を支配しようとしたところで元々のパワーが小さい。
ノイズ攻略が「壁」によって難しくなることがある。しかしこの場所の場合、元の力が大きくないため脅威とはならない。
しっかりとしたノイズが襲ってくる堤体前という印象。しかしながら、そのパワーにおいてはヒトの声で十分対応できるレベルにあるといえそうだ。





良いものが出来れば
結局、この日は午後4時半まで堤体前で過ごした。
今回入った大鹿川砂防ダムは駅から徒歩で行ける堤体である。
歩きで行けることによって、冒頭記したような環境負荷をおさえる遊びが展開できる。
ほかには?
誰にでも行ける堤体。これが実現できるであろう。
砂防ダム等堤体類を前に歌うという行為を提案している。しかし、これが一部の人にしか実現できない遊びであったら面白くない。
子どもから、お年寄りまで。金持ちから貧乏人まで。歌の上手い人から歌の下手な人まで。
だれにでもやれる遊びでなくてはならない。
遊びとしてやること。また、遊びを研究すること。その発展にも期待をすることができる。
音楽的なこと。それだけで見たって、まだまだ上手くいかないことが多い分野である。
堤体前について。もっともっと万人受けする居心地のいい空間というのが作れるかもしれない。
一部の人たちだけがアレコレ悩み、答えを出すというのもひとつのやり方。一方で、もっともっと多くの方に砂防ダムというものに触れてもらうなかで、解を出せる人物を待望するというのもまた魅力的なはなしだ。
結果が出せれば何だっていいはず。
良いものが出来ればみんながそこで遊べるようになる。
そのきっかけとなるように。
まずは多くの人が堤体前にたどり着けるように。
理想のために。
駅から徒歩で行ける堤体。
誰にでも行ける堤体。
今後はこういった堤体さがしもやっていきたいとおもう。
歌える堤体さがしの旅はつづく。







