大好き河津町!

私の普段の砂防ダム行脚の話になるが、主には伊豆半島を中心とした静岡県東部地域、また、そこから広がって、山梨、神奈川両県である。伊豆半島に関していえば、どこへでも出かけるのだが、とりわけ多いのが伊豆半島南東部にある万三郎岳、万次郎岳を山頂とするいわゆる天城山脈のふもとに広がる地域である。その中でも天城山脈から見て南西地域に位置する、賀茂郡河津町は最も多く訪れる地域で私の砂防ダム音楽家としての活動上、ホームグラウンドともいえる場所である。早春に見頃となる河津桜(かわづざくら)や温泉で有名な当地であるが、町は南北に横断するように(北から南へ)河津川が流れ、また、その河津川本流に流れ込む荻ノ入川、奥原川、大鍋川、佐ヶ野川、河津谷津川ほか数本の支流を備える大変に水脈豊富な町であり、砂防ダムなどの河川建造物も多い。
今後、当ブログを運営するにあたって、この賀茂郡河津町での砂防ダム行脚のことを何度か記すことになると思う。今回はその第一回目として荻ノ入川への入渓をレポートしたい。

荻ノ入川沿いにあるゲート。一般車両が入れるのはここまで。

時刻は午後1時

3月14日午後1時、金属製ゲートの開く「キイーッ!」という音に目を覚ます。この日はまず朝一番に河津町内を流れる、別の川への下見調査があったため、それがおわって、午前11時に、荻ノ入川への到着となった。荻ノ入川は、河津七滝温泉(かわづななだるおんせん)の温泉街地域から北西方向に延びており、川に沿う形で道路が延びている。道路は上流方向へ約2キロ区間までは町民の生活道路といった感じで、ゲートをはさんでそれより先はワサビ農家、林業者などのための専用道路(林道)となる。もちろん私自身においては、一般市民であり、ゲートの向こうへ車のまま入って行ける権利などとうてい有していないため、ゲートの手前すぐにある駐車スペースに車を止め、そこから徒歩で上を目指すことになる。この日は前日、夜勤があっての明けであったため、午前11時に駐車スペースに車を止め、遅い朝食を摂っていたのだが、食後に猛烈な睡魔に襲われて眠ってしまったのだ。目覚まし時計も何もセットしてなく、沢を1本登り終えてからの睡眠であったため、このまま誰にも起こされずに眠り続けていたら、そのまま夕暮れ時くらいになっていたかもしれない。―起こしてくれてありがとう。-おそらくゲートを開けてくれた(ゲートを開けることで音を鳴らしてくれた)方は、この山の林道のさらに奥深く入ったところにあるワサビ田の農家さんで、午前中の仕事を終えての帰りの途中であったのだと思う。山側から、温泉街側へ軽トラックを通過させ、再び施錠後、車を走らせ行ってしまった。こうして運良く目覚めることが出来、入渓の準備に取りかかった。

ゲート前全景。

ウエーダーを履く

装備はウエーダーを履くことが基本となる。それにプラスして、フローティングベスト、ヘルメット、ウォーキングポールといった感じだ。本日の砂防ダムはこの今いるゲートより約100メートル上流にある。思えば、この近距離でのアクセスをすでに知っていたのだからそんな“余裕”もあって眠ってしまったのかもしれない。ゲートの脇を超えしばし歩く。砂防ダム堤体本体を確認し、その下流部分に入渓する。入渓に際しては、林道脇にある釣り人がつけたと思われる、細い踏み跡をたどればよい。ほどなくして、堤体下流部の沢に降りることが出来た。ここは副堤、本堤の二段構造になった砂防ダムで、その二つを合わせても高さ10メートルに満たない、あまり規模の大きくないところなのだが、響きがよいため気に入っている。これは恐らく、高さ3メートルほどの副堤が影響しているためであろう。この場所でシューベルトの作品を小一時間楽しむことが出来た。天気も晴れていてとても気持ちよく過ごすことが出来た。渓畔林から垂れ下がるようにしている木の枝の葉っぱが気になったので図鑑で調べてみることにした。木は「ウラジロガシ」と同定され、砂防ダムだけでなく、渓畔林に対する理解を深めることが出来た。この場所の魅力はこの渓畔林にあると私は思う。渓畔林は音の響きを造り、太陽の直射日光を遮る。直射日光が遮られることで、その下の周囲一帯は暗くなり、そこに立つ人の心に安らぎを与える。そのような“暗さ”を持ちながらも、砂防ダム堤体本体には常に水が流れ、その水は太陽の光を反射し、暗がりに光をともすとともに、人間、その他あらゆる動物を視覚的に惹きつける。本日入った荻ノ入川の砂防ダムは、砂防ダム音楽の演奏場として、まさにお手本といえるような、そんな場所であった。

渓畔林により空間がチューブ状になる。響きのよい場所の定番的条件だ。
図鑑を使った同定作業。

また今日も雨降り

また今日(3月7日)も雨降りとなってしまった。今日、また昨日と二日間、山へ行くため、スケジュールを空けていたというのに、その両日をまるで選んでくれたかのように雨は降り続いたのだ。それでも昨日においては、平日であったため“納税申告”という市民活動に時間を充てるということができ、有意義に過ごすことが出来た。こういった行政機関の手続き云々といったものにいかに砂防ダム行脚を邪魔されることなく日々を過ごせるか、を大事に思っていて、それでは晴れた日の絶好の山びより以外のこのような天気の悪い日に役所関係のしごとを片付けてしまうのである。では、今日はどうするのか?もう役所ではやることがない。天気は一向に回復しない。家で休養を取ることも考えられたが、明日からはまた会社が連勤であったため、山に行くことそのものが不可能になる。そうなる前に、“自由”の身である本日、やりたい事をやってしまおう。という思いで山行きを決定したのであった。

国道135号線白田橋より上流側を見る。雨により若干、増水している。

向かった先は、

山に行くにあたってはその戦略として意識したことがあった。どのような意識をしていたかについては後述させていただきたいのだが、歌うための場所選びとして普段のように、行きたいところに行く、という風には行かない。なにせ今日は雨が降っているのである。過去の経験をもとに考えた結果、賀茂郡東伊豆町の堰口川に行くことに決めた。この川を私は(せきぐちがわ)と呼んでいるのだが、(せんぐちがわ)との呼び名もあるらしい。その堰口川の本流砂防ダムを目指して今日は入渓、ではなく、その本流に対して流れ込む小さな沢の谷止工(たにどめこう)を歌う場所として選定した。谷止工というのは山の小さな谷に造られる、砂防ダムのことである。雨水による、谷そのものの浸食を防止する目的で造られ、砂防ダム同様、最上部は袖、水通しといった形状で構成される。谷の上流方向より流下してきた雨水は水通しの天端を通過後、落下するか、地下水となって水抜き穴、もしくは谷止工の堤体本体の最下部よりさらに下方向を透過する。こういった、雨水の流下による移動、つまり水の動きから見れば、谷止工というのは砂防ダムと機能的に何ら変わりないように思えるのだが、それでも砂防ダムと名称を異にするのは、堤体そのものの大きさが縦約5メートル以下であるという規模の小ささと、流下する土砂の調節機能に関与しないという、造る側にとっての意図を反映しているためであろう。沢蟹(サワガニ)にとっては砂防ダムであろうが谷止工だろうが関係ないのである。自分たちにとって棲みよい環境であるかどうかということが重要なのである。私もまた、名称のことよりも歌をするにあたってその周辺環境はどうであるのか、ただそれだけを見ている。

谷止工の様子。スギの木の樹冠によって暗くなっている。2017年2月に撮影。

車から降りて10秒

さて、その谷止工であるが、今回行く場所は車から降りて10秒という超お手軽スポットである。この堰口川には、川に寄り添うかたちで林道が造られており、その開始点ともいえる場所には東京発電(株)所有の水力発電所がある。その水力発電所から計測して約1㎞上流部の林道脇に今回、訪れたかった谷止工はある。午前10時、谷止工近くの駐車スペースに停車し早速、谷止工堤体本体の様子をうかがう。水は歌をやるのに丁度よい程度ながれており、一安心する。
「アァ」と言葉少なく、声は大きく響かせてみて、それを少しずつ立ち位置を変えながら試してみる。最も響きのよい場所を探すためにこのような作業を行うのだが今回は川石がゴロゴロしているような環境ではないため、歩きやすく、また石そのものの乗り降りがないため立ち位置の自由度が高い。こういった点の“お手軽さ”もまた、林道脇の谷止工の魅力である。そんな魅力に引き寄せられて、雨の降りしきる中、着の身着のまま車から飛び出してきてしまった。

堰口川は下流域を白田川とするため、水力発電所の名称は「白田川発電所」

装備もお手軽に

車に戻り、準備に取りかかる。装備は超お手軽スポットにあわせて、軽快でよい。本日は雨が降っているためレインスーツを上下に着たが、これだけでよい。まぁ、ちょっと雰囲気がでるかな?と思って愛用のウォーキングポールも持った。そんな軽快な装備の中この場所で小一時間うたうことが出来た。歌はあたりを取り囲むスギの林の雰囲気に合わせてヴォルフを選び、それなりに楽しむことが出来た。雨が降ってしまったが、そのような環境下でも音楽を楽しむことができ、一日を有意義に過ごすことが出来た。

今日の谷止工の様子。

今後の課題

さて、前述した“意識したこと”であるが、「この場所に決めた理由として針葉樹(スギ)による遮光効果というものに期待した結果の場所の選択であったということ」ということでここに回答したい。雨の日、曇りの日の空の白い光というのは本当に強烈なものなのである。日本人の感覚として、どうであろうか、たとえば晴れた日以外の、つまり雨の降る日の空、曇っていて若干よどんだような空、遠くの景色の中の霧、また、今自分が立っている周りが霧につつまれた様子、これらの景色から受ける白い光を「美」として捉える、また時折そういうものを見たい、と思う方は少なくないであろうと思うが、これがなかなかどうして、屋外で音楽を楽しもうとする時にはこの白い光というのが私の感ずるところ相性がよくないのである。
今回の山でも本当にそのことが結果として出てしまったのが残念であった。かつて知ったる場所であって、スギの木の樹冠により形成される暗がりに期待したのだが、そのスギの木の切れ目から縦方向からも横方向からも差してくる、この雨の日の空の白い光には対処することが出来なかった。いつかはこのような環境下でも歌をマネジメントできるような、そんな音楽家になりたいと思わせてくれるようなそんな今回の山、今日一日であった。

晴天で青空の“青”の下だとこのようになる。このような環境を理想としている。


スタート地点は道の駅

今回の砂防ダム歩きのスタート地点

2月7日、本日のスタート地点は、伊豆市湯ヶ島にある道の駅「天城越え」である。前日、丸一日降り続いた雨による本谷川の増水が心配であった。ここまで、自宅のある沼津市を出発し、途中、国道414号線、嵯峨沢橋より見下ろした川の様子は、やはり若干、この時期にしては、水量が多いように感じられた。一抹の不安はあったものの、砂防ダム行脚を本職としながら、日々、小売業の販売員もこなす兼業族としては、せっかくものにした空きスケジュールを無駄にすることはできないと、当地「天城越え」ではGOの決心をしたのであった。

安全装備に身をつつむ

川への入渓に際してであるが、防寒、防水、快適性をとると、やはりウエーダーに分があるように思え、一年中これを愛用している。そのほかの装備としてはヘルメット、レインスーツ、ライフジャケット、ウォーキングポール1本といった感じで“完成”となるため、そそくさとそれらを身に纏う。装備が整ったところでいよいよ今回の砂防ダム歩きがスタートする。
まずは「天城越え」の北端にある小さな沢への入渓となる。沢への降り方としては、「天城越え」より伊豆湯ヶ島-河津間の山のハイキングコースである「踊子歩道」に入り、すぐにある小さな橋を渡る。それから踊子歩道を行くと、まもなく沢へ下る、けもの道があるのでそちらへ外れる。なんのために出来た、けもの道なのかははっきりとしないのだが、おそらくは釣り人か河川関係の職員か「天城越え」に立ち寄ったモノ好き者の仕業か、それらが数度の往復で作り上げた、けもの道であるためあまりはっきりとしない。―道がわかりにくいなぁ―なんて思いながら進んでいると道はすっかり途絶えて・・・、

藪こぎ状態になってしまった。

のであるが、ここはまだまだ軽度なほう。地はしっかりとしており、木々は落葉樹の中低木中心の見通しが効くような状態であり、歩きにくくはない。藪こぎをしながら徐々に小さな沢に近づいていき、藪を抜けるとそこから2本低い堰堤をおりる。するとまもなく本流、本谷川が姿をあらわした。前日に降り続いた雨の影響が当初は心配であったが、渓流歩きには全く問題はないように見られひとまず安心する。今、降りてきた小さな沢から、完全に本谷川本流へ移り、まずは上流方向、下流方向と見わたす。
渓流を歩くための装備としてウエーダーを履いてきてはいるが、その役目というのはどちらかといえば水濡れ防止というわけで、水中歩行ではない。したがって、まずは、渓流を歩くにあたって川の右岸側を歩くのか左岸側を歩くのかを決めなければならない。これからの歩きをイメージし右岸側に決めたため、いきなりの

渡渉である。

中央に見えるのが本谷川。右下は小さな沢。
小さな沢との本谷川合流点から見た上流側

深さ的にも、流れの強さ的にもなるべく水圧のかからなそうな“瀬”をルートとして選び出し、1本のウォーキングポールで体を支えながら、川を横切る。無事に渡渉を済ませ、いよいよ川の上流方向への歩きが始まる。事前に仕入れた情報源、地理院地図によれば、本谷川入渓後まもなく川はS字カーブにさしかかり、そこを抜けると、数百メートル直線の後、砂防ダム直前でまたもS字カーブといった渓相である。前日、降り続いた雨の影響で、そのS字の2ヶ所の、もともと狭いところの増水となれば、歩行不能という事態も予想されたが、なんとか右岸、左岸と幾度にもわたるコースチェンジを繰り返しながら、とにかく歩いた。その甲斐あって

行程途中の上流側の様子。

スタート地点からおよそ2時間

こちらも行程途中のワサビ田

で、目的の砂防ダムにたどり着くことが出来た。これが、おそらく本谷第2砂防堰堤。側壁護岸、副堤を備えた堤高、目測にして15メートル程の不透過式砂防堰堤。歌をやってみたところ、幾分、水量が多めで、あまり心地よい響きは得られなかった。前日の雨の影響があってこのような状態になったのか、という点が悔やまれる。シューベルトの作品を数曲の後、写真撮影をし、帰路に足を向ける。ここまで来るときの道のりが約2時間だったので、またここから帰り道に2時間となるわけだが、ショートカットはいけない。また来た道を引き返す。これが最も安全であるという基本を守り、下流へ進む。行きの行程で見た幾つかのワサビ田を目印に、―あと、これくらいか―というイメージを持ちながら、ようやく入渓の小さな沢、藪こぎ、踊子歩道までの登りの後、「天城越え」に無事帰った。時計の針は午後1時を指していた。

砂防ダム本体。これだと水は多め。