格上

本日はあの山の向こう、戸田を目指す。

11月9日午前9時、まずは千本浜へ。
沼津の港から富士市方面へと永遠と続く堤防上に腰掛ける。視界は良好。西には清水の三保が、東には金冠山、真城山、大瀬崎などが見渡せる。
早速ポケットから取り出したのは風速計。

「MODE」ボタンを長押しすると液晶画面に数字が現れた。一番大きく表示されている数字が風速。右上にはm/sとあるので風は秒速で表示してくれるようである。

右手に持って風がよく当たるように自身が立ち上がると、期待通りに本体上部に取り付けられたプロペラがガラガラと回り始めた。

風は強くなったり弱くなったりで、数字は0.0から1.0くらいまでの間を行き来する。表示が0.2とか0.5とか増えていくのは面白くて、見続けていると急降下して0.0になったりする。

いたずらで本体を持っている腕を水平にグイグイ動かしてムリヤリ数値を上げてみる。上がった数字はそのまま風の援護を受けて、今度は一定の数値でキープされたりする。

この日の風は、沼津港のほうから海岸の堤防に沿うように富士市方面に吹いていた。示した数値は最大で3.0m/sほど。もっと長く観測していればさらなる記録更新も狙えたが、風速計がまず回ってくれるか?数値を示してくれるか?というテスト目的での風速計であったため、とりあえずはオッケーということで千本浜をあとにした。

新たに導入した風速計。

気にしたことが無い

車に乗り込み、戸田を目指す。
玉江町の交差点から国道414号線、香貫通りをいつも通り南下。島郷、志下、馬込と海岸集落の中をすり抜けて行く。

小中一貫校の静浦中前を通り過ぎ、さらに防潮堤のゲート(国道がゲートを跨いでいる不思議なところ)も通過すると、右手側に海が見えるようになる。このあたりは獅子浜(ししはま)を町名とする地区で、やはり獅子(ライオン)の頭部のごとく岬状に陸地が飛び出している。

カーナビのモニターに目をやればきちんとその地形が確認できるのだが、実際に道路を走っていれば不思議とその感覚にとらわれることは無い。右手側に見続けることができる駿河湾の海に飛び出た岬であっても、どの方向にもたいていの場合は穏やかであるからだ。これまで波のことも風のことも気にしたことが無い。

気にすることがあるとすれば、土木資材を運び出す岸壁がライオンの鼻っつらの一番大事なところに陣取っているため、それを横目に少々複雑な気持ちを抱きながら通過をさせられることだ。

岬の先端から海越しに見ることが出来たかもしれない、紅く色づきはじめた山などはもういいと先を急ぐ。

2本のトンネルをくぐって口野放水路交差点を右折、県道17号線を内浦~西浦と進む。
西浦古宇の大谷石油まえを通過し、レストラン井里絵直前を左折。真城峠をこえてドン突きの丁字路を右折。戸田名物の一つと言っても過言で無かろう急坂を下りていくとカーフレンドするがというクルマ屋があるので、そこからさらに100メートルほど下って、「戸田饗の里公園」看板前を左折。

直後に現れる大耕地橋を渡ってからは、幅員狭し。地元農家の邪魔にならないように気をつけながら、戸田饗の里公園右折の看板をスルーして直進。ダラ登りの坂を上がって行くと、ようやく現れたのが目的地、戸田しんでん梅林公園駐車場。

ナイススポット

車から降りて、準備を急いだ。時刻は午前11時。
ここの堤体は、見た目上午前中が美しい。堤体の水表側がおおよそ東の方向を向いており、放水路天端上の水が午前中の太陽の光を受けてキラキラ光り、それをそのさき遠くの山のみどりともども眺めながら歌えるナイススポットなのだ。

急勾配の坂を下りると堤体前に出ることができた。

・・・。

放水路天端が光っていない。
遠くに見える山のみどりもここのシンボルツリーである右岸側の大きなエノキの木もいつもと変わりないのに、肝心の太陽の光が放水路天端に届いていない。

曇っているわけでは無い。影が落ちてしまっていた。
どうやら来月21日に冬至を迎える北半球の日本の沼津市戸田はその光の元となる太陽の高度が不足しているらしく、放水路天端の一番いいところを照らすことが出来ずにいた。

堤体の南側に何も無ければ、とうぜん太陽光は届いている。
しかし、堤体の南側には山が。さらにスギの人工林が広がっていて、それらがお日様の光を遮っている。

念のため、滞留土砂の上に乗って確認したが、やはり原因は太陽の高度不足。

ここの堤体を知らなすぎた・・・。

ルームサービス

腕時計を見る。いつの間にか過ぎていた正午。普段から聞き慣れている沼津市歌の防災無線がカケラも聞こえなかったのは風向きのせいか?

滞留土砂上の風は達磨山から海のほうに向かって吹いている。風は2.0m/s位いになったり0.0m/sになったりを繰り返している。堤体前にまた下りることも考えたが、とりあえずはメシにするかと山を下りることにした。

向かった先は、丸吉食堂。
入り口で消毒と検温を済ませ、2階に上がらせてもらう。窓の外にはこれ以上無いくらいに青く光る戸田湾の海が見える。
大好物のメギスが誘った「ドン底丼」をオーダーし、出来上がるのを待つ。

となりの席ではまだ幼稚園の年少さんにも満たないような子どもが母親、父親といっしょにバカでかいタカアシガニを食べている。この店の姐さんがしっかり横について、キッチンばさみを片手にカニの身を露出させては手渡し、夫婦子どもが順番にそれを平らげていく。

「食堂」の名を冠した店で姐さんの装いはエプロン姿だが、やっているサービスは高級ホテルのルームサービスに何ら変わりは無い。自分も人生の成功者になったら、アレを食べることにしよう。

やがてこちらにはドン底丼が運ばれてきた。期待を裏切らないウマさだった。大好物だもの。
高級品もリーズナブル品も揃う店がわかったところで、ドン底丼を完食したところで代金を支払い、退店。車に乗り込み、再び山を登った。戸田しんでん梅林公園駐車場まで再び戻り、車を停め、入渓は午後3時頃にすることとし、それまでは車の中で休むことにした。

丸吉食堂
ドン底丼
戸田湾

午後3時

午後3時。準備を整え、再び急勾配の坂を下りる。

沢に入渓すると、風が感じられる。風速計を取り出して計測すると風は2.0m/sから4.0m/sほど。
「2.0m/sから」というのが午前中と異なっているところで、今回は「断続的に」吹いている。

風速計をフローティングベストのポケットに仕舞い、今度はVメガホンをバックから取り出す。セットして声を出してみると、

鳴らない。

鳴っているという感覚が得られない。

放水路天端から落ちる水の音、堤体前を吹く向かい風、自然環境が生み出す物理エネルギーに自分の声が負けてしまっているのか、全く声が響かない。

そういえば午前中の風速計測の折りに銘板の画像撮影もしていて、その時この堤体が高さ14.0メートルであったことを思い出した。

いままで、この堤体について見た目上の美しさばかりを気にしていてその「大きさ」のことをあまり考えてこなかったが、その数字(高さという)を意識すると、そうとう上背あるものを相手に勝負を挑んでしまっているのだということがようやく自分の中で理解できてきた。

堤体が鳴らなくて、その事をわかって、何が原因かと考えればやっぱり相手が格上であるということ。

鳴らぬ堤体前に呆然と立ち尽くし、構えていたVメガホンを降ろす。為す術なくなった音の敗者は堤体をただただ見上げる。

勝者となった堤体はそんな呆然と立ち尽くす一人の男のことなどお構いなしに、水を落しつづけ、風を吹き下ろし、悠然と構えた。時折、渓畔林として生える木々の梢を揺らしながら、遊んでいるようであった。

こちらは勝負を真剣に挑んだつもり。しかし、相手にとっては鎧袖一触の敵だったようで、もはやケンカにすらならなかった。

午後4時半。これ以上ここにいてもどうしようも無いと思い、退渓。
リベンジ、というにはちょっと力の差がありすぎるような相手。
さて、どうするか?

風は断続的に吹いていた。
雉ヶ尾沢川第4号堤
このようなタルの音がさらに加わる。
堤体全景。

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