シェアサイクルを発見した話

今回は山梨県南巨摩郡南部町でのエピソード

日々、砂防ダムはじめ堤体類にでかけ歌うことをライフワークとしているが、この行為のメリットとして電気も水道も使わないということが上げられるとおもう。

登山やキャンプといった他のアウトドアレジャーがそうであるように、砂防ダムの音楽というはかなり環境に対する負荷が少ない遊びであると言えるのではないか?

山、森林、渓流といった再生可能エネルギーに囲まれる環境の中で遊ぶことによって失われるものはほとんど無い。ゆいいつ問題があるとすれば「堤体前」と呼んでいる演奏場所までの道のりにおいて、なんらかの内燃機関を利用していることだ。

内燃機関を利用する。つまり、自動車をはじめとした移動手段を用いることによって枯渇性のエネルギーを使ってしまっている。

堤体前に立って歌うことそのものには環境負荷が認められないのに、そこにたどり着くまでの行程において、環境負荷の生じるようなことを行ってしまっているということだ。

より完璧に近いものを考える時、そういった部分まで排除できればさらに理想型なのではないか?

今回は、そんな環境負荷の理想型を求めるプレイヤーのための可能性として、山梨県南巨摩(みなみこま)郡南部町でのエピソードを紹介しようとおもう。

JR身延線内船駅

辛抱たまらず

スタート地点はJR身延線内船(うつぶな)駅まえ。

8月5日、時刻は午後2時。

非常によく晴れている。

夏の直射日光がチリチリ照り付けていて、どうしようもない暑さだ。と、

鳴きまくるセミ。
暑さにさらに追い打ちをかける。

内船駅の駅舎とは反対側、東のほうにはすぐ山が控えていて見事なみどりを見せる山体もセミの鳴き声がすごい。

多くはミンミンゼミとアブラゼミ。

肌に照りつける太陽光線のみならず、耳から射してくる聴覚刺激に辛抱たまらず駅舎に逃げ込んだ。

内船駅駅舎内

無人駅にて

駅は無人駅だ。一日の利用客数は129人ほどだという。(2018年データ。乗車人員のみ。Wikipediaより。)

切符も買わずに避暑目的でウロつくのも気が悪く、待合室内の自動販売機にてスポーツドリンクを買い、堪らず一気に流し込む。

クーラー・・・、など付いているはずもない小さな待合室のおかげで強い日差しからは逃れることが出来たが、依然として暑い。
換気用に開放された待合室の窓からはこれまたセミの鳴き声が襲ってきていて、窓辺にて絶賛監視作業中の女郎蜘蛛にあいつらをなんとかしてくれと懇願する。

本日は南俣川に夕方ゲームで入る予定で到着したが、ちょっと早すぎたか?

時刻はまだ午後2時すぎ。

近くを流れる富士川土手まで行き、河原を流れる風に当たりに行くことにした。

内船駅のホーム

ほぼ駅前

内船駅駅舎を出て5分ほど歩く。すると富士川の土手に到着。同時には土手に隣り合うかたちで建つ温泉施設を発見した。
施設の名は「森のなかの温泉 なんぶの湯」という。どうやら日帰り温泉施設のようだ。

これはこれは災い転じて何とやら。本日の退渓後のお楽しみはここにすることにしよう。

調べてみると、営業は午後9時まで行っている様子。地元民の利用も考え(地元民は地元民料金で。)結構おそくまでやっているようである。

ほほう。

と、ここで不意に駐車場内に設置された駐輪場に目がいった。普通の駐輪場とは異なった、ちょっと変わった雰囲気に気づいてすかさず歩み寄る。

水色のストレートハンドルの付いた24インチほどの自転車が3台。さらに同径クラスでママチャリが1台。全て電動アシスト式の自転車だ。

これらのすぐ横に設置された看板によれば、置いてあるのはシェアサイクル用に用意された自転車で、ネットで申し込みをすれば24時間いつでも利用可能ということである。

おぉ。

こちらは砂防ダム訪問きっかけでこの場所に来た。本日ここから入る南俣川の入渓点までは、距離的に10キロとかからないはずである。(計測した結果、5.5キロだった。)駅から徒歩で5分程度、つまりほぼ駅前という立地条件にて自転車が借りられるとなれば、これは完全に自家用車不使用というかたちでゲーム展開することも可能なのではないか?!

今回、図らずもほぼ駅前出発のシェアサイクルを発見することが出来た。

どうしようか?

考えた。

今日ここから、このシェアサイクルに乗って入渓点まで行き、ゲームを楽しんできてまたこの場所に帰ってくる。

もしくは、

事前に計画していたとおり、自家用車にて移動を全てやってしまうというやり方。

う~ん・・・。

後者。

目の前には森のなかの温泉とやらがある。建物の入り口には「なんぶの湯」と書かれたのれん。のれんは「おいでよ!おいでよ!」と風に靡きながらこちらに囁いている。

どうしようか?

のれんが言うなら・・・、仕方ない。

午後9時の閉館時刻に間に合わなくなってしまってはのれんに申し訳が立たないため、ここはひとつ自家用車での移動を選択することとした。

のれんよ!また後で会うこととしよう。

森のなかの温泉なんぶの湯 駐車場

西俣川堰堤

というわけで、のれんがしゃべるなどということがあろうはずも無く、正直いって温泉の魅力に負けた。

自転車利用での完全自家用車不使用におけるゲームは、また日を改めてレポートすることとしたい。

この後はなんぶの湯の駐車場を出て富士川の土手、南部橋などを散策。戸栗川(今回入渓する南俣川の下流部の呼称)は富士川との合流点よりチェック。さらに今月15日に行われるという「南部の火祭り」の準備の様子を見たあと車に乗り込んだ。時刻は午後4時。まずは再びなんぶの湯まえの駐車場へ。

自家用車のトリップメーターを0にして出発。前述の通り、5.5キロほど走って、午後4時半に入渓点より少し上流にある鍋島橋に到着。

鍋島橋に来たのは、この周辺道幅の広くなったところが駐車スペースであるということと、鍋島橋の橋上から※西俣川堰堤をのぞむことが出来るからである。

ちなみにこの日は土曜日。

西俣川堰堤下流の堆積地にはリクライニングチェアーを広げた夕涼みの一団が陣取っていた。
じつはこの西俣川堰堤と鍋島橋、ここからわずか500メートル圏内には「十枚荘温泉」「山下荘」の二軒の宿泊施設がある。

察するに、夕涼みをしていたのはその宿泊施設のお客のようで、夕食時間か?午後5時前になるときれいさっぱりリクライニングチェアーを畳み、そそくさと撤収していった。

ふぅ。

こちらはようやくといった感じで、その西俣川堰堤にレンズを向けたく退去するのを待っていた。

無事、歴史的河川構造物と言っても過言では無い巨体をデジカメで収録。それではと、入渓の準備に取りかかる。

※西俣川堰堤について、
(堰堤高17.0メートル、堰堤長41.04メートル、堰堤型式アーチ式、天端処理工法 張石工、工事年月日 昭和26年7月~昭和29年3月 山海堂刊 砂防ダム大鑑より。)

富士川土手から南部橋をのぞむ。
富士川と戸栗川の合流点
8月15日は南部の火祭り
西俣川堰堤。鍋島橋から。
西俣川堰堤。別角度から。
アーチ式の堰堤だ。
入渓点。画像右端(鍋島橋)から下が西俣川、中央左寄りが南俣川

浸かる。

入渓点は鍋島橋下流の西俣川と南俣川の出合。時刻は午後5時15分。入渓する。

依然として暑い。

上着には接触冷感タイプの長袖を着ているが、それでも蒸すような暑さがまとわりつく。
入渓して間もなく、ちょっと深くなった淵を見つけて膝上まで浸かる。
ウエーダー越しに川水による冷却をする。

このとき測って気温は26度ほど。だいぶ下がってきている。しかしながら、渓に転がる石の上を歩いて遡行していると、再び暑さに襲われてしまい、都度タイミングを図ってはちょっと深めの淵に逃げ込む。

いやいや、きびしいな。

歌うときの環境として暑さは大敵である。避暑目的で夕方ゲームを計画したところ、まだまだ暑いというのであればこれでも設定時刻が早いのか?疑問が湧いてくる。

う~ん・・・。

ふと、上を意識して聞いてみる。

ヒグラシだ。アブラゼミも鳴いている。

鳴くセミの変化に少しホッとする。肌に感じる暑さにはまだまだ苦しめられたが、聴覚的には確実に“下降”を伝える温度センサーの知らせがあった。

勇気づけられ遡行をつづける。

堤体前には午後5時半に到着。

暑さがまとわりつくなか遡行する。
吊橋をくぐって進む。
熱が溜まってきたら川水に浸かって冷やす。
堤体(堤体名不明)に到着。

まとわりつきながら

水はきれいに降りていた。

放水路天端全体からとはいかないものの、左岸側に片寄るかたちで堤体水裏にまとわりつきながらサラサラと水叩きに向かって降りている。

ここ1~2週間ぐらいは静岡県はほとんど目立って雨の降る日が無かった晴天つづき。こちら山梨県はどうであったか?でもやはりこの様子から察するに、あまりこちらも降らなかったのではないかという推察。

降りる水はもちろん自然の厳しさを含んでいるが、この荒々しさのほとんど無い甘い柔和な水叩きへのダイブは音楽の演奏環境としてかなり理想的だ。

堤体水裏を湛水で降りる水は泡をまとっていてそれらが光を反射する。夕刻という時間も合ってそれらの光の反射は強すぎることがない。適度というレベルの範囲だ。

そして光に対して影の部分。堤体本体は経年により黒ずみ、両岸には針葉樹主体のそり立つ渓畔林。堤体本体の向こうにも高い斜壁の針葉樹林が見える。全体的にはサイド方向にも向こう側にも針葉樹の森が控えることによって、歌い手の立ち位置を取り囲むようにして影の部分が形成されている。

さらに影の部分からは、ノイズが供給される。堤体本体を降りる水から供給。そこから今度は水平方向には石を叩く水の音。渓畔林にはヒグラシがいて、アブラゼミがいて、こちらもノイズを供給。

ノイズ環境のど真ん中に置かれた歌い手はこれらの音を聞き、圧迫を受け、歌をうたおうというやる気をくすぐられる。

堤体前には長いヒラキがある。
そのため立ち位置はこのぐらいまで設定可能。
当日は60ヤード付近に立った。
セミの鳴く渓畔林。

危うく別世界に・・・、

結局この日は夕刻の時間、午後7時まで堤体前で歌を楽しんだ。

堤体前を取り囲む影の部分によってできる「黒」に、空色もそれに反射する川の水色もみんな時間の経過とともに徐々に近づいていき、やがてはその境目がわからなくなるほどまでに暗くなった。

それでも依然としてノイズを供給しつづける水の音、セミたちの声。
まだまだ歌は楽しめそうだ。
しかし、今日はこれから温泉が待っている。

ふと我に返った。

危ない危ない、あまりにも理想的な堤体前環境に心酔してしまい、帰れなくなるところだった。

最後に一曲、本当に本当に短い曲を歌ってから撤収の準備をはじめる。

この頃になると、あんなにも肌に服にまとわりついていた夏の暑さはいつの間にか無くなっていた。あるのは、夕刻の涼しさ、最後うたいきった充実感、依然として我の気持ちを誘惑し続ける堤体前空間のノイズ。

気持ちを強く持って帰るという決心。下流に向かって歩みはじめた。

退渓の歩きでは淵に浸かったりすることもなく帰ってくることが出来た。

天端が割れたりすること無くカドがきれいなこともポイント高し。
南東向きの堤体は本来ならば午前型。
しかし頭上がこれでは(真夏の)午前中には入れない。
実際に声を出しながら立ち位置を決めていく。
風は無くとも響きは良かった。
よーし、今日はあの枯木に向かって歌おう!
危うく別世界に連れていかれるところだった?!

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