猫2

猫2

帰ろう・・・。その白を見て思ったのだった。

6月10日、時刻は午後7時半のこと。場所は猫越第2砂防堰堤。略して猫2。

画像の通りドカンの砂防ダムである。堤体の上流には猫越川本流と河原小屋沢(洞川)の2本の流れがあって、その2本が合流することで分厚い流れが生まれ、水の塊のようになって押し寄せた先にあるのがここの落水だ。

猫2と言えば夏の夕方、日没前に入るのが面白い。
ルアーマンが1日釣りを終えて、さあこれから帰りますという頃、こちらはウエーダーを履いて意気揚々と猫越集落の農道を闊歩する。

「おい、兄ちゃん。アマゴならもうオレが散々叩いたからスレきってるぜ・・・。」なんて言わんばかりの視線を浴びながら、堤体横の階段を目指して歩く。車は足澤橋手前の三叉路あたりに置いて、そこから5分程度上流側に行けば目的の階段を見る事ができる。

階段から渓畔林に降りて、さらに川に降りる。駐車場所からトータルしても10分ほどの行程で入れる、入渓にはお手軽な堤体である。

ツブラジイ
クヌギ
ニガイチゴ
ビワ

広い空間

そんな入渓に時間のかからない猫2なのであるが、先月14日夕方の入渓であることを閃いてしまった。もともとここは猫越集落のかなり奥地にあり、豊かな自然環境を見ることが出来るような山の中の堤体であるが、それはせいぜい“奥地”という段階であり、もう民家が全く見当たらなくなるような“最奥地”とは若干異なる。

エリアの広くは山に囲まれていて、それよりも内側、堤体に近いところは水田、休耕田、荒地が多く、日中は太陽光が(地面に対して)比較的広い範囲で降り注ぐ。また、猫2の堤体上は、両岸の岸沿いに渓畔林が茂っているものの、中央部分は数本の木が生えているだけ。ほぼ土砂で埋め尽くされていて、これまた広い空間が出来ている。

これに対し、最奥地の猫越川本流や河原小屋沢とそこにある堤体は、両岸近くに斜面が迫っており、その(どちらかといえば)圧迫感を楽しむような堤体めぐりをすることができる。

猫2はまだまだ中流域と言ってもいいかもしれない。一帯は空の方向にも横方向にも空間が長く広がっていて、しかしながら響き作りには無くてはならない渓畔林に関して、しっかり生えているというイメージを私は持っている。

先の14日も夕方5時すぎに、猫2堤体前に入ってフーゴ・ヴォルフなどを楽しみ、同7時に退渓をした。その退渓時間となった午後7時であったが、
―まだまだ全然イケるんじゃねえの?―
と正直おもった。

特に放水路天端上の空間から差し込む空の光が明るく、これならばこのあと8時台、9時台も“あの条件”を見方に付ければやれるのではないかと思っていた。 

水抜橋
足澤橋前の三叉路。画像右端ジャリのあたりに車を置く。
猫2堤体横。あたりは広い空間に包まれている。

“あの条件”

“あの条件”を見方に付ければやれるのではないかと思っていた。

ところで、以前にもここに書いたことがあるが、海の魚のスズキをルアーで釣る「シーバスフィッシング」が私の趣味だということがある。最近では回数こそ減っているものの、定期的にシーバスゲームをたしなみ程度、通って楽しんでいる。

過去にはこれにハマって頻繁に夜の釣りに出掛けることもあった。一般的に、スズキという魚は夜行性であるゆえ、どちらかと言えば昼よりも夜にこれを狙って出掛けるのがシーバスフィッシングの通例とされている。私においては、その夜の釣りで「満月の夜」に数多くの空振りを経験してきたのである。一匹も魚が釣れなかったということだ。

釣れないと分かっているのに、ムキになって挑戦し、何も釣れない釣行を何度も何度も繰り返した。そんなときは決まって、帰る頃には気も抜けて、懐中電灯も点けることなく肩を落としながら、煌々と照らす月の光のなかを家路に就くのだった。

だがそういった釣りでも、名人と呼ばれる人や、満月でも関係なく釣ってしまう釣り人というのが世の中には巨万といるそうで、それはそれは敬服に値する。その人たちにとっては何でも無いことなのであろうと思うのだが、私の場合は殊に満月との相性が悪い。

―チクショウ、満月じゃ釣れねえよ!だいたい夜なのになんでこんなに明るいんだぁ?―

「満月の夜」の空は青白く光り、100メートルも200メートルも先の水面の様子が見えてしまう。海のそれほど深くない場所では、底の方まで丸見えになってしまい、昼の海と比べてもかえって水中の謎をどんどん解き明かし、海の神秘性を希薄なものにしていった。

自分の中で「月の光」こそが全てを映し出すものだというイメージが、釣りでの経験によって培われたような気がするが、そんなイメージがあったことを思い出し、今回はそれを川というフィールドで、砂防ダムの音楽に利用してやろうと考えたのだった。

2020年5月の満月は7日だったことを同月14日に気が付いた。それならば次のチャンスは翌月6日だ!

6月6日、伊豆縦貫道。大仁料金所前。

迎えた6月6日

6月6日、午後5時すぎに沼津市内の自宅を出発。伊豆縦貫道を経由し、一路猫越川に向かった。その自宅を出る際、気になったのが空模様。空はねずみ色の雲に覆われ、とてもじゃないが満月の夜の世界など想像することが出来なかった。

それでも、これは沼津市内でのこと。伊豆半島という別地へ行けば悪天候も良いように変わってくれるだろうと希望的観測に全てを委ね、祈るような思いで車を南に向かって走らせた。伊豆中央道、修善寺道路、大平IC、旭日橋、矢熊、市山と進む間も常に、晴れることを信じて走り続けた。

途中、天城湯ヶ島のセブンイレブンに寄る。買い物の所要時間があった分、期待させてもらったが、結局入った時と出た時で空は何一つ変わっていなかった。数分程度では当たり前であろう。ワラにもすがるとはこのことか?

本当に嫌な予感しか無い。そしてそのまま車に乗り込み、湯ヶ島温泉街を抜け、水抜橋も渡ってしまった。猫2はもう近い。

橋を渡って丁字路。迷わず猫越川とは逆方向の右に向かって折れる。
―うぅ・・・、今から持越のCに肝試しに行ってくるから、ここへ戻ってきた頃には煌々の月明かりで照らしてくれておくれ。―
と、持越川方面に車を向けたのだった。

煌々の月明かりで照らされる。という前提で行動しているはずなのに、肝試しをしに行くというちぐはぐさ。支離滅裂の思考になるほど追い詰められていた。

そして迎えた時刻は午後7時半。段階的に暗さを増し続ける空が、ある一定のところでキープされるのだろうとその瞬間を待ち続けていたら、空は無情にもそのまま闇夜の領域に突入してしまった。

本当に真っ暗で怖すぎるCの前で記念撮影をしてから水抜橋に戻ったが、やはり暗すぎる。これではダメだ・・・。猫2そのものにも行く気になれず、橋を渡って引き返した。

そしてそのまま湯ヶ島温泉に行き、中止になったはずの「湯ヶ島ほたる祭り」を多くの観光客と一緒に見学した(人が多くて結局お祭り状態だった。)のち、共同浴場の「河鹿の湯」に浸かって家路に就いた。

河鹿の湯

ゲーム

それから4日後の6月10日。気象庁が東海地方の梅雨入りを発表したその日、今度こそはと猫2に入った。午後5時すぎにホームセンターを出発し、足澤橋手前の三叉路に車を停めたのが午後6時半。そこから歩いてやはり10分で猫2の堤体へ。

この日は曇りどころか雨が降っていた。6日よりもさらなる悪天候。今日はどうなるか?

とりあえずは「夕方~暗くなるまで」という時間的限定を設けて、思いきりエンジョイするつもりで入渓した。どの程度暗くなるまでかは、具体的に決めていない中であったが、なんとかなるだろう・・・。

bluetoothスピーカーの電源を入れ、フーゴ・ヴォルフを選ぶ。落水の状態がドカンだからスピーカーの音量を上げて対処する。堤体の二階にポッカリ空間が出来ていて、そこに歌を乗せてやるつもりで声を放つ。音はドカンの堤体前空間の中で微かに響いているか、いないか程度に返ってくる。

パワーバランス的に言ってこれくらいが丁度良い。これぞ砂防ダム音楽の楽しみだという力関係の中で“ゲーム”を展開した。猫越川中流域の分厚い流れの中で、自分の出せるかぎりの声を出す。大きな大きな水の塊に、自分の「歌」の相手をしてもらった。

しかしそんな一時も惜しいかな。楽しい時間はあっという間に過ぎるようで、あたりはどんどん暗くなる一方。時が止まらない。確実にせまり来る夜を待つ中でゲームを楽しんだ。

あたりが段々と暗くなってゆく。6日と同様、段階的に暗さを増し続ける空が、ある一定のところでキープされる・・・。なんてこともなく闇夜の領域に突入してしまった。

この日は堤体前で闇夜を迎えることになった。いつになったら帰ろうか?

堤体からの落水は相変わらず白く光っていた。闇夜の中でも落水は白には白で見ることが出来た。しかしその白は、おおよそ砂防ダムの音楽が出来る白とは違っていた。濃く、深く、重たい白で、昼間とは違う顔を見せてくれた。危険な白、息を止めようかという白、命を奪おうかという白であった。

帰ろう・・・。その白を見て思ったのだった。

堤体全景。

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