10月15日、賀茂郡西伊豆町仁科川沿いの県道59号線を大沢里方面に向かって走っていた時のこと。時刻は午前9時。
仁科川に架かる橋としては河口から数えて3本目となる「海名野橋」。その海名野橋の手前には道路に引かれた白線と、仁科川に沿うように設けられたガードレールが続いていて、両者の間に幅1メートル程度の比較的ひろくなったスペースがあった。
普通乗用車を駐車するには、少々窮屈(白線より内側にはみ出してしまう。)な幅。しかしそれ以下の車両については強引に駐車できてしまいそうなくらいに確保されている。そのスペースに老人の座るシニアカーが停車し、なにやら川のほうを覗き込んでいたのだった。
道路から川本体までは数メートルの落差があって、これは転落事故でも起きているのかと想像に背筋をヒヤリとさせたのだったが、自身も車を停車して道路を跨ぎ、確認に急ぐと河原には4人ほどの人がいて、椅子に腰掛ける姿が目に入ってきた。
手にはしっかりと釣竿が握られていて、目の前のチャラ瀬に何度も何度も仕掛けを振り込んでいる。流す浮子を見つめる目は真剣そのもの。時折その握った釣竿を反対側の手に渡しかえて今度は柄杓を持ち、やおら撒きエサをまいてはまた釣竿に持ち替える。
おぉ。
見るに、撒きエサが通常のコマセ状になっていないことには自身の釣り歴からすぐに明らかになった。
どうも撒きエサは磯釣り師などが海で使う“オキアミ汁”をここでは使っている様子。磯釣り師が使うオキアミ汁は、クロダイやメジナに食わせるための撒きエサを外道であるコッパ(メジナの幼魚)などが貪り尽くしてしまうために使用する。文字通り“水増し”したオキアミ汁で撒きエサの節約を図るのであるが、この汁には狙いの魚を臭いでしっかりと集めつつ、しかし付けエサをしっかりと食わせるための満腹感は相手に対して与えないというメリットがあり、釣りの対象魚によっては非常に有効な手段として用いることが出来る。
ちなみにこの場所での対象魚とは鮎(アユ)のことだとも目視で確認。で、あるものだから・・・、面白い。清流の女王とも言われる魚は、はるか1万キロ以上も遠くの海域で採れた南極産冷凍オキアミに狂ってしまっていたのである。
近くで見てみたく
釣りの様子を近くで見てみたくなり、河原に降りることにした。車を近くの駐車スペースに置き、ウエーダーを履く。釣り人らが腰掛けているあたりは水路を跨いだ中洲になったところで、最低でも長靴を履かなければ行けない。
海名野橋を渡ってから上流方向に少し歩き、河原に降りられるスロープから入渓する。スロープの降りたところには横浜ナンバーのRV車が停められていた。
川の活況を知る者は、なにもこの地域の人々に限ったことではないようである。
橋の下をくぐって水路も渡りきり、中洲に立った。ほぼ等間隔に腰掛けた釣り人たちは、小さな浮子の付いた仕掛けを振り込んでは流し、また振り込むという動作を繰り返している。そして時折、釣竿を柄杓に持ち替えてはオキアミ汁をまいて、また仕掛けを振り込む。仕掛けなどは微妙に違っているのかもしれないが、河原に並んだ4人全員がいちようにこの釣法で同じように動作を繰り返す。
釣果的には、わずか数分の間隔を置いて4人のうちの誰かの竿が曲がるという好調ぶり。15センチくらいの型を中心に、時折20センチオーバーの良型も混じる。
釣り人の一人に話を伺う。
「自分もやったらどうだ?」
私が話しかけた地元師はその仕掛けからエサから釣り方から親切丁寧に教えてくれた。何も隠すことなく堂々と。
どうやら川に限らず海にもしょっちゅう繰り出す太公望のようで、今シーズンはイサキを500キロほど釣ったとも語ってくれた。
田舎に暮らせば、リアルに釣りバカ日誌のハマちゃんのような生活が出来るのだと、非常に甘い匂いを嗅がせてくれる「粋な」地元師に出会うことが出来た。
これから一色枕状溶岩を見に行こうと思ってます。
「あぁ、でも大して面白くないよ。」とは地元師。
流す浮子を見つめる目は真剣そのもの。水底を這うように流れるオキアミを頭の中でイメージしているのかもしれない。邪魔はこれ以上せぬようにとその場を立ち去ることにした。
奥川金橋
アユ釣り見学を終えたあとは仁科川沿いをドライブ。
仁科川第三発電所の放水路を見たり、同第二発電所の取水口を見たり、「健」の看板が目を引く「わさびの駅」を見学したりした。
そうこうしているうちに午前中の時間はあっという間に過ぎてしまい、迎えた正午。伊豆半島ジオパークの一つである「一色枕状溶岩」見学者用駐車場でヴェルナー作曲のHeidenröslein(正午の時報)を聞くこととなった。
今日はここから約1.2キロの山道を歩いて堤体を目指す。その1.2キロの区間は特にゲートなどがあって車両封鎖されているわけでは無いのだけれど、山道が並行する川金川の渓谷美と付近に生える樹木の観察をじっくり行うことを目的として歩くことにした。
温度計を忘れてきてしまい気温は測ることが出来ないが、坂道を歩けばそれなりに暑くなるであろうことは予想できていたためウエーダーに半袖、その上にフローティングベスト、手にはウォーキングポールを握り、Vメガホンの入ったバックを背負った。さらに今回は前回の田沢川でほとんど活躍できなかったウエアラブルスピーカーを頭に装着。
もちろん今回こそはその実力を発揮してくれるものと期待しながらの装着であった。
一色枕状溶岩の見学者用駐車場前で一枚記念撮影をしてから歩きはじめる。川金川を左手に、山の切り立った斜面を右手に見ながら道は続く。
川沿いに生える木を見ていると全体的に多いのはやはりスギであるが、コナラも多い。
コナラはあまり幹の太くは無いスラッとしたものが多くて、これはどうやら人工的に植林されたもののようである。
針葉樹&広葉樹の人工林の下に延びる山道を歩き続けた。堤体直前地点にある「奥川金橋」には午後1時40分に到着。普通に歩いて来るよりもおそらく3倍以上の所要時間をかけて到着した。橋から川金川の谷を覗くと奥に堤体を1基確認することが出来る。
再検証してみると
この堤体が今回の目的地。そしてこの奥にさらにもう一基、堤体があるので今回はそちらも目指すこととする。
まずは手前側の一基。その堤体前に降り立つと、堤体までの距離が近すぎることがわかった。
堤体の水裏から最大離れようとしてせいぜい30メートルほど。これでは近すぎて良い響きを聞くことが出来ない。
実際声を出して確かめてみるとこれがまさに予想通りの結果で落胆した。
それではと今度は奥側の堤体へ向けて歩き出す。崩れかかっている斜面に注意しながら進み、一基目の堤体を巻くと2基目の堤体前に出ることができた。こちらはおおよそ100メートルほどの空間が確保されていて、その間で堤体までの距離を自由に設定することが出来る。
目測で水裏から40メートルほどの距離に立ち声を出してみると、こちらはうまく響いてくれていることがわかった。両岸とも比較的急な勾配が形成されていてとにかくその勾配の「上」に声を届けるようにして歌うのだが、期待通り山が響きを返してくれていることがわかった。
前回、不発だったウエアラブルスピーカーも見事に機能してくれていて非常に心地よい。上から降りてくる音(と言っても非常に速いものだが・・・。)を拾うのには、上だけに耳を澄ますように集中していたいのだ。それが出来ているという点で良かった。
この日は午後4時頃まで堤体前で過ごし、その後退渓。
さて、後日談になるのだが日付は10月19日。画像データの一部を誤って消去してしまったために再び当地を訪問することに。当日の天気は雨。画像撮影さえ出来れば十分であったが、やはり研究のために堤体前に立って声を出した。
対象とした堤体は1基目の堤体。奥川金橋の右岸側つけ根付近に立って声を出すと見事に響いてくれた。堤体本体からある程度の距離が確保されたことでようやく成果を上げることが出来たのだと思う。
これで1基目の堤体でも楽しめるのだということが、一応は(堤体が見え辛いのが難点。)確認できた。
砂防ダムの「どうせあるなら楽しんじゃおう派」としてはなるべく堤体を無駄にしなくていいようにと思っている。簡単にダメ!と言ってしまわないように検証はその時々でしっかりと行っていきたいものだと反省したのだった。