11月4日。この日は午前中、用事があったため家を出られずにいたが、午後になりようやく解放された。
向かったのは伊豆市東部を流れる西川。国道136号線、伊豆縦貫道を南下し、途中、有料区間である伊豆中央道を経由。その次の有料区間、修善寺道路の料金所を目と鼻の先に見る「大仁南インター」で降り、下道となる国道136号線旧道を使ってさらに南を目指す。この日はスタートが午後になってしまったため、自宅のある沼津市から比較的近い場所を選んだ。また、伊豆縦貫道の有料区間に関しては、1区間で十分だと判断した上でのルート選択となった。
修善寺の入り口となる、伊豆市瓜生野を走る。まだ紅葉シーズンには少し早く、また月曜日であったことから道は空いていた。難なく横瀬の信号までたどり着くことが出来、今度は進路を東に変える。修善寺橋を渡り、そこから道なりに5分ほど進むと「清水」の信号を通過。その後すぐに左手側に現れる割烹料理店「にしき野」の直前を左折。あとは、ぐねぐねと曲がったりするが道なりに農道を進めば良い。
先月ここに来た時は稲刈りシーズンの真っ只中といった感じで軽トラックが多数停まっていたが、この日はそれらも落ち着き、閑散としていた。道は農道からやがて林道となり、さらに進んだ。
あの時を思い出し
当初の予定ではもう少し奥まで車で進むはずであった。しかし、これもまた台風の影響か、斜面が崩落していた。場所は林道垂溜ヶ洞線の分岐看板を過ぎてすぐのあたりで、土砂と樹木によって林道が完全に封鎖されていた。仕方なくそこで車を停め、歩いて堤体に向かうことに。本日の入渓点とした分岐側から下がったところにある水中橋を見下ろす。
3年ほど前、この地に初めて来た時ハンターの方がここにいたことを思い出す。たしか、乗りつけてきた車には高齢者運転マークが付いていた。朝のあまり早い時間では無く、狩りを完全に終えた後の様子で、この水中橋上を流れる水のなか獲物をさばいたとみられるナイフなどを丹念に洗っていた。多少交わした会話によってハンターであることを知ったのだが、その時には―あぁ、シカを獲っているんだ・・・―くらいにしか思わなかった。シカに関しては同地を含む伊豆市近辺で、「イズシカ」というブランドネームが生まれるほどの活況ぶりであるから、私はハンターの言葉にも完全に楽観視の立場でうなずいていたように思う。
11月4日の当日も、あぁ、そんなことがあったな。程度に思っていたのだ。思っていたのだが、この日後述する出来事を実際に目の当たりにしたことによって、それはけっして簡単に片付けられるようなことでは無かったのだと今は反省している。
秋らしい渓行をする
水中橋より入渓する。入渓直後には川面に向かって伸びるブッシュがあり、腰をかがめてその下を通り過ぎる。ようやく秋本番となったこともあり、その枝々が邪魔くさいのだが、威勢の良さはあまり感じられない。今は枯れてどんどん葉を落とす時期で、くぐり抜ける時に手を添えればたちまちボロボロと葉が落ちる。くぐり抜け、石を一つ一つ越え、倒木を越えながら進む。10分ほど遡った頃であったろうか?突然左岸側に護岸が現れたため、見上げると林道本体であった。すっかりそのことを忘れていたのだが、ここは林道と沢が平行になって続くようになっていたのだ。林道に上がり堤体を目指す。川石がゴロゴロと転がっている沢とは違い、遡るペースが一気に上がった。見上げればアケビの実が枝から垂れ下がっている。土砂崩れの影響で誰も収穫しに来ないのか、見つけたことには喜んだが、林道脇すぐに発生した秋の味覚がこのような状態にあることには不気味さを感じた。
見つけたシカは全部で3匹
途中、1匹のシカが前を横切った。沢の流れる林道右側から斜面を登るようにして左の方へとシカは逃げた。斜面を登るのだから、そのスピードは決して速くない。むしろゆったりとしていて―なんだこいつは。―と思った。今思えば、この不自然なシカの逃げ方から異変を察知しておくべきであった。シカはよく出会うが、斜面を登るようにして逃げることがまずレアケースであるし、さらにそれがゆったりとしていることはかなりおかしかったのだ。
2、3匹目のシカはいっぺんに見つけた。そのうちの2匹目(手前側にいる個体)の動きがおかしかった。遠目にはシカがマウンティングしているのかと思ったが、そんなわけは無い。ある程度近づいたところで3匹目(奥側にいる個体)が逃亡。それからどんどんシカとの距離が縮まった。シカのそれが止め刺し前の状態であることを知ったのは、距離にして5メートルほど近づいた時のことだった。場所は西川第2砂防ダムの堤体のほぼ、という近さである。
目の前のシカを見て思う
シカはワイヤーを足に掛けたままモガき続けていた。人間であるこちらに反撃してくるほどの元気は無く、ワナに掛かってこのあと待ち構える自分の運命を想像出来ているかのようでひどく落ち込んでいた。私自身もシカのその姿に呆然となる。
思えば非常に不自然に逃げた1匹目のシカも、こちらが通常考えられないくらいほどある程度近づいたところで逃亡した3匹目のシカも、私に対してメッセージを発信していたのかもしれない。
「仲間がワナに掛かっているから助けて欲しい。」と。
私はそのシカを助けることは無かった。助けること無く引き返した。
この日は当然、歌などやる気にもなれず写真だけの砂防ダム行脚となった。
行きの行程で見つけたアケビを帰りに再度見つめた時、本当に不安になった。あのシカを獲りに来る者がちゃんと現れるのかどうか?と。
どうなったかと再訪した
後日、シカの件が気に掛かっていたため再び同地を訪れた。シカは木に掛けられていたくくりワナごときれいに取り外されていた。この再訪の日に、周辺に仕掛けてあった別のワナと有害鳥獣の捕獲を示す標識を確認。どうやらあのシカも有害鳥獣としての捕獲のため、埋葬処分も考えられる。以降、ネットなどでいろいろ調べたが全国的にシカの捕獲数は飛躍的に増えており、その処分方法をめぐっては日本のあちこちで困難の壁に直面しているようなのである。イズシカのように食肉として利用されるのは全体の半数にも及ばず、そのほとんどは埋葬処分というかたちをとっているらしい。伊豆地方もそれは例外では無く、狩猟者の負担や食肉加工センターの処理能力超過の理由から、獲っては埋めるという行為が繰り返されているという。本来、食することを目的ともせずに命をいたずらに奪うということはあってはならないはずだ。しかし、シカがあまりにも増えすぎれば予想だにしない自然災害の発生も懸念される。重要な問題であるのは間違いない。
3年ほど前に自分が思ったことを今になって反省しているのだ。