8月13日午前4時50分。黎明の時、まずは賀茂郡東伊豆町、白田川河口右岸に立ち寄り川、海に挨拶。
本日はよろしくお願いします。
車に乗り込み、伊豆急行片瀬白田駅わきのガードレールをくぐり抜けクスノキの街路樹ならぶ駅前道路を抜けると、国道135号線白田信号へ。
赤信号が青に切り替わるのを待つ間、見るのは右手すぐにあるコンビニエンスストア。
店は早朝の時間帯にもかかわらず、海水浴客の来店によって異様に賑わっている。
信号は青に切り替わり、上を目指して走り始める。本日入るのは、伊豆半島の東の横綱である白田川。その右腕の「堰口川(せきぐちがわ)」である。
東伊豆最強と恐れられるこの右腕の上流には堰堤銀座と硫黄坑、水力発電施設といった数多くの功績が刻まれ、その過去の栄光のみならず流れは一年通じて水量豊富、また大小の岩石でゴツゴツしていて表情豊か。隠そうにも隠せない“豪腕”は見る者を圧倒する。
今日は胸を借りる。じゃなくて、腕を借りる。ことになるのだが、くれぐれもぶっ飛ばされて死なないように注意したい。
なんでもこの東の横綱は昨秋、過去に類を見ないほどの大暴れしたというではないか。大暴れしすぎて自らの※両腕には無数の傷がいまだ完治せず残っているそうだが、その辺も気になっている。(これが人々に対する“報復行為”であるのならば、非常に申し訳なく思う。)
特別養護老人ホーム湯ヶ岡の郷、東京発電白田川発電所、東伊豆町白田浄水場前を抜けると入渓点の水路が現れた。
その位置を感じとして例えると、右腕の肩と上腕二頭筋の突き出しの間くらい。
※左腕側の流れは川久保川という。
カツカツ。
車から降りる。時刻は午前5時20分。海の方角からは、一段と明るい光が差し込んできているのがわかる。自分がいま立っているところにはまだまだという感じだが、川沿いに走る林道より内側の一部には、もう自然界最強の光が差し込んできていて、あまり太すぎることは無いスギの木の一部連中がすでに温まりはじめている。
アケボノに照らされるヒョロリたち。
いやいや、そんな悠長に見て楽しんでいる暇なんて無い。今日のテーマは「早朝に照らされる堤体の落水」である。
朝一番の暑すぎない気温条件のなか、スギと広葉樹の渓畔林に囲まれた環境下、光る落水を見ながら歌を楽しむつもりでここ堰口川までやってきたはずだ。
時間があまりにも押してしまうと、チャンスタイムを逃してしまうことになる。急がねばと準備をはじめる。と、
カツカツ。
カツカツ。
先ほどから我が愛車に頭を何度もぶつけているヤツがいる。アブだ。
好奇心旺盛なヤツで、夏場はどこに行ってもコイツはつきものだが、そんなにカツカツ、カツカツぶつからなくてもいいだろう。
早朝ぶつかり稽古か?
そろそろ相撲のくだりもやめたいと思っていたのに・・・!
でも会いに来てくれてありがとう。
時短
午前5時半。乾ききった水路をものの数分でクリアし、堰口川本流に出た。
左手側が上流、右手側が下流。
その下流側。初めて来た時、その美しさに感動したことを覚えている。
当時は、まだ入渓点なんて分かっていなかったからこれよりだいぶ下流の堰口川橋のあたりから入渓したのだった。
今はどうなっているかわからないがその時は、瀬と深い淵が連続するような渓で、ウエーダーでも行けそうなコースを右に左に選びながら上を目指して歩いた。
このあたりは堰口川全体として見れば最下流部。しかし、いわゆるボサ川とはならず石がデカいの小さいのゴロゴロしていて、両岸みどり豊かで清冽な流れの中の遡行を楽しむことができた。
とくに入渓点の水路と堰口川の合流するところの少し下流は、大型トラックほどもある大きな石とその落ち込みによって出来た深めの淵、それを取り巻くように転がる大きすぎない川石とでとても美しかったような記憶がある。
宮崎県の高千穂ってこんな感じ?
今は堤体前に入ることだけを目的として動いているから、新規開拓のその日以降はショートカットして堤体を目指すばかりという状況で、そのことによって「時短」を獲得している反面、美しい渓を歩く楽しさを忘れてしまっているかな?と思う。
知らぬが仏。知らなかったから仏。かつて時間を掛けて取り組んでいた頃と、今が違っているというところには残念さもある。
さあ、今日は?
あまり時間が無いことを思い出す。時短というメリットを無駄にしないよう堤体に向かって急ぎ気味に遡行し、目的地に到着したのが午前5時50分。
“まげ”にとは思いがけず
堤体を見てすぐに分かったのが、昨秋の大暴れ痕。
副堤の砂底の上に巨大なコンクリートの塊が2個、埋め込まれている。これが何の塊なのかはわからないが、運んできた川のパワーには驚いた。昨秋の大暴れの後半戦にあたる台風19号時には「氾濫注意情報」がラジオのアナウンサーによって何度も連呼されていたが、こういうことだったのかと納得。
美しき渓もその顔を豹変させる時があるのだと・・・。
副堤に上がって画像を撮ったりしたのち、朝日の到来を待つ。朝の6時台に落水を太陽の光が照らしてくれれば、きっと美しいに違いない。
天端右側(向かって左側)はもうすでに太陽の光が届いている。この光が徐々に天端左側(向かって右側)に移ってきてくれれば良いあんばいだ。
6時15分、30分、45分、7時・・・。
ダメ。
その後7時台も待っていると落水のところどころをスポットライトのように照らす光が差してきた。残念。
なんとも生々しい光である。それは相模湾の水面上ギリギリの水蒸気のなかを這うように透過してきた朝日の光とは種類が違う。
照らしているのは明確に昼の太陽の光に同じ。いまごろ海沿いでは海水浴客が「待ってました!」とばかりに大騒ぎしはじめている頃か?
こちらは後方、下流側を振り返れば堰口川と川久保川の合流点付近の山。太陽の光は横綱の頭部“まげ”のあたりに引っかかりながら、いまだに影を残しながら堤体の落水に届いている。
ここで真夏の朝うたうのは不可。
残念ながら、その事実を心得る。光の質に難があって、歌うという気になれなかったということだ。
鳴々・・・、
そんな中でも堤体そのものの頑丈、堅牢さには拍手。昨秋の大暴れのみならず幾度の大荒れにも放水路天端は壊れること無く、しっかりとしたエッジを残している。落水は周波数を低くすること無く響いており、左右に幅広く落ちる水の形状もあいまってその持ち味は生かされている。渓畔林も垂直方向の先には濃く、申し分ない。
これならば季節を改め、また時間帯も改めれば楽しめる堤体に激変するかもしれない。
収穫が何も無かったわけではなかった。その時季に現地に赴いて、見て聞いて知り得た情報もあったのである。
午前8時すぎには堤体前を離れた。帰りは大汗かきながら、しかし体で覚えた堤体のデータに(心の中では)ガッツポーズしながら退渓をした。
本日は稽古を付けていただきありがとうございました。金星は付きませんでしたが、東の横綱の片腕に挑戦できただけで幸せです。また、よろしくお願いします。
ごっつあんです。