9月21日、午前中は賀茂郡東伊豆町白田川河口のゴロタ浜に立つ。
正午までの天気予報は雨であった。しかし、天気予報によれば、そこからは晴れるという。とりあえずは、釣りをしながら陽気が差すのを待つことに。
以外と簡単に見えるもんだな。
海が穏やかで、遠くには伊豆大島、利島、新島などが見える。近視で眼鏡を掛けている自分、このテの「見える系」の話しは苦手なのだが、そんな私の目でもってしても見えてしまう見通しの良さが今日の海にはあった。
沖合には一艘の船。遊漁船と思われる。なにやらフルスロットルで走りはじめた。“鷹の目をもつ男”が鳥山を発見したか?
鷹の目をもつ男とは話が噛み合わない。一人、遠くの景色を楽しみ始めるのが常だ。
あぁ、鳥山が見える・・・。ナブラが・・・。
あぁ、シイラが泳いでる・・・。
おっ、釣ったな・・・。
・・・。見えないよ。全然。
私の目にも分かるのはあの船にはスパンカーが付いている。だからキャスティングのルアー船では無いということ。鳥山やナブラを見つけて航走しているのでは無いということ。事実ふねは熱川方向にむかって走り去って行った。
なにも釣れぬまま時刻は11時。午前船は沖揚がり、自分もゴロタ浜を揚がることにした。
爆音!
白田川河口に植えられたクロマツを軽く観察したのち、河口部を離れる。
国道135号線まで出て、白田橋に向かって走った。その橋にさしかかる直前、黄色っぽい3階建てビルの様子をうかがうと、入り口前には小さな文字で書かれたホワイトボード、それに「営業中」のノボリが確認出来た。
いったん橋をわたり終えて、ぐるっとまわってUターン。さきほど確認したビルの駐車場に頭からツッ込ませて駐車した。
車から降りて入り口ドアを開けると、
掃除機の爆音!
これには拍子抜け・・・。
初見の店の緊張感もどこかへ消えてしまったところで2階に上がるよう案内された。
窓から見える白田川が綺麗だったので窓際の席に決め、椅子に腰掛ける。
窓の外には見下ろすように国道135号線と白田川と白田橋。今日は明らかに道路がにぎやかである。車上のルーフキャリアに積まれたサーフボードのフィンが風を切って通り抜けていく。
マリンジェットを引いた大きなRV車も。ややあって、今度はツーリングの一団が綺麗に隊形乱さずやって来た。
白田橋の南側には「白田」の信号があって、それが赤になったり青になったり切り替わるものだから、車もバイクも止まったり、そこからノロノロと進み始めたりする。
一時的に橋の上に小さな渋滞のような車列が形成されるが、運転者の表情はみな至って晴れやかだ。
気まずい顔など無い。隠れるように観光地に向かってた先月までとは違う。
堂々と橋をわたって、堂々とその場所その場所に赴くことが出来る。待っているのは晩夏に最大色濃くなった伊豆の緑と蒼の海。こんなにも美しいものを「自粛」の二文字で放り投げておくのはナンやらの持ち腐れである。
今日は自然の恵みを無駄にすることなくいただこうではないか!
この店の大女将おぼしき女性の手によって小舟が運ばれてきた。自身で頼んでおきながら、その小舟に高々と積み上げられた自然の恵みには心底おどろいたのだったが、気持ちを落ち着かせ、無駄にすることなく全て平らげた。
たらふくの余韻に浸る間もなく、ふとここで眼下の駐車場を見下ろすと、すでに駐車場が満車である様子が目に入ってきた。そういえば、まわりの席を見ればみんな人で埋まっている。大女将はじめこの店の人たちは生業のさなかであることに気がつき、車の移動へと1階に急いだ。代金を払って店を出たら空は先ほどより明るくなっていた。時刻は午後0時半。
30分遅れで天気予報が当たったことを確認したのだった。
白仙橋
駐車場を出て、堤体を目指す。今日入るのは先月“横綱の右腕”として入渓した堰口川だ。
白田川左岸の「白田」信号からは北西方向に。
やがて対岸に白い建屋が現れる。よく見れば山の上から1本、水圧管路が降りてきているのがわかるが、これが白田川発電所。堰口橋をわたれば至近距離で施設を見ることが出来る。
橋は渡らずそのまま左岸側を100メートルほど直進し、今度は右斜め前方に東伊豆町白田浄水場。現在、浄水場前には看板が立ててあり、「この先 白仙橋付近災害のため通行止め」の文字。
浄水場わきを越えたところから道は林道の様相を呈すが、この林道、ずうっと奥まで走って左岸から右岸にチェンジする地点には白仙橋。現況としては白仙橋の数百メートル手前に林道上を塞ぐように倒木が、電柱の破壊を伴って発生している。
昨年の大型台風の爪痕が今も残っているという形だ。
ここ堰口川は、伊豆半島内で最も多くの堤体を構える河川である。(東の堰口、西の宇久須。宇久須川も多い。)堰堤につづく林道が通行止めではやはり利便が良くない。一刻も早い復旧が望まれるところである。
交通量はゼロ
1時間半ほどは車中で待機した。それにしても1時間半も林道沿いに停めた車内に居て、
交通量はゼロ。
夏の終わりを告げるツクツクボウシの鳴き声と堰口川のせせらぎの音だけが森を鳴らし続けていた。
午後2時20分、車を降りて入渓の準備をする。下半身にはウエーダー、上半身には長袖シャツとフローティングベスト。手にはウォーキングポールを1本。Vメガホンの入ったバッグも背負った。
ヤブはあまりきつくない。とくにスギの木の密生するその下は。林業素人の目では分からないところなのだが、どうやらこれではまだ林床に届く光は光量不足ということらしい。
肯定的な感情も持ち合わせながら一歩一歩踏みしめ下りて行くと、堰口川の河原に出ることができた。あたりにはソフトボール大の石が敷き詰められた空間が広がる。
これから目指すのは、下から(堰口橋から)数えて4番目の堤体。今自分が立っているのは下から数えて3番目の堤体に滞留した土砂の上。
川の傾斜はほとんど感じられず、ソフトボール大の石をゴロゴロ鳴らしながら歩いていけば、ここはどこかの自然公園なのかという錯覚を覚える。
砂防ダムが出来たことによって滞留土砂の広がる空間が形成されました。という事実について、現物を見ておのおの判断すれば良いと思う。わたしにとってはここは、
美しい。
なんてもんじゃないほどの
超絶景!
ニホンジカに
車から降りて20分後の午後2時40分、ようやく堤体前に到着。
ここの堤体はおおよそ西北西向き。それに対して落水後の川はほぼ北西に川上を見る。南東-北西方向に形成される川に対して、堤体は90°でクロスすること無く全体的に右岸側(向かって左側)を若干こちらに突き出すようなかたちで形成されている。
そのためか、川の左岸側(向かって右側)の河岸にかなり負担がかかるようで、建造時に積み重ねるようにして施工した側壁護岸のブロックがきれいそのままに露出しているという状況が目に入った。
石や土砂は吹っ飛んでしまったか?左岸側に詰め寄る。
あちこちの堤体に行っていて、ここがどうであったかという正確な記憶はもともと持ち合わせていない。しかし、少なくとも側壁護岸がこんなにも元の建造時の姿を見せた堤体は覚えが無い。縦方向には副堤からの水の落ち込みによって深く、飛び込みプールほどまでに洗われたボトム(底)が確認出来て、そこに魚が張り付いているかと覗き込むほどであった。
恐るべしパワー、横綱の右腕。
川の中央にもどって音楽に目を向ける。広い川幅に広い空間ができているが、そこよりさらに外側の両サイド、渓畔林は申し分ない。
自然界から放たれる音の出どころは本堤の落水、副堤の落水、これより川下に転がる川石の落水の水の音。
それら落水による音が届かない「高い空間」にVメガホンを向けて声を放つ。なるべく力まないように。(←自分が一番苦手としているところではあるが・・・。)
堤体の放水路天端の向こうには山の斜面に植えられたスギの樹冠が広がるが、そういった遠くの景色を楽しみながら歌えれば、体は自然とリラックス出来ると思う。実際に立って目にしてみれば分かるが、そこに太陽の光が当たっているか、当たっていないかでは大きな違い。幸い、当日の午後0時半からは晴天で、表現をする環境としては大きくプラスとなった。
午後4時、まだまだスギの樹冠が明るく照らされている状況であったが堤体前を離れることに。
もう9月も下旬であるから、ぼちぼち暗くなるかな?と。
下流側に向かって歩くとほどなくしてまたしても超絶景の滞留土砂の上に出た。カキノキがあったので観察していると、
キャン!キャン!
左岸側の遠くで警告音が響いた。鷹の目をもつ男ではないし、そもそも森の中から鳴いているから(きっと誰の目にも)ヤツは見えない。遠くの景色の木々の中から鳴き声だけがこちらに届く。
もう夕暮れは早いぞと咎めるニホンジカの声を聞きながら渓をあとにしたのだった。