宇久須川に初めて行った頃のことを書こうと思う。デジタルカメラの画像に付いた日付によれば、それはどうやら2016年の11月頃のことのようである。きっかけは当時の勤務先に、本屋でアルバイトしているという方がいて、その方に地理院地図を探してもらい購入したことから始まる。その後は専ら地理院地図の情報をたよりに、伊豆半島各地の砂防ダムに行っては歌っていたことがデジタルカメラのデータからわかるが、中でも宇久須川水系の堤体の画像が非常に多い。もうこれは地理院地図を見れば当たり前のことなのだが、伊豆半島西部、駿河湾に流れ出す各河川を比較したとき、砂防ダムなどを表す二重線マークが多いのは、圧倒的に西伊豆町を流れる宇久須川水系である。二重線は宇久須川の本流に多数見られるだけで無く、その支流河川である不動尊川、大久須川、赤川の3河川にも数多く描かれているため、全部合計すると相当な数になる。(そして地図に描かれていない堤体も存在するため、実際の総合計はさらに大きくなる。)
ウハウハ
どこであったか?という初入渓の場所は記憶に間違いは無く、上流部であった。宇久須川を県道410号線に沿って登っていくと画像Ⓐの堰堤が目に入ってくるが、その周辺、道路が大きくカーブしているあたりが道幅も広いため、当時もそのあたりに駐車したことであろう。
「一帯」という言葉の定義の仕方によっても異なってくるが、デジタルカメラのデータによれば、この一帯だけで画像Ⓐの堰堤も含めて7本もの堰堤を発見している。堤高5メートル未満の低めの堰堤ばかりであるが、いずれの堤体もその側面を自然のまま(側壁護岸を伴わない)としているため、雰囲気としてはなかなか趣がある。敷設からの年数も長いようで、堤体本体がしっかり黒くなっていることは、スギの渓畔林によって生じる暗がりをいっそう引き立て、歌うときにより詩の世界に入り込んでいけるのではないか?そのような雰囲気の中、当時どの程度まで音楽を楽しめていたのかは記憶していないのだが、初めて経験する連続の堰堤群に、気分はウハウハだったように記憶している。
砂防ダム探しのメソード
一方下流部はどうであろうか?下流部には翌月の12月に初入渓したようである。下流部の堤体へは、上流部への時と同様に県道410号線を使用してアクセスする。県道410号線は宇久須川をほぼ平行に登って行ける道なので、車を運転しながら川の様子をうかがうことが出来る。そして私は3年前、偶然にもこの宇久須の地で「砂防ダム探しのメソード」を修めたのであった。
川が階段状になっている
川が階段状になっている。ということを発見したことが大きかった。
これは登り、の時のことでは無く、車で下っていた時に気づいたことなのだが、宇久須川とほぼ並行に引かれた県道410号線より川を覗きこみながら走ると、あるところで川は突然、水平に近い状態となる。これは砂防ダムの堤体上で溜まった土砂によるものであると理解するのが、さらにその地点から下り続けた数秒後のこと。堤体が現れ、なるほど。せき止められた土砂なのか・・・。となる。そしてその直後に川の落水の様子を目撃する。
自分自身が見たかったのはその落水の様子。やはり気になるのは堤高の規模なので、ここでは落差が大きいほど嬉しさがある。大きな落差に期待して、自然と堤体の下流側の様子も見ることが出来ていたのだ。全体的には、川が水平に近い状態になった所から、堤体を境にストンと落ちてまた流れ始めるという、一つの堤体を中心とした川の高さの変化を見たのだった。
あることに気がついた。
そのまま坂を下り続ければ、また次の堤体の箇所に入るため再度、水平になって、ストンと落ちる変化が見られる。次回以降もそうで、また水平になってストンとなる様子を見る。以降もこれのくり返しである。堰堤、砂防ダムの連続した宇久須であるからこそ、遭遇することが出来た光景であった。
ここでふと思ったのは、一つ一つの堤体によって出来た変化を合わせると全体的には川が階段状になっているということ。それぞれの堤体同士の間隔は決して短くはないものの、川は堤体という人工物によって、これまた人工物である階段のような形に変形させられていたのである。そしてその変形を見た時に私はあることに気がついたのである。
―川が階段状に変形することを察知するのに、堤体本体はあまり関係しないということ。―
どういうことか?
水平に近い状態となった川は、面積的にはかなり広い範囲で見ることが出来る。一方の堤体本体はその幅およそ1メートルの“区間”でしかない。ゆえに前者は見つけやすく、後者は見つけづらい。実際の階段に例えれば、溜まった土砂によって形成された広い範囲は、階段の足を乗せる部分で、堤体本体は階段の“縁(ふち)の部分”でしかないのだ。
この事に気がついたことは以降の砂防ダム行脚において非常に役に立った。堤体を上流側から見つけようとする時、幅が1メートル程度しか無い堤体を探そうとしてもこれはなかなか難しい。ましてや、自然界の中では樹木や草によって視界が遮られるため尚更だ。堤体本体がただあるだけでは満足できず、その周辺に生える渓畔林の存在を大切にしている自身にとって、基本的に目指す先はそんな視界が遮られてやまないようなところばかりであるはずだから、見つけようと頑張ってみても困難な現状に直面することが多いはずで、事実、実際の現場でそうなることは多い。
探さなければならないのは
探さなければならないのは、見つけやすい、水平に近い状態になった川である。大きな石がゴロゴロ転がっていて、大小の轟音を放つ渓流区間のはずであるのに、あまり大きくは無い石が乾いていて広く溜まっている所。妙に流れの幅が狭くなって、すじ状になったところ。樹木が生えているが、その付け根には全然根を見ることが出来ずに土や石が覆いかぶさっているところ。川でこれらを見つけたら近くに堤体がある可能性が高い。上記のような変化は、流されてきた土砂の蓄積で、川の傾斜が水平に近くなったところによく見られる光景だからである。
川と道路がほぼ並行に走っていること、堤体そのものの数が多いこと、様々な偶然が重なりあったおかげで、宇久須では大変な勉強をさせてもらったと感謝している。前回のエピソードでは、無性に歩きたい!となったとあるが、きっとそれはこの川で得ることができた「学び」による感動を再び味わいたくなったからなのではないかと自分では思っている。
いよいよ冬が本格化するが、以降は、これまで視界を遮っていた草木の多くが枯れ、視界が最も開けるという季節に突入する。山の中の様子が見やすくなる中で、どんどん新しい場所にチャレンジして数多くの堤体を発見したいと、自身に対しワクワクしている。
探そうではないか、砂防ダムを。冒険しようではないか、山を。
新規開拓の季節到来。である。