ノーキャスト、ノーバイト

宇久須港

5月11日、朝5時を迎えた。場所は賀茂郡西伊豆町宇久須。

暁の海。海面を撫でるように吹く風とさざ波。

ノーキャスト、ノーバイト。訳せば、

竿は振らなかった。魚は食いつかなかった。

といったところか?

夜明け前、ここまで来ていながら釣りをしなかったのは海の状況がさほど芳しくなかったため。

ちょっと荒れ気味なくらいがよく釣れる。

釣り人であった頃からの経験則は、にわかを引っ込み思案にさせた。

余計な考えだったかもしれない。

やってみればよかったかもしれない。釣れなくてもいいから。あの玉の鉄のゴロゴロいうプラスチックの塊を思い切り海に投げ入れてみれば、それだけで充分気持ちがスッキリしたかもしれない・・・。

エサ代は掛からないはずだ。なにも失うものは無い。だが、どうしてもこの日はルアーを投じる気にはなれなかった。

べた凪の海を眺めつつコンビニのコーヒーをすする。

階段をトボトボ、
公園へ。
ここは浜海浜公園。
時計を見にいく
静かな朝。

赤川との合流点へ

海がダメとも川があろうと気持ちを切り替える。

午前5時半、交通量もまばらな国道136号線を歩き、新宇久須橋より宇久須川を見に行く。

異常なし。川底は白く。

午前6時、浜海浜公園駐車場にもどり車にのりこむ。駐車場を出て、宇久須南信号交差点より静岡県道410号線を東へ。

午前6時10分、宇久須川にかかる清水橋ちかくにて停車。再度、川のチェックを行う。

異常なし。川底は白く。

ここは、伊豆半島の隠れジオスポット。清水橋ともう一つ上流側には神田(じんでん)橋。川底が白くなっているのは宇久須川と支流である赤川の水が合流したあたりから。

宇久須川の微かに濁った水に、川石・護岸ともに赤錆びだらけの赤川の水が加わると、その地点から下流側は川底が白く変色している。

見えているのは水酸化アルミニウムの沈殿物。

最も顕著に色付いているのは合流点付近で、以降下流方向は帯状に白い。帯は合流点よりおよそ2.5キロにわたって最後、宇久須川の河口へ至るまでの区間およんでいる。

宇久須川の支流、赤川の上流にはかつて珪石を採掘する鉱山があった。おもに第二次大戦終戦後には国産板ガラスの原料として、昭和40年以降は軽量気泡コンクリート(ALC)の骨材原料として産地の珪石は利用されてきた。

国家の発展に大きく寄与してきた険阻の地下資源採掘である。結果、ここでは酸性水の流出という現象が起きた。(もちろんこれは採掘前より先天的な現象として、すでに存在していたということも考えられる。)では、それがどのように環境に作用したのか?といったことについては今後、経過観察を続けていかなければならない。

最終的に宇久須川の流れ出る西伊豆沿岸地域は魚類のほかイセエビ、アワビ、トコブシ、サザエ、テングサ等の漁が古より行われてきた。これは時系列にすれば珪石鉱山が開業する以前から開業して以降、そして現在にいたるまでのことであり、さらに広く海域を見わたせば最深部2500メートルを誇る駿河湾の海では深海魚漁が、やはり今も昔も行われている。

狭い水域であるほど影響力は大きいであろう。前者の西伊豆沿岸地域とは沼津市戸田から賀茂郡松崎町あたりまでの範囲について。

これまでの堤体さがしにおいては赤川同様、微酸性~弱酸性の川・沢は伊豆半島内で他にも多数見てきており、やはり川底が赤や白に変色している場所もこの目で確認している。

焦点として捉えるべきは宇久須川だけではなくさらに多い。

植生などは川の近く、渓畔林を構成する樹木において異常現象が見られたという記憶はない。シカも相手にしないアセビ、ヒサカキ、ヤブツバキなどは一年中いつでも良い樹勢を見せてくれ、こういった植物は特殊な水のなかに含まれる微量元素を補給しながらむしろ元気にやっているのだと感じるほどである。

釣りの分野では渓流師は悪水として嫌う人が多いが、自身含めた海釣り師はむしろこういった川の近辺でいい思いをすることが多い。どういうわけか降雨時に河口より大水が出たタイミングにおいて、よく釣れるというケースに出くわすのだ。

伊豆半島全体として赤川のような特殊な川が多いため、それがあらゆる生物にどのように影響を与えているのか?ということについては今後も注視し続けていかなければならないだろう。

隠れジオスポットへ
清水橋より。
右の太い川が宇久須川。中央、細い川が赤川。
両者の流れが混じると川底が白くなる。

入渓点へ

午前6時35分、ふたたび車に乗り込み発車。宇久須川に沿うかたちで静岡県道410号線を東進する。

午前6時40分、竜神峡ます釣り場まえを通過。

午前6時45分、静岡県道410号線上、入渓点至近地点に到着。道幅の広くなったところに車を駐車し、入渓の準備。

午前6時55分、準備完了。まずは入渓点の目印となる看板の撮影に向かう。

二級河川宇久須川起点静岡県。

看板を画像に収める。この看板のすぐ横に堤高6メートルほどの堤体があり、その上流堆積地より入渓する。

午前7時、遡行を開始。ソフトボール~バレーボール大の石が敷かれた渓をのぼってゆく。ところどころには幼稚園児でも座れそうな石椅子が。ちょっと一休み出来そうだ。

堆積地をこえれば渓畔林の多い区間へ。スダジイの高木にフジ、テイカカズラが絡む暗い渓畔林の下ではしっかりと水が流れている。水深にしてくるぶし上程度の水を蹴りながら遡行をつづけた。

午前7時25分、目的の堤体に到着。(堤体名不明。)

入渓点の目印。
入渓点よりすこし上流地点
アカメガシワ
渓畔林に隠れながら遡行する。
あと少し・・・。
堤体前へ。

春の堤体

水はしっかりと流れ、いかにも春の堤体といった感じである。放水路天端上を流れる水はしっかりした厚みを持っており、その厚みある水を朝の太陽が照らす。

主堤より湛水する水は水褥池へ落ち、水褥池につづいて副堤から落ちた先の護床工区間は小池のようになる。さらに大型重機タイヤサイズの石で構成された荒瀬へと流れはつづき、荒瀬から推定1メートル以上はあろうかという深く掘られた淵に向かって水はダイブしている。

好感触の気持ちを抱くのは、堤体前におけるノイズの質について。普段、接する機会が多いのは、川石に水が衝突することによって発生するタイプのノイズ。

今まさに接しているこの堤体前のノイズも落ちこみによる縦方向への衝突が見られるが、異なっているのはその音ひとつひとつの小粒感。細かさ。

細かなノイズに集約された堤体前は声を入れるという行為を試みる前段階から、すでにこれから楽しいゲームが待っているということを予感させてくれる。

堤体は84度。東北東。
風は微風。
距離は75.6ヤード。
頭上は覆う渓畔林

声を入れてみる

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

期待していたとおり声が良い感じで響いている。堤体前を支配するノイズがきめ細かく、そのきめ細かく迫ってくるノイズに対して声が混じり合う感覚が非常に心地よい。

水が落下したときに発生するノイズに対して、人間の声をかき混ぜていくという行為がこれほどまでに心地よいのは、その混じり合う音同士の攪拌が非常にスムーズに行われているからであろう。

豊富な落水に起因する空気の動きも感じられ、微風は声をよく運んでくれている。渓畔林の葉によって形成された影の下に入り、歌い手自身が音に集中できていることも大きい。

自然体にしていながら音を聞こうとする体勢になることが出来、結果、響きに対する感度が上がるという好循環に陥っていた。

ハゼノキ
コナラ
高いところにあるヤブニッケイは見上げる。
右岸側
左岸側
ノイズがきめ細かい。

つくられた空間の中で

結局、この日は午前11まで堤体前で過ごした。

経験則・・・、であろうか?堤体前の環境は砂防ダム音楽家に歌う行為そのものを誘った。

その質の良さ。まだ一日の半分も過ごしていない者を歌へと駆り立てる良質な堤体前のノイズ。

正直、堤体前に到達した段階で歌おうとする気がどれほどあったのか?ということについては記憶が無いが、結果的に声を入れるという行為が出来たというについて、また、その最中に感じられた非常に心地よい、力まなくてもいいという感覚は、自然界からの誘いをうまく受け取ることが出来た結果なのではないかと考えている。

他動的につくられた空間の中で自分自身がやったことといえば、ノイズに対してただただ声を合わせにいったということだけ。

歌うことが出来て、歌い手自身の心の中に沈んでいるものを外に放出することが出来、非常に心地よい感覚に包まれながら遊べた。

最高の朝を満喫することができた。

良質なノイズに声を合わせていく。

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