
いやはや独り占め状態といって、だれもがピンと来ない時代を生きている。
砂防ダム等堤体類の下流区間。「堤体前」と呼んでいるその場所が、独り占め状態に出来ますよ。あなただけのものですよ。だれもいませんよ。
そんなふうに言われて、大喜びする人がどれだけいるというのだろうか?
この川が?この林が?このコンクリートの壁が?
独り占め?
えっ?
そんな返事をされたときには補足する。
これは演奏施設なのですよ。と付け加える。
その価値は上がるのか。
評価は上がるのか。
魅力的なものとして映るようになるのか。
こうして文章にして発信している。
音楽ホールを否定しない。
劇場を否定しない。
スタジオを否定しない。
ライブハウスを否定しない。
カラオケを否定しない。
しかし、上記したような演奏施設には無い、あらたな楽しみというものが堤体前にはありますよ。と、それだけはただただ伝えているつもりである。
価値のあるもの。
価値のあるものを紹介しているつもり。
果たして今後はどうなる?
堤体前。
独り占め状態。このことばを言われて、人が歓喜するような時代はやってくるのだろうか。

シバザクラ
4月12日、午前8時20分。大月駅。
本日向かうのは、山梨県南都留郡西桂町。
さっそく西桂町に・・・、と、そのまえにまずは大月市内の目的地へ。
うわさに聞いていたもの。
駒橋信号交差点のシバザクラを見に行くのだ。
気温は9度。天候はくもり。
キャスター付きのデカバッグをガラガラ鳴らしながら、駅前通りの坂を登ってゆく。
そうだ。今日はキャスター付きバッグを引いている。
旅にはレギュレーションを設けた。
電車移動。
車がないぶん、どこでも好きなように、あっちへ行ったりこっちへ行ったりできない。
反面、旅の情緒というか、旅の面白さみたいなものは車移動のときより増幅するのでないかと期待している。
身一つ。ひ弱な状態で旅ができることはスリルをはらんでいる。車という鉄の囲いを失った弱さで、しかし道端に落ちている小さなものに気がつきながら旅を進めていくことができるミクロの旅だ。
ワクワクしている。
駅前通りをまっすぐすすんで丁字路を左に折れると「大月第一トンネル」があらわれた。
そのままトンネル内。トンネル内の歩道に沿って進む。歩道すぐとなりの車道は、車がビュンビュンと走りぬけてゆくような状況だ。
しかし危機感は無く。
ぼーっとしている。
いや、これはいつものこと。
特段、ぼーっとしている。
春だからか?
歩道に設けられた鉄の柵に護られながら、ぼーっとしながらトンネルをくぐりぬけた。
午前8時45分、駒橋信号交差点に到着。
うわさに聞いていた駒橋信号交差点のシバザクラ。
信号交差点をみごとに飾るシバザクラ。
早速カメラを取り出し、写真に収める。
「あっ、アイツ写真撮ってるぜ~」
交差点を通過するドライバーの声が聞こえてきそうである。
いや、関係ない。
見事なシバザクラの丘。むしろ、アンタたちこそわき見運転注意だよと言ってやりたい。
この道は山梨県の大動脈、国道20号線だ。花壇の存在に気づいたとして簡単にはUターンしてかえってくることができない。
へへっ。
きょうは日曜日。
しかし朝の時間帯だからか?
花壇のまえには誰もいなく独り占め状態である。
いっしょに咲いていたシナレンギョウとサツキとハナズオウもカメラに収めた。
それにしても圧倒的なシバザクラの色。目ん玉も脳も赤紫色に染まってしまいそうだ。
強烈な色彩。
目が覚めた。





オリンピック
午前9時半、ふたたびの大月駅。
途中から晴れてきたので暑い。駅前トイレを借りて着替えることにした。中に着ていたインナーシャツ、アンダータイツのおかげで汗をかいてしまっていたのだ。
暖かい春の旅に期待しつつも、着るものはしっかり着てきた。
旅の締めくくりにあるのはやはり堤体前での歌である。さあ、これから・・・、というときに寒くて立てません。これでは旅そのものが台無しになってしまう。
万一、冷たい風がビュービュー吹くような状況に立たされたとしても、しっかりと歌えるように。
屋外でたのしむ音楽。エアコンに守ってもらうなんてことは出来ない。良くも悪くも屋外の音楽なのである。
午前9時40分、駅前トイレで着替えを済ませると、大月駅富士急行線のりばへ向かった。
切符を買い、改札口へ。
改札口を通り駅構内へ。
人だらけ。
イベント?
山梨でオリンピック?
あれ、アスリートっぽくない人もいるじゃ・・・、
弁論大会だ。弁論大会。きっと、弁論大会があるのだろう。
日本語スピーチコンテストというやつだ。テレビで見たことあるわ。
各国の代表たち。
これだけの人数、一人あたりの持ち時間は・・・?
30秒ずつくらい?
立ち食いそばより早いわっ!
午前10時3分、河口湖駅行きの普通列車がホームに到着。ごった返す訪日外国人にまぎれ車両に乗った。
座席定員100パーセント越えの車内。
越後線とか、信越本線とか。遠くむかしの学生時代を思いだしてみても、こんなに人だらけの電車に乗った記憶はほとんど無い。そして、ここまで外国人だらけの電車に乗った記憶は確実にゼロだ。
例えるならオリンピック。
なにかの競技会場に向かう列車内といった感じ。
みなテンションは高い。
とてもにぎやかな車内だ。
世界各国のことばを聞きながら、電車に揺られた。





買い出し
午前10時15分、電車は赤坂駅に到着。
ここで途中下車。
向かったのは、赤坂駅から徒歩1分のところにある「スーパーマーケット公正屋都留店」。
公正屋である。
公正屋といえば魚。魚なのだけれど、公正屋は惣菜もうまい。
旅のお供を。
なにかいいものを。
ここはひとつ、見つけて引き連れたい。
店内に入る。向かったのは鮮魚コーナー。
真アジ、真イワシ、ニシン、ホウボウ、ウマヅラハギ、カサゴ、イナダ、ワラサ、クロダイ、スズキ、キンメダイ。
文字で表すには簡単。
しかし、これ。挙げたのは「切り身」じゃない。切り身じゃ無くて、お頭付きの魚。
つまりのところ60センチ以上もあるようなワラサやスズキがどーん!と置かれているのである。さらに「大衆魚」とはちょっと外れたところにありそうな、ホウボウやカサゴが氷の上に乗ってあたりまえのように売られている。
さらに、そのホウボウとカサゴのとなりにはベニズワイガニ、殻付きカキ、殻付きホタテが並べられている状況。
あれ?ここ山梨だっけ?
惣菜コーナーに向かった。
鶏レバーやわらか煮、若鶏の西京味噌焼き、あぶり焼きチキン、和風から揚げ、鶏竜田から揚げ、国産やきとり、鶏のガーリックペッパー焼き・・・。
全体的に鶏が多くて、もちろん豚もあれば、魚もあれば、フライドポテトもある。
他のスーパーマーケットチェーンで置かれているような加工品もやっぱり多い。しかしながら、店の規模からすれば惣菜コーナーは広く、豊富なラインナップから品物を選べる。
いい店に来られた。
惜しむらくは・・・。
惜しむらくは、国中地方には店が無い。店は郡内地方にだけ点在している。
山梨県内の地域スーパー。しかし、家の近所には店が無いという哀しみ・・・。
仕方ない。来る度、ここに立ち寄るしかないということだ。
再訪を想い、店をあとにした。





イタリア人
午前11時22分、赤坂駅にてふたたび富士急行に飛び乗る。
朝の訪日外国人移動キャンペーン。さすがにもう終わったでしょ。
・・・、
またも座席定員超えの車内。
乗った車両には10人くらいのイタリア人のツアーが同乗していた。客らはツアーガイドの話しに真剣に耳を傾けている。
ツアーは男性も女性もいて年代は30~60歳くらいのグループ。
イタリア語で話しをしているので、なにを言っているのかはわからない。しかし、ツアーガイドの説明する内容に対してとにかく真剣に耳を傾けている。
旅先の移動の電車内での説明だ。ときおりシンジュク・・・、などと言っているので、日本の観光地の話をしているのだろう。
そうだ。
ツアーガイドの話しは新宿のはず・・・。
しかし、その話しに耳を傾けるときの表情。
本当に神妙な表情だ。
まさか、
「昨晩起こった重大事件の続報!」
なんて内容では無いはず。
たしかにさきほどツアーガイドはシンジュクと言っていた。
ヤバい話しではないはず。
いや、でもちょっと信じられなくなってきた。
え?え?なにかヤバいことでも起きたか?そんな深刻な話しをしているのか?
こうしてブログに書いていて、砂防ダム音楽家だって深刻な話しをしているわけではない。堤体前に行って歌って帰ってくるという遊びをただただ提案しているのである。
これは日本人が考案した遊びなので、日本発祥の遊びだ。
遊びを伝えているつもり。こちらは。
ラクに聞いてもらってかまわない。
くれぐれも、
「昨晩起こった重大事件の続報!」
そんな顔じゃなくていい。
といったって、
こんな表情で聞き入るのがイタリア人さん?
濃い~お顔だとそう見えてしまう?
将来がちょっと不安になってきた。
午前11時42分、三つ峠駅に到着。電車を降りた。
駅前にある登山道案内図を確認し、まずは西桂町役場方向へ。
西桂町役場の手前で左折。富士急行線のガードをくぐって北進する。
ミネラルウォーターの製造元である「富士ピュア」まえの曲がり角では右折。
午後0時5分、本格手打ち讃岐うどん「ふうが」に到着。
時刻は昼をまわった。食べなきゃ。
頼んだメニューは天ざるうどん。
涼味。
コシのあるうどん。
美味絶佳。
鋭気を養った。と、同時に貴重な「塩」をいただくことができた。
午後0時半、ふうがを出た。
ふたたび富士ピュアの曲がり角まで行き右折。
山祇神社(やまつみじんじゃ)に向かう。
この日、山祇神社は例祭日。
これは三つ峠駅で電車を降りたときからのことであるが、町中には縄が張りめぐらされ、さらに、その縄にはところどころ紙垂が掛けられていた。
山祇神社。こちらは社叢も敷地もあまり大きなものではない。しかし、西桂町全体を上げて祭るほど、ここは町にとっての重要スポットなのである。
きょうは「お呼ばれ」して来たのかもしれない。ご縁あってか、ハレの日に当地を訪れることができた。そして先ほどは塩も口にしている。
あとは参拝だ。
午後1時10分、山祇神社に到着。
旅の安全を祈願した。
午後1時15分、堤体に向かう。
三ツ峠山方向に向かって、ややきついのぼり坂を登っていく。
一帯に植えられている桜の木は、町民ひとりひとりの木。
すべての木ではないが、一本一本町民の名前が掲げられている。花はもうほとんど終わってしまっているが、ところどころには散らずにまだ残っている木もある。
午後1時25分、三ツ峠さくら公園と柄杓流川第一号堰堤の堤体前に到着した。












柄杓流川第一号堰堤
水は帯状に湛水。帯の幅は2メートル程度。堤体の中央、集中するかたちで落ちている。
水が集中する原因としては、堆積地の土砂に着いたアシ。アシが密生することによって、堆積地上には流路が形成されている。
流路によって狭められた水。
水はやがて放水路天端下流カドに達し、堤体水裏斜面を一気にながれ落ちる。
水裏斜面。その表面には残存型枠による割石模様。
水は割石模様に激しくからみつきながら落下する。
一気に落下。そして着水。
アシの密生と激しくからみつく水。
堤体本体周辺は非常にさわがしい景色だ。







待ち
公園の芝生広場にレジャーシートを敷き、荷物を置き、さらに体も預ける。
待ち。
待ちだ。
ここでいますぐに歌うことだってできる。
しかし、
自分の歌を聞いてくれる人(聴衆)は必要ない。
自分の歌を評価してくれる人も必要ない。
旅の歌は「歌が好き」ということを最大、突き詰める歌でありたい。
まずは自分自身のやりたい歌をやる。
自分自身の歌いたい歌をうたう。
日曜日の公園である。やはり公園を訪れて遊んだり、のんびりレジャーシートを敷いて過ごしている人がいる。
だからといって、
プレーヤーと聴衆という関係にはならなくていい。
時間が解決してくれる問題である。
屋外でやる音楽だ。
空間は徐々に闇を呼ぶ。
やがて闇に追われ、人々は帰りの路に就くだろう。
チャンスの時間はそんなころ。
人がいなくなった公園。
自分自身しかいない堤体前。
プレーヤーとして、そんな演奏施設の到来を待つ。






聞こえない
午後4時20分。チャンスは来た。
自作メガホンをセットし、声を入れてみる。
鳴らない。
設定した立ち位置は堤体から62.5メートルの地点。
カラーマーカーの60メートル地点と65メートル地点のちょうど中間の位置。スニーカーでもエントリーできる芝生上の立ち位置だ。
立ち位置に実際たってみると右岸側には斜面、左岸側には平地。いずれも林地になっていて、反響板効果(音が樹木に当たって響くような効果)が得られそうには見える。しかし思ったように響いてくれない。
いや、まったくと言っていいほど聞こえないのだ。
立ち位置至近のノイズが気になる。
堤体本体から落ちた水。水はその後、二カ所の階段工区間を通過する。階段工はいずれも自然石を布積みした階段工で、水は組まれた石と石のあいだをすり抜けながら落下していく。ノイズは落下した水が接地する際に発せられたもの。
階段工が近すぎるのか?
さらに、もう5メートル下がってみる。5メートル下がって立ち位置は67.5メートル。67.5メートルの地点からふたたび声を入れてみる。
鳴らない。
やはり階段工によるノイズの影響が大きく。立ち位置に立っていても常に耳が叩かれているような感じで、まず自分の声が響いているのかどうか。そこがまったくと言っていいほど把握できない。
立ち位置はさらに下がって75メートル地点。
階段工からはだいぶ離れることができた。ノイズの影響はあからさまに小さくなり、音によって耳が叩かれる感じはかなり軽減された。
これならばノイズと声とのバランスに期待がもてる。
ふたたび声を入れてみる。
ようやく。
ようやく堤体前は鳴ってくれた。









デメリットとメリット
結局、この日は午後6時まで堤体前で遊んだ。
自分自身のやりたい歌をやれたこと。
人がいない状況で歌えたこと。
堤体に対し声を入れていくなかで、響きを求め、立ち位置を探ることができたこと。
すべては達成された。
プレーヤーとして、聴衆というもののいない堤体前を望んでいる。しかしながら、それがいついかなるときも実現できるとは限らない。
この日は夕方、夜闇まえの時間帯まで「待つ」ことができた。待つことを選択した結果、求める環境は用意された。
柄杓流川第一号堰堤。
当地は、堤体前にして公園という特殊な環境。その公共性。やはり、自分自身の一存で空間を独り占め状態にすることはできない。
公共スペースであるがゆえの難点。
反面、空間へのアクセス、また空間そのものの過ごしやすさという点では非常に利便性に優れた堤体前であった。
最寄り駅から歩いてここまでたどり着けたこと。
芝生広場、駐車場、遊具など「人」を対象にした設備のなかで歌えたこと。
トイレが近かったこと。
意識的に整備された景観を見ることが出来たこと。
レクリエーション施設としての堤体前空間。これを完成させることは、砂防ダム音楽を愛する砂防ダム音楽家同士にとってのひとつのゴールでもある。
見た目や響きといった音楽的なことのみならず、空間としての過ごしやすさが打ち出された演奏施設を想像する。
砂防ダム等堤体類のひとつの未来の姿であり、そこに目標があり、さらにその先には「もっといいところ。もっといいところ。」という堤体の産地間競争がある。
どんな演奏施設が良いのか?ということは、頭の中でもイメージできるし、コンピューターグラフィクスで描くこともできる。
しかしながら、やはり実践であるとか、実物を見ることの大切さというものがあるわけで、それを今回おとずれた「三ツ峠さくら公園」は実現させてくれた。
真似するべき点、改善するべき点。様々あるだろう。そんな様々を実体験を通じて学べることができた、貴重な歌える堤体さがしの旅であった。
