
堤体前という空間で歌うこと。このことに勝ち負けがあるとすれば、それは声が響いたかどうかというところでの差のような気がする。
結果からいえば今回は、
負けゲーム。
堤体前で負けてきた。
声は響かなかった。
だが、砂防ダムの音楽である。
この空間は必ず響きが出せます!とはならないところに面白さがあり、工夫のしがいがあり、挑戦する楽しさがある。
堤体前という空間がもたらす無情はむしろ、この音楽を面白くさせている。
8月。
夏ならではの戦略で挑んだ夏のゲーム。
夏のゲームにでかけた。

島田湖
午前8時40分、山梨県上野原市新田。
島田湖ののどかな風景。
芝生広場を散歩していた。
砂防ダムの音楽といって、渓流のうるさい景色だけで無くてよい。こういう所に渓行前でも渓行後でも立ち寄って、気分を休められるようになっていることはじつに効果的だ。
見た目にも、耳にも静かな湖水の風景。
やさしい景色で体調を整えることができる。
アウトドア・アクティビティの新興勢力として、先人たちの背中を追う立場である。
これは誰にとっても挑戦しやすい遊びでなければならないし、プレーヤーにとって、その日一日を総括して今日はいい感じの日だったという思い出になってくれればうれしい。
堤体前であるとか、その場所での演奏行為であるとか。音楽シーンのみならず、そのほか楽しく過ごせるように、いいものを見つけて紹介していきたいと思っている。





上野原市立図書館
午前9時35分、アイスコーヒーとシャーベットを平らげたあと、上野原市立図書館に向かうことにした。
本日入渓する予定の阿寺沢川(あてらざわがわ)は上野原市西原(さいはら)というところを流れている。
とおく以前(およそ70年ほど前)は、北都留郡西原村と言ったそうだが、昭和30年の合併では北都留郡上野原町に。平成17年以降は現称の上野原市となっている。
上野原市役所のある市街地からは北へ15キロほども行ったところにある山間地域で、電車は通っておらず、コンビニも無い。
バスはいちおう通っているようだが、始発便のつぎが最終便という非常に覚えやすい時刻表だ。
まったくもって行政機能のことだけで上野原市に加盟していると言っても過言でないくらい、距離的にも生活の便にも市街地からは遠い。
だが、もともとは独立した村であったというのだから、独自の文化、風土があってもいいはず。
いきなり訪問!とするまえに、まずは少しでも下調べをしてから行こうと思った。
午前9時50分、上野原市立図書館に到着。
館内に入り、さっそく郷土資料コーナーへ。
お目あての資料は数冊程度ながら、確認することができた。
熱心な教育者のその姿勢は敬服に堪えない。
なにが起きたかといえば、資料はどれも「上野原市立西原中学校」作成のもの。地元中学校の生徒と先生によるオリジナル資料の数々であった。
巻末の奥付を見れば、資料の作成年は平成18年から平成20年にかけて。これは前述の年表からすれば、市町村合併でこの地が上野原市になった直後のことである。
ページを開き、当時の学校長による挨拶文を見れば、やはり“あること”を恐れていることが読み取れる。
地名、屋号、年中行事等において、もともとその場所にあったものが消滅することを恐れ、刊行物として残した。という旨、書かれている。
どこの土地も変わりはない。消滅するのは一瞬のことである。しかし、名がその地や人々に定着するには莫大な時間がかかる。いや、むしろ現代においては名が新規に定着することはほぼほぼ不可能なことと言って過言でないかもしれない。
現代はじつに打算的だ。
金にならないもの。
金に繋がらない人気のないもの。
これは相手にされない。
「水辺」に関する扱いはどうか?
どうやら、水辺に関してはしっかり書かれている。
刊行行為。執筆意欲。形にして残そうという思い。内容は、水陸両面わけ隔てなく記述されていることがうれしい。
小さな沢の名前も、滝名も、淵の名前も詳細に書かれた資料。
調べ学習の成果に感心するとともに、内容の包括性の広さに感銘を受けた。





通行止め
午前10時30分、上野原市立図書館を出発。山梨県道33号線を北上。
午前10時55分、俣渡橋をわたり左折。道は山梨県道18号線となった。
午前11時05分、上野原市棡原「梅鶯荘(ばいおうそう)」まえを通過。梅鶯荘から500メートルほど走るといよいよ上野原市西原へ。
直後にあらわれた集落は上野原市西原字初戸(はど)。初戸で左折し、林道腰掛線へ外れる。
午前11時15分、林道腰掛線の途中。林道は通行止め。
???
来た道を戻り、ふたたびの初戸。林道入り口にはしっかりと通行止めの看板が立ててあった・・・。
山梨県道18号線をつかって北上することに。
午前11時35分、阿寺沢入口バス停まえの分岐。ここで左折し、坂を下りて「丸山橋」をわたる。
丸山橋をわたって600メートルほど走ると橋がもう1本。橋の名は「阿寺沢大橋」。阿寺沢大橋もわたり500メートル。
午前11時40分、平野田休養村キャンプ場に到着した。









羽置の里びりゅう館
午後0時50分、平野田休養村キャンプ場を出発。
いざ、入渓へ・・・、とその前に腹ごしらえ。
午後0時55分、上野原市西原字郷原。「羽置の里びりゅう館」に到着。
館内に入り、食堂へ。
ここでオーダーしたのは、「おばく」と「せいだのたまじ」。
おばくは柔らかめに炊いた100パーセントの麦飯。麦飯には、さらにサツマイモと西原産のタカトウインゲンが入っている。
せいだのたまじは前述の上野原図書館にて、館内掲示物の新聞の切り抜きを見て知ったもの。
「せいだ」とはジャガイモのこと。江戸時代の甲府代官、中井清太夫に由来するという。「たまじ」は小粒のジャガイモ。
味噌で煮詰めた小粒ジャガイモは、塩っ気の無いおばくとの相性が抜群であった。






熱中症対策グッズ
午後2時20分、羽置の里びりゅう館を出発。ふたたび阿寺沢入口バス停まえの分岐、丸山橋を経由し、阿寺沢大橋へ。
今度は橋をわたらずそのまま直進する。
道なりにすすみ、場所は阿寺沢の最終民家。最終民家を過ぎたあたり、道幅の広くなったところを駐車スペースとし、車を停車させた。
車から降りて入渓の準備。
いつものようにウエーダーを履き、上半身にはフローティングベストを着る。
早く!早く!
べつに、お待ちかねの堤体を前に気が急いているのではない。
暑い!暑い!
気温は28度ほど。ウエーダーを履いたはいいが、早く水に浸かりたい。
8月。
夏のゲームである。
この日のために用意したケロリンの手桶とトーヨーのアクアインナーキャップ。これらは、熱中症対策グッズとして用意したもの。
天気予報によれば、このあと間もなく天気は崩れるという。
せっかくの熱中症対策グッズもどうやら見せ場なしということになりそうだが、現場での実装、実物を触るということには意味がある。フィールドテストとはそういうものだ。
予定通り、熱中症対策グッズとして携えることにした。
午後3時10分、準備を終え、駐車スペースを発った。
草も生え、林道の様相を呈した道をトボトボ歩いて行くとガードレールが並行した。さらに行くとガードレールの切れ目。
ガードレールの切れ目から急坂をおりる。坂は10メートル程度の高さがあるので、登山用ポールの補助を借りながら慎重におりた。
ほどなくして、河床におりることに成功。
入渓点直後には露出部分にして60センチ程度の段差工。ここは水が段差工を落ちた折りに川底をえぐっているため深くなっている。
ウエーディングしていって越えることは出来ない。
解決方法としては右岸側に一本、段差工の高さをまたぐような針葉樹の流木が引っかかっている。もちろん、その流木をつたって段差工を越えるのだ。
泣く子も黙るトモロザキ~
呪文を唱えながら流木をわたった。
午後3時30分、阿寺沢堰堤に到着。











アシ原
水は4本の筋状。うち、2本は放水路天端から、堤体水裏斜面に沿ってゆっくりと落ちている。
残りの2本は水抜きから。こちらは、水抜きの穴から勢いよく飛び出すように落ちている。
いずれの落水もコンクリートでしっかり固められた水タタキへの落水。水タタキへの着地の後は、奥行き16メートルの護岸へ。護岸を経たあと、50センチ程度の段差にて渓流区間へもどる。
左岸はアシ原。右岸が流路。高さ4~5メートルほどの護岸壁に囲われた渓流区間は、背高く伸びたアシに迫られ、右岸側へと追いやられてしまう。
もちろん、アシ原に立てないわけではない。
アシを踏みつけ、立ち位置を作ることはできる。しかし、これでは目線の高さでアシに覆われてしまう。
視界の効かない、アシ原のなかに迷い込む。今日はここで、うなぎ釣りをするわけでも、バッタ採りをするわけでもない。
歌いにきている。
声をあてるための目標物は堤体本体だ。
ならば、堤体本体は必ず見えていなければならない。
立ち位置は下流方向に最大くだって、54メートル。ここに、さきほど越えてきた60センチの段差工があるため、これいじょう下流側に立つことが出来なくなっている。






ローフパン
アシ原のなかに立つことは出来ないため、右岸側に設定した立ち位置。
堤体との距離は38メートル。
自作メガホンをセットし、声を入れてみる。
響かぬ堤体前。
けっして多すぎることのない川の水量。見た目にも耳にもノイズは控えめな堤体前。自分自身の発した声はきちんと聞き取ることが出来ている。
音が聞き取れない。というタイプの困難には直面していない。
響きになっていないこと。これが問題だ。
両サイドの護岸壁の内にも外にもグリーンは多い。響きづくりの手助けになるであろう樹木が乱立する様子。その様子が見て取れる。しかし、反響板効果は得られない。
ほぼ垂直にきり立った護岸壁。この壁が障害となっている。壁に阻まれて木々のある一帯まで声が届いていない。声はプレーヤーと堤体間の狭い範囲を往復しているだけだ。
ローフパン(パン焼き器・Loaf Pan)の外に出ていかない音になってしまっている。音を響かせたい空間はローフパンの縁を飛び出た外側にある。
立ち位置を変えてみることにした。
堤体との距離は49メートル。
最初の立ち位置から11メートル下流側に引いた。引いて護岸壁との角度を鋭角にすることをねらった。
ふたたび声を入れてみる。
鳴らない。
わずかに響くようになった気はする。しかし、その差は微々たるもの。やはり、護岸壁の中、狭い空間の中でしか声は伝搬されないのか。






風を待った
結局、この日は午後6時まで堤体前に立った。
風。
風を待った。
目に見えて、良さそうに思えた空。
雲に覆われ、白く濁った空だった。
そしてこの日は天気予報も否定的でなかった。
「雨が降る。」と、予報してくれていたのは、今日だけではない。前日、前々日から、この日は徐々に天気が崩れると予報していたのである。
戦略は、大気の状態が不安定になり、雨が降ること。雨のまえには冷たく強い風(ダウンバースト)が吹く。
吹く風に期待した。
風さえ吹けば・・・。
風を待った。
結局、風は吹かなかった。
風とともに期待した雨はにわか程度に降ってくれたものの、空気はそよとも動いてくれなかったのである。
堤体前の凝り固まった空気が重たかった。そこにひたすら声を入れてみても、プレーヤーの気持ちを動かすような響きは得られなかった。
かぜー!
駄々をこねる子どものように、空に訴えたところでどうにもならない。風の吹かない状況が嫌だといって何も変わらない。
響きを得るために風が必要だった。
風の力を借りて、壁を越えたかった。
チャラ瀬のノイズを聞きながら、阿寺沢ローフパンの底で呆然と立ち尽くす。
挑戦できたことは楽しかったと思う。
だが、勝ち負けでいえば、
負けゲームであった。











