土手歩きの旅

土手歩きの旅

晩夏の気配を感じ始めた8月下旬。

土手歩きの旅に出かけてきた。

土手を歩くこと。

土手を歩くことはいい。
 
土手歩きは・・・、若い!

自家用車があるのに、わざわざ歩く。

若さを。

土手歩きで。

もちろん、しわの目立ち始めた顔も白髪交じりになった髪も、もとに戻るわけではない。

しかし、

気持ちだけは。

気持ちだけは若くなれる。

土手歩き。

若いころに土手を覚えておいて良かったとつくづく思う。

学生時代に歩いた土手とは場所がちがうのだが、その独特の景色や香りをかぐことで「あの頃」に戻れるはずであろう。

若さへの渇望?!とともに。

土手歩きの旅に出かけてきた。

土手歩きのスタート地点。

キャリーバッグ

8月23日、午前9時10分、山梨県西八代郡市川三郷町黒沢。

お目当ての堤体にはちゃんと「芦川駅」という最寄りがあるというのに、やってきたのは3駅も遠回りしたところにある駅。

鰍沢口駅。

若い!を手に入れるためのコストだ。大した金額では無い。

土手歩きのために。

土手歩きを買った。

きょうはキャリーバッグが帯同する。

耐久性テスト・使い心地テストということで用意したキャリーバッグ。タイヤ、ハンドル等のパーツを今一度確認しつつ、自動販売機で飲み物を買い、トイレにも行った。

あとは気持ちだけ。

よし。

鰍沢口駅を出発。駅前通りを西に向かってすすんだ。

今回用意したキャリーバッグ。
サイズは79×48×43cm
特大サイズのキャリーバッグは渓行用具一式が余裕で入る広さ。
タイヤは90ミリの大口径。
型番はProevo 20018
駅前通りを西に向かってすすんだ。

覚えのある景色

午前9時40分、黒沢跨道橋手前のカーブを直進。車止めの設置された通路を登り、山梨県道4号線を横断すると大きな川の土手に出た。

富士川。

集水域は山梨県国中地方全域。山梨県内一の大河である。

大河。

大河には覚えがある。

自身の生まれは新潟の長岡。長岡というところには「信濃川(しなのがわ)」という川が流れている。信濃川といえば、その長さ。上流域の長野県部分も含めると(長野県内での呼称は千曲川)長さは日本一だという。

そしてその水量。日本一の長さともなれば圧倒的で、長岡市内、何本かある橋の上から流れを見おろせば、うねるような分厚い水流をいつでも見ることができる。

また、同時に知ること。それは大河の場合、左右両岸を囲う堤防(土手)から内側において相当な広い陸地があること。

陸地にはサッカーコートや野球場や畑があり、あたりまえに試合や畑仕事をする人の姿が見られる。

こうした陸地はもともと、豊富な水によって運ばれてきた大量の石、砂礫が堆積して作られたもの。

そして、川にさらに近いところには、流動的な堆積地が形成され。

堆積地は陸続きのものであったり、中州であったり。

堆積地上。ここには植物が生える。

草本類、木本類ごちゃ混ぜ。その種が運ばれてきたことそのものも、川の流れによる水散布の効果だ。

そして植物の生育に欠かせない水。水には困らない。水は川が運んできてくれる。生育環境が良い。成長しやすい。やがて鬱蒼としてくる。

「川」と言って水が流れるだけの流路として認識しているのは、非現実的で、誤っている。

土手に立って、水の流れが目視できないほど植物が鬱蒼としていて、暗くて、生命が息づいているというのが川らしさ。

富士川を見て川らしさを感じた。

土手歩きがスタート。
これぞ川本来のすがた。
土手の外側。
中部横断自動車道、富士川橋
富士川橋の下。

良いきっかけになった

午前10時40分、中部横断自動車道「富士川橋」をくぐりぬけ、さらに土手をすすむ。

地図によれば、この富士川橋を越えたあたりが釜無川と笛吹川の合流点であるという。

天然水や酒で有名な南アルプス・白州の山々から下りてくるのが釜無川。埼玉県県境雁坂峠・西沢渓谷や甲州市塩山、きこり伝説の山、大菩薩嶺から下りてくるのが笛吹川。

おおよそ言って、西の釜無川。東の笛吹川。

本日は川の東側の土手を歩いているので、ここからは笛吹川のお世話になる。

それにしても・・・?

笛吹川水系という言葉は通用しない。富士川水系になってしまう。しかし、過去におとずれた笛吹川の水系、支流がこうして一本の太い川となっているすがたを見ると、なんとも不思議な気分である。

これは川に沿って上流に向かうということが、道路の延伸都合上、日常的に実現できていないことに由来するからであろう。

言ってしまえば川の流れはいつも断片的に、都合のいいタイミングで見ているだけ。

橋の上からチョロッと。

のぞきこんだだけ。

土手に生える草のすき間からわずかに、

見ただけ。

にもかかわらず、

やれ、

笛吹の本流は~

とか、

日川は~

なんて、偉そうに講釈たれているのである。

見ている範囲は圧倒的に狭い。

川の全域を把握せず、川を語っている。

もっとよく見る必要がある。

若い!を手に入れるだなんてセコい考えで始めたのだが、流域を少しでも長く見るということにつながった。良いきっかけになった。

砂利道が出現。
やや強引に前進。それでもキャリーバッグは耐えた!
まあまあ広い桑畑が出現。
蚕用なのか?お茶用なのか?
富士川大橋

神明の花火大会

午後11時、富士川大橋東詰を通過。

午後11時25分、アスクテクニカ総合グラウンド野球場のあたり。

土手の内側に階段状の構造物があらわれた。

階段の一段一段にはアルファベットと数字であらわされたプレートが貼り付けられている。

まるで、コンサートホールや映画館にある座席表のようだ。

どうやら、そのまま座席表という認識で間違いないらしい。

神明の花火大会。

毎年、8月7日に市川三郷町内でおこなわれる花火大会。

打ち上げ総数約2万発。山梨県内最大規模の花火大会である。

花火などというものは、そのへんの開けたところで気軽に眺めるのがいいのだという同志もいよう。しかし、きっちりお金を払い、あとはサービスの提供者にすべてを委ねたいという。そんな消費主義指向のニーズがあるということも忘れてはならない。

有料観覧席を買う。

オススメされたものをオススメされた場所でとにかく見るという考え。

どちらの意見もごもっとも。

自分自身はどうか?

花火大会の開催地に生まれ育ち、周囲の大人たちから粗悪な教育を受けてしまったせいか、へそまがり大衆のうちの一人になってしまっている。

花火というものは無料で見るものだ。

自分の力で良い場所を見つけて、タダで見るのがいいのだ。

しかしこのあたりは、砂防ダム音楽家としてどうありたいか?という考えにも繋がってくること。

歌うときに観客(聴衆)というものは必要ないと思っている。必要ないと思っているから、そもそも演奏の対価としてお金を徴収するという計画が無い。

集客という考えはあるものの、それは演奏を聞く立場の人という意味ではない。

収益は、プロ自身が考えて動いて供給したものから。

まずは、自分の力でなにが出来るのか?ということだけでいい。自分自身が世にどんな商品を送り届けられるのか?というところだけに全神経を集中する。

お客さん!お客さん!よりまず先に自分!

階段状の構造物は有料観覧席。
一カ所づつ座席番号のプレートが貼り付けられている。
それにしても、ゴミがひとつとして落ちていない。
これは、この会場までたどりつくまえ。先ほどからずっとゴミが落ちていないのだ。
後で知ったこと。地元の学生や有志のボランティアが拾った後だったからと・・・。
おかげさまです。

川浦橋に向かう

午後0時10分、三郡東橋南詰に到着。いったん笛吹川の土手を離れる。

午後0時45分、ラーメン専科にて昼食をとった。

午後1時10分、ふたたびの三郡東橋南詰。土手に復帰し堤体を目指す。

土手の南側斜面すぐにはケヤキ並木があって、さらにそのケヤキ並木の奥には国道140号線が走っている。

地図によれば、このケヤキ並木のあるあたりで川が笛吹川から芦川へと変わる。

笛吹川に流れ込む支流の芦川。

そんな関係性なのであるが、やはりこのあたりも土手より内側の植生が豊かで、その合流点を目視確認することが出来ない。

境界標も見つけることが出来ず。

なんとなく・・・。

土手は芦川のゾーンへ入った。

午後1時40分、青洲公園。ここでひと休み。藤棚で出来た木陰があって涼しい。近くのコンビニに立ち寄ってアイスボックスを買ってきた。

疲れたときの甘いものがうまい。

藤棚の下のベンチに横臥して居眠りしてしまった。

午後2時50分、ふたたび歩きを再開する。

芦川に沿って上流へとすすみ、新田橋西詰、芦川橋西詰を越える。

やがてあらわれたのはJR身延線芦川橋梁。芦川橋梁を見たのち、身延線に架かる第3上手河原架道橋をくぐりぬける。

なおも芦川に沿ってすすむ。

午後3時半、市川紡績所跡地を通過。

午後3時40分、芝草橋南詰を通過。

午後3時50分、川浦橋に到着した。

ラーメン専科へ。
若さの象徴的食べ物?!ラーメン。
三郡東橋に戻り、土手歩きを再開。
上水道のタンクには神明の花火大会が描かれている。
青洲公園と藤棚。
藤のまめ
JR身延線芦川橋梁
ボタンヅルが咲いていた。
ボタンヅルに混じってヘクソカヅラ(中央)
途中には市川紡績所跡地がある。
川浦橋に到着。

入渓の準備

入渓の準備。

下半身はスラックスのうえにそのままウエーダーを履く。上半身は接触冷感素材の長そでの上にフローティングベスト。

雨が降りそうだ。

しかし、現在の気温、蒸し暑さから考えるとレインジャケットでは合わない。特大サイズのキャリーバッグにはレインジャケットを難なく収納してきたが、実戦使用は控えることに。

ほか、グローブ、ヘルメット、登山用ポール。

この場所はまだ渓流域とは言い難い、比較的平坦な地形のなかにある。しかしながら、河原に下りるには、不安定な土砂を踏んでいかなければならない。さらに、足下には草が生えていて非常に見えづらい。

登山用ポールを握って歩くのは、あながち大げさなことでも無く、しっかりと足下を確認しながら歩くための手段。

ポールを握りしめ、入渓に向かった。

河原へは川浦橋の下流、右岸側からエントリー。

午後4時35分、芦川下流砂防堰堤(黒岩ダム)の堤体前に到着。

芦川下流砂防堰堤(黒岩ダム)
堤体は両岸に放水路を持つ、取水堰でもある。
堤体前へ
川浦橋の下。

選択バリエーション

横に広い堤体。

落水も引けを取らずワイドなものだ。

櫛状にワイドに落ちる水。これは残存型枠工による影響であろう。

堤体は放水路天端上、水裏斜面とも割石模様で装飾されており、表面に凹凸がある。この凹凸の深く切れ込んだところには水が集中し、逆に浅くなったところには水が流れにくくなっている。

水の集中しているところ、また、減っているところにより生ずる差。差によって落ちる水は櫛状のかたちを呈している。

水は天端より落下したあと、奥行き1.6メートルの段差を叩き、副堤水褥池につづく。副堤区間は約12メートル。副堤区間を経て、水は(副堤と)ほぼ同じ高さの護床ブロック上に乗る。

この護床ブロック。足長形状のブロックは長い年月の使用により浸され、とくに右岸側の浸食が激しい。

ブロックの切れ目から落下する水は、浸食の激しい右岸側に集中している。

護床ブロックから落ちた水は渓流区間へ。水は、いったん右岸側に集約。

集約ののちには、左右非対称の河岸へとつづく。右岸は水を直線的に流すための根固めブロック帯。左岸は堆積する砂利とまばらなアシ原。

右岸の根固めブロック帯は下流へと伸びていて、堤体より55メートルの地点にて終わっている。

対する左岸側は半扇状に開く。川幅は少しずつ広がりながら下流へとつづく。

堤体本体から72メートル地点。左岸側斜面上段を見ると吹付工と法枠工の境目。(立ち位置の目印になりそうなもの。)

堤体本体から90メートル地点。このあたりが川幅の広がりきった場所。

堤体本体から105メートル地点。川の中央左岸寄りには印象的なコンクリートブロックがある。(立ち位置の目印になりそうなもの。)

堤体本体から150メートルで川浦橋の上流側欄干下。歌うときの立ち位置として想定されるのはだいたいこのあたりまで。

水深は堤体より下流部全体として、膝下程度の浅い場所がほとんど。ウエーダーを履いていれば、どこでも立ち込むことができる。立ち位置の選択バリエーションに富んだ堤体前と言えそうだ。

堤体表面は割石模様の化粧型枠。
水は水褥池に落ちる。
護床ブロックは右岸側の浸食が激しい。
根固めブロック帯は55メートル地点まで(堤体からの距離。)
この境目が72メートル地点。
印象的なブロックは105メートル地点。

ふところが深い

午後5時。雨が降っていた。

雨中のゲーム。

雨のなか、歌っていた。

午後5時10分、雨が強くなってきたためいったん川浦橋の下に待避。橋の下にいても雨があたる。風があって雨が吹き込んできているようだ。

午後5時半、雨が弱くなってきた。橋の下を出て上流側に向かう。

ここで立ち位置にしたのは堤体から55メートルの地点。ちょうど右岸側の根固めブロックが切れているあたり。

自作メガホンをセットし、声を入れてみる。

よく響いている。

声を入れている目の前には浅い瀞(とろ)、さらに奥に護床ブロック、さらに奥に堤体の壁。

立ち位置の至近距離にノイズ発生源が無いこと。それだけでなく、堤体の壁に対してしっかり声が当てられていることがいい。

さらに良いイメージとして、立ち位置より上流のタテの空間。そのふところが深い。

積み上げられた護床ブロックにより生ずる段差。その段差の分は“ふところを減らす”ことになっているが、それでもタテの空間がしっかり開いている。

タテの空間がしっかり開いていることの安心感。

低く飛んだ声がしっかり堤体の壁に当たり、拡散している。

声の壁打ちが完璧にできている状況だ。

右岸側
左岸側
雨が強くなってきた。
川浦橋の下に待避。

立ち位置にできそうな場所

結局、この日は午後6時半まで堤体前で過ごした。

途中、雨に降られての中断もあったが、再開後には良好な響きとともに堤体前で遊べた。

砂防ダム等堤体類の方向を向いて歌うことの基本として、まずは「壁打ち」。しっかり、堤体本体の壁に声をあてて響かせること。

声の壁打ちができていた。

そして、当地ならではの周辺環境の良さ。こちらも影響したか。

当地は駅から歩いて来られる程度の場所。比較的、低地にある堤体。平野部から山間部への移行地帯といった場所だ。

斜度のそれほどキツくない周辺環境において、低く飛んだ声をしっかり堤体の壁に当てて、拡散させることができた。

成功体験。

自分自身の身をもって成功体験を得ることができた。

次なる課題があるとすればチャレンジ。

ゲームの幅を広げるためにチャレンジすること。

「立ち位置の選択バリエーションに富んだ堤体前」とは前述のとおり。堤体前にはまだまだ立ち位置にできそうな場所がたくさんある。

堤体から150メートル地点には、川浦橋の上流側欄干下。

歌うときに立ち位置として設定できる場所は、まだまだうしろ側(下流側)にある。

まだまだ広い堤体前。

堤体前をもっと広く使えるように。技術、道具とも進化させて歌えるようになりたい。

立ち位置にできる場所が増えれば、遊びのバリエーションはさらに増えるはずであろう。

想定される立ち位置の最大距離。
堤体は南南東向き。
風が吹いてくれたので、響かせやすかった。
堤体前をもっと広く使えるようになりたい。

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